竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主です。藤沢周平が好きです。

survival dAnce ! ーUTMF2016レポート4

UTMF2016振り返り第4段です。
私は記事公開後も文章に手を入れることが多く、読む日によって内容が違うので、少し申し訳なく思っています。
誤植の訂正だけならいいのですが、修正したり加筆したり、記事のタイトルまで変えてしまいます。
電子データの修正が容易であるということの功罪で、「形になる」こととはいったいどの時点のことを指すのだろう、という疑問が浮かんできます。

それはさておき、私がUTMF2016のレース中、トレイルのコンディションで一番苦しんだのは、本栖湖を周回するトレイルでした。
地図上、A1からA2の間は10kmほどしかなく、しかも1回大きく登るものの、その後は下り基調です。
そのつもりでいたため、少し気分がゆるんで油断していたということが、この区間の苦しみの半分くらいの理由だったと思います。
実際は細かい登り返しが多く、しいていえば飯能アルプスのような雰囲気のアップダウンで、地味に体力を削られてしまいました。
そして苦しみのもう半分の理由は、強くなり続ける雨でした。
雨自体どんどん強くなっていきましたが、それに伴ってトレイルがどんどんグチャグチャになっていくというか、グチャグチャに自ら突っ込んでいくというか。
とにかく雨と足場の悪さに、体力と気力が奪われていきます。
頭のなかでは赤いスイートピーとスタンドバイミーがランダム再生されているものの、だんだん、辛いなぁ、ヤバイなぁ、という心の声に置き換わってゆきます。

とはいえ、ベルトコンベア状態は続いています。
やはり、前に付いていけば進めます。
I will follow you. がまだ通用していました。
香港さんとは別れましたが、誰かがまた前にいて、引っ張ってくれます。
私も誰かを引っ張ってたのかもしれません。
そのときふと、このトレイルランナーのベルトコンベアが、まるで山を駈ける一頭の獣のように思えてきました。
よく、ヘッドライトの明かりが山腹に連なる光景を龍のようだと表現するメディアがありますが、それをその集団の内側から感じたようなものです。
動きを合わせて全体を目的の方向に進ませる、例えればボート競技のようなイメージでしょうか。
レース中のランナー達は、意思と身体のベクトルを共有しています。
そのベクトルは、フィニッシュラインに向かっています。
ひとつの生き物のように感じるのは、その共有を疑わないで一緒に行動しているからなのだと思います。
同一感に似た、妙な一体感を覚えました。
ただ、結局、自分の足では自分以外の人を前に進ませることはできないので、比喩でしかないのはわかるのですが。
その点ボート競技とは異なり、一体感と一体は、その点で大きく違います。
頼れるのは自分の脚と足です。

そして、一体感を持って進んで行くベルトコンベアの獣も、やがて別れのときがやって来ます。
ひとつは、狭い岩尾根を通過する地点です。
スタッフが見守ってくれているほどの難所です。
スタッフは雨の中大変だったと思います。
ありがたいことです。
ここで、少しペースにばらつきが出て、ベルトコンベアが少人数のパックに分かれます。
そのパックではUTMF2015を完走されたランナーとおしゃべりしながら進みました。
UTMF2015も雨で非常に厳しいレースになり、完走率が40%台とUTMF史上最低を記録した大会でした。
それを完走されてる方なので、2015の状況をいくつか教えてもらいながら走っていました。
2015はやはり天子山地がひどかったらしく、お尻で滑らなければ下りられないような下りなど、泥だらけ難所だらけだったとのことでした。
この本栖湖周りもひどいけどここでこんなんじゃ天子なんて行けないね、短縮は正解なんですね…、何て話をしている先に現れたのが、私がUTMF2016の中で最大の難所だったと思う激下りでした。
上から見た感じ、斜度はハセツネ三頭山からの下りと遜色ないようです。
長さは100m前後だったと思いますが、その斜面が一面泥なのです。
もはや泥んこトレイルとか言ってる場合じゃないくらい、泥そのものなのです。
ここにもスタッフがいて見守ってくれていましたが、とにかく泥の滑り台という感じです。
その滑り台を、2015フィニッシャーの方は、ためらいなく下りていきます。
ここでもはじめは I will follow you です。
ここを下りなければ、ベストにたどり着くことはできません。
加えて、この斜面でこけたら悲惨どころじゃすまないことになります。
世代によってわからない方もいると思いますが、ウルトラクイズの泥んこ○×クイズのように、全身泥まみれになること請け合いです。
さて、どうやったらこけないで下れるでしょう。

とりあえず慎重に下りますが、急な斜度と足場の悪さでどうしてもスピードが出てしまいます。
ここで思い出したのは、ヤマケンや松本大さんの、山の下りの走り方についての話でした。
ヤマケンは何かのインタビューで、下りの走りについて「オレ忍者みたい!」と思っているという趣旨の発言をしていました。
私の書き方だと頭の悪いコメントに見えてしまいますが、スピードに乗って下るときの意識としては適しているなといつも思っていました。
スピードに乗った自分を制御するための意識の持ち方です。
忍者みたいに軽やかに行こうぜ的なノリでしょう。
松本大さんはもう少し技術的な話で、腕の振りでバランスをとるやり方です。
手を頭の上くらいまで上げて、ひじも肩の高さくらいまで上がっています。
スカイランニングで岩場など足場の悪いところを下る技術だそうですが、テクニカルな下りには汎用性があります。
私は手を高く上げ、忍者の意識で下り坂に突っ込みました。
足元は、とにかくステップを小さくとって、足も少ししか上げず、細かく刻むように進みます。
少しでも平坦で、木につかまりやすいところを選んで、刻み下ってゆきます。
上げた腕は重心の変化に合わせ、フラフラ、ユラユラ、揺れるに任せました。
盆踊りみたいだなと思いながら、少しだけ楽しくなってしまいました。
忍者の盆踊り、それはこけないためのサバイバルダンス。
多少不謹慎なトレイルランナーである私は、イェイェイェイェイェ♪、と完全に口に出しながらステップを刻んでゆきます。
ウォウォウォウォ♪
大雨の泥の急坂で、忍者が盆踊りのサバイバルダンス。
見た目はただのトレイルランナーですが、意識の上ならどんなであっても自由です。
だいぶバカそうですが…。

さて、坂を下る周りのランナー達も、さっきまでの一体感から覚めたように、それぞれがそれぞれの泥との闘いに向き合っています。
こけたくない。
恐らく誰もが思っていたでしょう。
泥の急坂でバラバラになりつつありますが、まだその一心を共有する同志です。
こけずに皆下りられたのかは、確認ができませんでしたが、こけてもドンマイです。
エイドは近い。

私はなんとかこけずに、泥坂を下りきりました。
泥に半ば浸かるように細かいステップを踏んでいたため、靴がかつてないくらい泥まみれです。
自分が靴を履いているのか泥を履いているのかわからないくらい。
ちなみに靴はスポルティバのミュータント、グリップが強力なので非常に心強かったです。
こけなかったとはいえ、泥で足が重いのに加え、細かいステップで前ももにけっこうな負荷をかけてしまいました。
バイバルダンスは、気持ちは楽しいけれど、身体にこたえます。
足取り重く、A2へ続く下りに入ります。

坂を下りた先からの展開は、これまでの一体感を覚えるようなベルトコンベアとは違い、皆スピードに乗って先を急いでいます。
なんか周りにスイッチが入った感じがしました。
私はと言えば、ジェルを節約中で空腹感があり、ここではスイッチが入りませんでしたが、周りには全開のランナーもいます。
それまではグチャグチャのトレイルかつ渋滞混じりで、速く走りたくても走れないこともあり、なんとなく一体感があったのですが、あの泥坂でトレイルランナーの本能に火が着いたのかもしれません。
難所を乗り越えた達成感もあるのでしょう。
皆、明らかに意志のあるスピードで、大雨のなかを駈け下ってゆきます。
途中、A2の少し手前でオールスポーツのカメラマンが、大雨の中待ち構えていました。
スタッフにはもちろんのこと、オールスポーツのカメラマンにも毎度毎度頭が下がります。
たまにとんでもないところで待ってることがあり、
単純に、すげえ、と思ってしまいます。
オールスポーツのカメラマンがいない大会は、ちょっと寂しいです。
ここで撮られた写真を後で探したら、私がメインで写っているものはなく、知らないおじさんの後ろにぴったりくっついている写真が1枚あるだけでした。
写真まで I will follow you か!というのは後日に改めてわかったことですが、結局、この区間もほとんど I will follow you だったわけです。
イェイェイェイェイェ♪なのは、ほんの少しだけ。
それでもあの坂をこけずに下りられたのはウォウォウォウォ♪でした。
なんのこっちゃですが、あそこでこけてしまったら泥まみれは必至です。
ウルトラクイズなら泥んこはグアムだけで済みますが、同じウルトラでもUTMFでは、その先泥まみれで何kmも進まなければなりません。
気力がごっそり失われて、リタイアも考えたかもしれません。
でも、とりあえず生き延びました。
それだけで充分です。

20:47、レース開始からは5時間47分でA2本栖湖に入りました。
とにかく苦しんだA1からA2の10kmには、2時間40分強を使ってしまいました。
距離と高低差のわりには時間がかかりました。
渋滞と泥に苦しめられたセクションでした。
また、この区間ではジェルを節約したため、非常にひもじい思いもしていました。
やっとのエイド、いっぱい食べよう。
胃腸は強めのトレイルランナーである私、食べ物めがけて一目散に行こうとしたのですが、エイド入口のホワイトボードを一目見たら釘付けになってしまいました。
重要なことがいっぱい書いてあって、また、心身ともに消耗しているので、読んでもすぐには理解ができません。
頭使わせないで…。
ここでのちょっとした混乱が、後々の大混乱の布石になりましたが、続きは次の段へ。