竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主でしたが、2018年4月以降、骨折治療のためトレランは控えています。藤沢周平が好きです。

故郷の浜はー東京湾アクアスロン2018予報

私が初めて出場したアクアスロンの大会は、2016年の第3回東京湾アクアスロン大会でした。
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この大会は一般社団法人日本国際オープンウォータースイミング協会という団体が主催していて、トライアスロンというよりはオープンウォータースイミングに力点が置かれています。
会場は稲毛海浜公園内にある人工海浜・いなげの浜で、スイムはその名の通り東京湾を泳ぎます。
海は、晴れていれば青く、
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晴れていなければ鉛色。
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私の出場した2016年大会はよく晴れていました。
海の水は、北部東京湾の濁った海ではあるものの意外ときれいで、視界はけっこうあったような気がします。
スイムの後は稲毛海浜公園内を周回ランします。
大会規模は大きくないのですが、海を泳ぐ本格的なアクアスロンが東京近郊でできる貴重な大会だと思います。
興味のある方にはお勧めです。
レースや会場の詳細については、過去記事のリンクを付けておきました。
参考になれば幸いです。

2016大会レポート
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/16/224721

2017大会応援感想記
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/10/18/234824

この大会も私の故郷である千葉市美浜区高浜で開催されるレースです。
このレースと千葉市海浜アクアスロンとを合わせて、勝手に、高浜アクアスロンシリーズと名付けています。
しかし、昨年は千葉市海浜アクアスロンは完走したものの、体調不良で東京湾アクアスロンDNSしたため、シリーズが成立しませんでした。
今年は骨折の影響でどちらも参加を見合わせたため、シリーズ未開催のままシーズンが終わることになります。
まあ、勝手に始めたシリーズ戦なのでどうでもいいことなのですが、楽しみが一つなくなるのはやはり物悲しい気持ちになります。

会場のいなげの浜は埋め立て地の人工海浜です。
ここが日本初の人工海浜であることを、今回調べて初めて知りました。
この浜には子供の頃から海水浴に潮干狩り、花火に夜遊びと、色々な思い出があります。
特に甘酸っぱい思い出があるわけでもないのに、なぜか切なくなるノスタルジックマジックにとらわれる場所です。
それでも、特定の思い出に結びつかない風景として心から離れないのは、やはり夕景です。
この浜は西海岸なので、海と夕陽というベタな絶景に出会うことができます。
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2016年大会の後、ひとしきり故郷を徘徊してから戻ったいなげの浜の夕暮れは、じっと見入ってしまうほど美しく感じました。
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波打ち際で遊ぶ子供たちを見守る母親と夕焼け。
自分で書くのもなんですが、フォトジェニックなこと半端ないって、素直に思います。
しかし本人たちに聞いたところ、大人と子供は赤の他人とのことでした。
こんなに親子感が半端ないのに…。
私の故郷の浜は、妙なマジックにかけられてしまうところのようです。

夏の名残のー千葉市海浜アクアスロン2018予報

2018年の千葉市海浜アクアスロン大会は、9月9日(日)に開催されるそうです。

http://www.tokio-world.com/chibactiy-aquathlon/index.html

私は、私の故郷である千葉市美浜区高浜で行われるこの大会の存在を昨年初めて知りましたが、大会自体は今年で21回目となります。
歴史を積み重ねてきた大会です。
7月5日現在、まだエントリー期間は終わっていないようです。
私自身は骨折の影響でスイムの練習ができなかったため、今年の参加は見合わせます。
この大会のスイムは、稲毛海浜公園プールの「流れるプール」を使用します。
ただし、大会はプールのシーズン営業終了後に開催されるので、水は流れてはいません。
1周300mのプールを周回した後、海浜公園内をランで周回するレースです。
スイムとランのデュアスロンには興味があるけれど、いきなり海は泳ぎたくない、という方にはお勧めの大会です。
また、この大会にはトライアスロンのトップ選手がゲストとして登場します。
昨年はリオデジャネイロオリンピックパラリンピックの代表選手が来て、軽くではあるもののそのパフォーマンスを見せてくれました。
とてもよい刺激になりました。
そういう意味でもお勧めの大会です。

故郷であるので、大会会場の稲毛海浜公園プールには、少年時代、夏になると何度となく遊びに行きました。
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夏休みが終わると同時に屋外のプールの営業が終わるため、夏休みの象徴のような場所でもありました。
この大会はシーズン営業終了後の開催ですが、まだ夏の名残のある時期です。
少年時代の夏休みを振り返ると、甘酸っぱいような過ごし方をしたわけでもないのに、思い出すたびに切なさがつのります。
でも、そんな感傷はレースには関係ありません。
昨年初出場した私は、スイムで失敗してしまい、故郷の水の冷たさを肌身に感じました。
その体験記事を下にまとめました。
参考になれば幸いです。

予報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/09/02/181750

レポート
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/09/06/125421

余録
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/09/06/213223

思い出はいつの日も雨ー美ヶ原トレイルラン2018予報

今年は6月30日(土)に開催される美ヶ原トレイルランですが、2015,2016,2017年と3年連続で80kmのカテゴリーに出場していました。
しかし今回は、4月に左腕を骨折した影響でエントリーを見合わせました。
美ヶ原の80kmは、私の好きな大会の中でもFTR100(2018年大会開催決定!出られないけど嬉しいです)と1,2位を僅差で争うくらい、大好きなレースの一つです。
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写真は2016年大会の最序盤、ゲレンデトップに登って少し走った先からの風景です。
霧ヶ峰の、草原地帯独特の柔らかい緑が印象に残っています。
出場できないのは非常に残念です。
友人が出場するため、せめて応援だけでもと思いましたが、日程の都合でそれもできません。
せめて外野からの賑やかしということで、昨年の大会のレポートを、この記事の最後の方にまとめておきたいと思います。

このレースは梅雨の真っ只中に開催されるため、いつも雨の思い出が付きまといます。
初出場した2015年は、序盤の三峰山付近でザーッと降りだしました。
その辺り高原地帯で遮るものがないので、冷たい風雨に直接さらされました。
その雨のせいか、中盤から終盤にかけては泥んこトレイルに悩んだ記憶があります。
2016年はレース当日は降らなかったものの、前夜の雨の影響か、前半は冷涼な濃霧に、後半は一転、高温多湿となり、軽い熱中症のような症状に苦しみました。
この時は、エイドのある長門牧場のアイスクリームに救われました。
後泊したレース翌日は土砂降りで、帰りが一苦労だったような記憶があります。
昨年の2017年大会は、大雨の影響で当日に大幅なコース変更となりました。
45kmカテゴリーのコースに、長門牧場~和田宿の往復約30kmを加えた変則コースの75kmのレースに変わりました。
殿城山(でんじょうさん)の急登から北の耳、南の耳に登って、ゲレンデトップに至る最終盤のトレイルもカットされました。
2016年大会では、この南の耳を回るトレイルが夕日で柔らかいオレンジ色に照らされて、えもいわれぬ美しさでした。
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上の写真では、そのオレンジ色がきれいに出ていないのが残念です。
今年は、できれば天候がよくて、コース変更もなくて、きれいな風景を見ることができるといいですね。

以下は80kmカテゴリーでコース変更があった2017年大会のレポートです。
先に軽く触れたように、通常であれば45kmカテゴリーのレースとほぼかぶります。
80/90kmカテゴリーの場合は、レポート4からが、和田宿エイドから大門峠のエイドを経てフィニッシュに至るまでの記事になっています。
参考になれば幸いです。
また、ご無事を祈っています。

2017年大会予報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/30/104829

2017年大会速報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/01/221146

2017年大会レポート1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/03/084959

2017年大会レポート2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/03/221729

2017年大会レポート3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/07/084911

2017年大会レポート4
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/08/230541

2017年大会レポート5
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/12/192234

2017年大会レポート6
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/14/193211

2017年大会余録1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/15/002753

2017年大会余録2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/15/012715

2017年大会余録3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/21/085717

誰がために鐘は鳴るースカイライントレイル菅平2018応援感想記2

6月10日のスカイライントレイル菅平では、応援者としてコース上に出没しながら、鐘ではなく小さなカウベルを鳴らしていました。
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BUFFのノベルティカウベル、大活躍でした。
左腕に骨折の手術による痛みがあり、拍手で応援するのは辛いのですが、カウベルなら片手を振るだけでカラカラと元気に鳴り続けてくれます。

菅平牧場で山ツツジに囲まれてカウベルをカラカラ鳴らしているとき、ずいぶんと妙な気分になりました。
自分がその手の妖怪(水木しげる的なそれ)になってしまったような気がするのです。
山道でトレイルランナーを待ち伏せしてカウベルを鳴らす、妖怪「カウベル鳴らし」。
もしくは妖怪「カウベル」にとりつかれてしまったような感じ。
手が勝手に自分の意思を離れてカウベルを鳴らしている、もしくは自分の意思と無関係にカウベルが鳴っているような感覚といえばいいのでしょうか。
そんな気分になりました。
まあ、たとえ妖怪だとしてもうるさいとかうざいとか、それ以上の害はなさそうなのが救いですが。

そんな妖怪カウベル鳴らしである私ですが、カウベルを鳴らして選手を応援するのは本当に楽しいものでした。
自分が参加していなくても、周辺でウロチョロ遊んでいるだけで十分楽しいのです。
今回は応援に徹したことで、私がいかにトレイルランニングというスポーツが好きで、トレイルランナーが好きなのか、ということがよくわかりました。
このスポーツに触れていることが、私の楽しみであることは間違いありません。
私の手で鳴っていたカウベルは、第一に私の楽しみのために鳴っていたのでしょう。
そのカラカラという音が、結果的に私のためだけではなく、選手の力になるのであればそれは幸せです。
鏑木さんの著書『プロトレイルランナーに学ぶ やり遂げる技術』には、誰かのためにと自分のためにを使い分けるというテーマがありました。
そこで鏑木さんは以下のように語っています。

「自分のために」走ったことが、回り回って「誰かのために」なるのです。この順番を間違えてはいけません。

この、まずは自分のために、という心がけは大切なものだと私も思います。
私は私の楽しみのために、トレイルランナーとトレイルランニングを応援する、という基本を忘れないようにしたいと思います。

BUFFのカウベルの片面には、FLAT IS BORING!!
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私はこのスローガンが大好きです。
そうだよね、起伏がないとつまらないよね。
山に行かないと面白くないよね。
なんて、身を乗り出して同意してしまいます。
骨折の影響で、しばらくは「トレイルランニングをすること」からは離れざるを得ない状態の私ですが、だからといって起伏のない所ばかりで生きていては面白くありません。
そして、トレイルランニングはなにも、走るだけがトレイルランニングではないのだと思いたいのです。
退屈になったら、またどこかの山の何かのレースで、妖怪カウベル鳴らしと化してトレイルランナーを待ち受けていたいと思います。
そして、うちにはカウベルがもう一つ。
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UTMFのPERTEXブースでもらった一回り大きなカウベルには、いつ出番が来るでしょうか。
まずは自分のために、鳴らしたいと思います。

出ないけど出るースカイライントレイル菅平2018応援感想記1

出ないけど出るといっても、幽霊やら山村貞子やらのお話ではなく、あるトレイルランナーが出ていないレースのコース上に出たというお話です。
6月10日に開催された第11回スカイライントレイル菅平に、賑やかしの応援に行って来ました。
友人Bさんが50kmのスカイマラソンに出場したので、私もくっついて行ったのです。
私も50kmのスカイマラソンにエントリーを予定していたのですが、4月に骨折した影響で参加を見合わせていました。
それでも、私自身はトレランができなくても、トレランの周辺でウロチョロしていたかったのです。
また、昔ラグビーをしていた私にとって、菅平は思い出深い土地でもあります。
この土地の思い出はラグビーとトレランのそれなので、汗臭いことこの上ないのですが、好きなスポーツにドップリとつかっていた時間は楽しいものでしかありませんでした。
好きな土地に再訪して、好きなトレランの雰囲気だけでも楽しんできました。

今回はダボスの丘と、その後余裕があれば菅平牧場まで行く計画を立てて行動しました。
ダボスの丘まではバスで行きました。
菅平高原内は100円で移動できるみたいなので、時間さえ合えばバス移動はお得です。
8時にダボスのバス停に着いてから、スキー場のゲレンデに付けられた階段を登り切ると、ダボスの丘のシュナイダー記念碑に到着します。
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菅平高原を一望。
この時、時刻は8:10でした。
既にスカイマラソンのトップ選手は通過していましたが、一桁順位の選手には数人間に合いました。
この日の相棒は、UTMFのBUFFブースでもらったノベルティカウベルです。
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使う機会が滅多にないので、ここぞとばかりに鳴らしました。
出場した友人Bさんを見送るまでの1時間ちょっとの間、この丘で鳴らし続けていました。

ダボスの丘からはこの先のコースを見渡すことができます。
四阿山(右)と根子岳(左)、その裾野に広がる菅平牧場。
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四阿山は中腹くらいまでしか見えていません。
選手はこの先菅平牧場を通り抜けた後、四阿山の中腹まで登ります。
そこからいったん牧場に戻ってきてから、根子岳の山頂まで登り切ります。
この日は写真のような曇天で、比較的風が強く吹いていました。
当日のアメダススクリーンショットです。
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予報では午後から雨ということでしたが、なんとか持ちこたえて、ずっと曇りのままレースが終わりました。
最初のうちは、雨が降るのなら菅平牧場まで行くのはやめようと思っていましたが、1時間予報でどんどん降り出し予想時刻が遅くなっていったので、とりあえず向かうことにしました。

丘を菅平プリンスホテル方面に下り、道なりに登って行くと菅平牧場にたどり着きます。
下る途中でアヤメだか花菖蒲だかカキツバタだか、よくわからないけれどきれいな花が咲いていました。
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菅平牧場には30分くらいで到着し、ゲートで200円の入場料を支払って中に入ります。
はじめは直接エイドまで行こうかと思っていましたが、ゲートの近くにコースが見えていたので、コースを遡りながら応援することにしました。
菅平牧場は山ツツジが満開でした。
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牛は山ツツジを食べない、そんな話を前回か前々回大会の前夜祭で聞いた記憶がありますが、それゆえツツジの木が立派に育つそうです。
ツツジに囲まれてカウベルを鳴らしながら、坂を下ってくるBさんを無事に見送った後、エイドまで登って行きました。

エイドでは選手が次々と到着しては出発していきましたが、私は邪魔にならないように、エイドの近くにあった牧場の施設で休憩していました。
ソフトクリームとカフェオレをいただきながらくつろいでいました。
この日はアメダスの数値以上に風が強く、外で待つのは少し辛かったのです。
その後、中四阿山からの下山口に移動して、またカラカラとカウベルを鳴らしながらBさんを待っていました。
ここでは応援仲間が数人いて心強くなりました。
選手と同じで、応援も一人では心細いのです。特にお一人の方とはダボスの丘でも一緒でした。
自然と仲間意識が湧いてきます。
私にとって肝心のBさんは、12時10分過ぎに中四阿山から下山してきました。
エイドまで一緒に歩きながら、今後の天気予報や根子岳までの標高差の情報を伝えるなど、サポーター風味の会話をしたはずなのですが、疲れていたBさんにどれだけ伝わったかはわかりません。
せめてエイドインして、一息ついてから話すべきだったのかもしれません。
反省事項です。

根子岳に登るBさんを見送ったあとは、フィニッシュ会場近くにある宿に戻り、一風呂浴びて昼食を取りました。
屋台村のタンドリーチキン、菅清園のお焼き、美味しゅうございました。
四度、カウベルを手にコースに出たのは14時30分過ぎでしょうか。
最後のゲレンデでカラカラとカウベルをひとしきり鳴らして、15時頃にフィニッシュ会場に移動しました。

この頃になると、もうランナーの顔を覚えていました。
もともと私は人の顔を覚えるのが得意なのですが、既に何度も顔を合わせている選手とは、古くからの知り合いのような感覚になります。
選手にしても、色々なところでカウベルを鳴らしているおじさんを見て、さすがに顔を覚えてしまっていたようです。
御礼とかは求めてないので、せめて、おっさんまた出たなくらいに思ってくれていれば、私にとっては幸いです。
出場してなくてもコース上には出る、この日はそんな日でした。

一方の私は、選手が次々と帰ってくる姿を見ては、順位が上がってるなとか、転んじゃったのかなとか、色々な思いが湧いてきますが、基本的には嬉しくなりました。
ちょっとしか知らない、トレラン姿しか知らないほとんど他人な人でも、無事に帰ってくるだけで嬉しいのです。
この気持ちはトレイルランナーに対する仲間意識に由来するものなんだと思います。
フィニッシュ会場でもカラカラとカウベルを鳴らし続けました。
今でなければいつ鳴らすのだと、カウベルに言われているような気分になったとかなっていないとか。
それでも仲間を労う気持ちで鳴らしました。
本来ならば私も参加していたはずなのですが、骨折のために出場を見合わせざるを得なかったのは本当に残念です。
その私の残念感を、帰ってくる選手達がいたわってくれているような気にもなっていました。
力をもらうというのとは違うのかもしれませんが、少し自分が癒されるのを感じていました。
そしてBさんが帰ってきます。
無事に帰ってくるだけで何よりですが、好記録でのフィニッシュでした。
Bさんは距離が短かった昨年のスカイマラソンに引き続きの完走でした。
昨年は宿に戻ってから帰りのバスまで35分しかなかったのですが*、今年は1時間以上の余裕をもってフィニッシュしました。

http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/21/001801
この大幅な上積みは純粋に素晴らしいと思います。
できれば来年は私も、出ないけど出るとか言ってないで、ケガから快復して出場できるようになっていれば良いのですが。

思い出はいつの日も晴れースカイライントレイル菅平2018予報

来る6月10日のスカイライントレイル菅平2018には50kmのスカイマラソンに出場するつもりでしたが、4月に骨折した影響で参加できなくなりました。
房総トリプルマスターの特典でエントリーが無料だったのですが、とてもトレランができる状況ではないため招待を辞退しました。
この大会には今まで楽しませてもらったので、せめてボランティアをしようかとも考えました。
しかし、まだ骨がくっついていないため重たいものが持てず、逆に足手まといになりそうなので、それも参加を見合わせました。
2kgを超えるものが持てないので、エイドの水のペットボトルすら運ぶのに難儀しそうです。
ボランティアは骨がくっついてから考えたいと思います。
とはいえ、昨年に引き続き今回も赤備えコンテストのチラシモデルになったため、大会に全く無関係なわけでもありません。
チラモの一人として、大会の盛り上がりや楽しさに貢献できたら幸いです。

私の書いた2016年と2017年の大会関連記事を、この記事の下の方にまとめました。
今大会はコースが延びたり一部変更になったりと、書いた当時の条件とは違うところがあるため、そういう意味ではどこまであてになるかわかりませんが、何かしら参考になればよいなと思います。
ちなみに、昨年と一昨年は両年とも前日受付は雨、レース当日は快晴、という天気でした。
晴れた日の菅平は、開放感からの解放感にあふれた景色が魅力的です。
2017年大会のスカイマラソンの序盤、大松山から振り返ってコース終盤を仰ぎます。
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中央右のピークが日本百名山四阿山、左の緩やかな山が先日の変更によってコースに加わった根子岳です。
根子岳に登れるなんて、今年のコースは今まで以上に楽しくなるような気がしています。
まあ、私は出走しないのですが、それだけに羨ましくなります。

レース中は至るところから、残雪の日本アルプスを遠望することができます。
コース序盤、スカイライントレイルから。
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コース中盤、牧場脇の登りから。
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コース終盤、小根子岳から。
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どーんと目の前に。f:id:CHIKUSENDO:20180601004529j:plain
白と青の壁みたいに聳え立ちます。
今年も晴れて、こんな景色が見られることを祈っています。

こんな晴れた日の菅平ですが、最大の悩みは強烈な太陽光線です。
開放感の裏返しで、コース上は遮るもののない場所が多く、まぶしさや熱さに苦しむこともあるかと思います。
私も2年続けて太陽に苦しみました。
また、雨が降ったとしたら、それこそ遮るもののない場所が多いので、風雨にさらされる時間が長くなる危険性があります。
特に根子岳のような2000mを越える高山帯は、酷く寒くなるのでしょう。
雨にならないことを祈っていますが、対策バッチリで行きたいものです。
選手の皆様、なにとぞご無事で!

2016年大会レポート
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/20/014205

2017年大会予報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/10/000003

2017年大会速報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/11/221400

2017年大会レポート1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/13/191516

2017年大会レポート2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/15/191357

2017年大会レポート3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/19/235029

2017年大会余録1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/21/001801

2017年大会余録2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/23/224011

竹仙坊骨折抄2018年4月23日~退院それから編

あきる野市の馬頭刈尾根で4月7日に骨折した話の第5段です。
4月23日に退院してからの生活について記録しておきます。
骨折抄の記事は今回で一段落させようと思います。
※前回までは下記参照
事故編
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/04/22/063505
搬送編
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/05/05/091433
入院治療編
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/05/21/125130
入院生活編
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/05/29/201648

骨折した左上腕骨は、4月12日の手術でチタンボルトとチタンプレートを入れて固定しました。
この記事を書いている現在、術後7週程が経過しています。
ただ、骨は「くっつけてある」ものの、まだ「くっついている」わけではありません。
くっつく(骨癒合)までには大体術後12週かかるそうなので、あと一月あまりは無理をしないように過ごそうと思います。
退院後はしばらく左腕の伸びが悪かったのですが、術後4週程で、右腕と遜色ないくらいに伸びるようになりました。
また手術では、ボルトやプレートを入れるために、上腕二頭筋や肩の筋肉を割いています。
それが人工的な肉離れのような状態になっていて、その痛みは今でも残っています。
疼くレベルを越える程度の痛みはあるため、常に気にかかっています。

骨は体内で固定しているので、ギプスなどは付けていませんが、通勤電車の中では三角巾で左腕を吊ることにしています。
人混みが怖いのです。
この時期に左腕にぶつかってこられたりして、運悪くまた骨折してしまったりしたら、元の木阿弥以外の何者でもありません。
私の三角巾には、あまり「近寄らないで」、できれば「触らないで」、最悪「ぶつからないで!」というメッセージが込められています。

また、左腕だけで2kgを超えるものを持つことを禁じられています。
2kgが具体的にどれくらいかはわかりづらいのですが、私の通勤リュックが本体だけで1kg近くあり、そこに500mLの水や諸々の必携品を入れれば、ゆうに超える重さだと思います。
そのため、通勤リュックは左手だけでは持つことができません。
あと、敷布団はけっこう重たいので、敷くときに左手を使わないことにしています。
右利きである私は、右手で作業する際、当たり前のように、左手でものを持ったり支えたりします。
そのため、自然と左手で重たいものを持ってしまいそうになります。
今は危険なので、注意せざるを得ません。
右利きは左手でものを持つ、文字にすると当たり前のことですが、大袈裟に言えば新たな発見でした。
利き手でなくてもしっかり働いているものなのだなと改めて思いました。

ただ、生活についての不自由はそれくらいでしょうか。
私の上腕骨骨幹部骨折という骨折は、二の腕の骨の真ん中を折るという骨折です。
真ん中ということは、肩関節にも肘関節にも関わらない位置ということです。
不幸中の幸い、私の場合はその両方に問題が生じませんでした。
肩と肘の関節が自由に動くから、左腕が自由に動くのです。
17年前に左肩の関節鏡手術をしたときには肩が動かせなかったので、今回のように自由に腕を腕を動かすことはできませんでした。
ケガの程度は今回の方が重いのですが、生活の自由度は今回の方が高い気がします。
だんだんと回復してきてつくづく思うことは、自分の体を自分の思うように動かせることが、本当に幸いなことだということです。

走ることに関しては、術後3週からジョグを再開することができました。
近所の公園に1周500m強の土のジョギングコースがあり、そこをグルグルと走り回っています。
ジョグの相棒たち。
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左はアシックスのヌーサFF、右はブルックスのフロー6。
だいたいキロ7分前後のペースですが、調子の良い日はキロ6分を切るペースで走ることができます。
はじめのうちは走る振動で左腕が痛んでいましたが、それも最近はずいぶん鈍くなってきました。
医師の言うことには「転ばない限りはいくらでも走っていい」とのことなので、徐々に距離を伸ばして行ければ良いかなと思っています。
でも「いくらでも走っていい」なんてお墨付き、ウルトラ系のランナーに与えてしまってよいのでしょうか。
際限がなくなるのが目に見えてるようで…。

退院から4,5日程経った4月27日から、2泊3日でUTMF/STY2018の応援旅行に出掛けました。
本来ならば友人Bさんのサポーターとして参加する予定でしたが、さすがに左腕が折れている状態では断念せざるを得ませんでした。
それでも、応援だけならば特に大きな支障もなく過ごすことができました。
いつもより慎重に行動することが求められますが、旅行は問題なくすることができています。
フィニッシュの大池公園では、選手たちの姿に心を動かされました。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/05/01/170257
今はまだ、トレイルランニングを含め、登山はできませんが、山の近くまで行くことはできます。
復帰を焦っても仕方なく、また、復帰してもしなくても、どちらでもいいのかもしれません。
私にとってしばらくは、山や山で遊ぶ人たちを眺めて楽しんでいればよいのです。
できることだけ楽しんでいたいと思います。