竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主でしたが、2018年4月以降、骨折治療のためトレランは控えています。藤沢周平が好きです。

鏑木サンタのクリスマスイブーTOKYO八峰マウンテントレイル2018予報

TOKYO八峰マウンテントレイル2018はクリスマスイブ、12月24日に開催される予定です。
私は2015年と2016年に出場しましたが、今年は怪我の影響でエントリーしていません。
この記事の最後に、2016年大会に参加した際の記事をまとめておきます。

このレースは鏑木毅さんのプロデュースです。
私がいつも苦しんでいるのが、大垂水峠以後の南高尾山稜です。
標高は高くないものの、地味なアップダウンの繰り返しで体力を少しずつ奪われていきます。
特に第3エイドを過ぎてからの最終盤には、ひとつひとつのアップダウンの差が大きくなるので、なけなしの体力を振り絞るしかなくなります。
また、疲れで集中力が切れやすくなるので、私にとっては無事に帰るための正念場となるエリアでした。
集中力維持には血糖値アップが手っ取り早いので、補給食にはある程度の余裕を持たせて持ってゆくことが必要でした。
この最終盤の苦しみが、鏑木サンタがクリスマスイブに用意してくれるプレゼントなのかもしれません。
選手、スタッフ、応援の皆様、楽しい苦しいクリスマスイブになるよう祈っています。
そして鏑木サンタも。
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後ろから同じコースを走って来る鏑木さんに追い抜かれるのも、この大会の楽しみのひとつです。
私にとってはこれもクリスマスプレゼントでした。
ともあれ、皆様ご無事で。

2016予報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/22/225509

2016速報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/23/193313

2016レポート1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/27/003327

2016レポート2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/27/182028

2016レポート3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/28/223830

2016余録
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2016/12/29/005608

朝焼けの海、夕焼けの海ーcoast to coast 2018予報

2018年の~coast to coast~房総半島横断2018は、12月16日に開催されるそうです。
私は昨年出場しましたが、実に走りがいのある大会でした。
昨年の大会の様子を記事の後にまとめました。

この大会のコースは、房総半島の東海岸から西海岸へと繋がれています。
スタート直後、東海岸の朝焼けに見送られて半島横断を目指します。
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朝焼けは雨、ということわざがありますが、この日は幸い晴れました。
コースは、ロードや林道が多く、トレイルランニングの要素は少な目ですが、それもまたよいと思えました。
とにかく走りやすいコースでした。
走りやすい=走らされるわけですが、トレイルとかロードとかそんなの関係ねえ、走れよ走れ!とばかりにミックスされたコースには、清々しく走らされました。
とはいえ最終盤には鋸山のトレイルが待ち構えています。
これがまた歯応えがあって楽しかったです。
そして、フィニッシュの西海岸では夕焼けが出迎えてくれるかも。
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夕焼けは晴れ、ということわざもありますが、翌日晴れたかどうかは記憶にございません…。

よく、トレイル率の低い大会は楽しくないと言われがちですが、この大会では楽しくないとは思えませんでした。
走らされるので辛い、ということはありましたが、その辛さも楽しかったような気がします。
それは、房総半島を横断するという大会のテーマ設定の妙なのかもしれません。
どんな道であっても、走ってしまえば、進んでゆけば、房総半島横断というこの旅の目的に近づいてゆきます。
一歩一歩が半島の向こう側の海に繋がっているんだと思うと、その一歩を踏み出すことの意義を強く感じることができます。
そして、トレイルもロードもなにもかも、ただ走ること、ほんの一歩でも前に進むことの喜びとか楽しさというものを感じることができます。
私にとってはそういう大会でした。
残念ながら、今年は出場しておりません。
選手の皆様、スタッフの皆様、応援の皆様、ご無事で楽しんできてください!

2017予報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/16/145058

2017速報
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/17/181101

2017レポート1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/23/234653

2017レポート2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/25/231113

2017レポート3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/31/100859

2017レポート4
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/01/12/214728

2017余録1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/01/19/230016

2017余録2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/01/22/225433

2017余録3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/01/30/122941

愛用品は廃盤品ー2018FTR100/FT50ボランティアスタッフ余録

どうもこんばんは。
あるちょっとした不作為で夕飯を食べられなくなった腹いせに、ハイボールを飲みながら記事を書くほどには呑兵衛な竹仙坊です。
カキフライに舌鼓を打った後、一人二次会で日本酒をキメたあたりで今日のところは勘弁してやりましょう。
明日はFTRのボランティアスタッフの打ち上げ会もあることですし。
ということで、ボランティアスタッフの個人装備の記録です。

衣服
インナー上下:アイスブレーカーアナトミカ上下(ともにロング)
シャツ:アイスブレーカー極厚長袖ジップネック
ズボン:フェニックス裏地付
防寒具(夜間):モンベルウルトラライトダウン
防寒具(日中):ティートンブロスフーディーフリース
帽子(夜間):アイスブレーカーキャップ
帽子(日中):ノースフェイスゴアテックスキャップ
雨具上下:ロウアルパイン上下

寝具
シュラフ:イスカピルグリム370
マット:ノルディス
シート:SOLサバイバルシート

着衣のコントロールではひとつ失敗をしました。
大会2日目の18日の日中、秩父の最高気温は13.1℃まで上がりましたが、武甲山から下ろしてくる風が思いの外冷たく、だいぶ体を冷やしてしまいました。
フリースでは寒かったのです。
ちょうど雨具などの上着を片付けてしまっていたため、冷たい風を遮ることができませんでした。
早まった判断で、大きな反省点です。

寝具については、概ね正解だったと言えるでしょう。
まずは一晩目、前泊した16日の夜から起床した17日の深夜2時過ぎにかけて、秩父アメダスの記録では、概ね7℃台で推移していました。
「宿」は後に選手更衣室となった大テントで、宿泊客は私一人でした。
まだむき出しだったアスファルトにサバイバルシートを敷いて、その上にマットを置いてシュラフに潜り込みました。
シュラフは愛用のピルグリム370です。
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サバイバルシートの上なので直にアスファルトに寝るよりはましでしたが、やはり寒くて、途中からシートでシュラフをくるんで何とかしのぎました。
起床時にはシュラフがしっとり濡れてしまいましたが、ピルグリム370は化繊なので、特に不快ではありませんでした。

大会初日の17日の秩父は、最高気温が19.3℃まで上がりましたが、日が落ちてからは気温の下がりかたが著しく、22時には9℃台まで下がりました。
その後明け方までは概ね9℃台で推移します。
二晩目は市街地で野宿でした。
店舗の軒先を借りてサバイバルシートを敷き、スタッフ仲間のマットと、ピルグリム370で仮眠です。
前夜に少し濡らしてしまいましたが、化繊のシュラフなのですでに乾いており、その点は問題ありませんでした。
そして、この日は前日よりも気温が高かったこともあり、シートにくるまらなくても快適に寝ることができました。
業務の疲れからかぐっすり眠り込んでしまい、危なく寝過ごすところでしたが、仲間に起こしてもらい事なきを得ました。
起こしてくれてありがたかったです。

残念なことに、このピルグリム370は廃盤になっているらしいのです。
私は愛用品が廃盤になることが多くいつも悲しい気持ちになっていたのですが、どうやら私の消費行動に原因があるのではないかと最近気がつきました。
あまり定価でものを買わないことにしている私が購入する機会はたいていセールです。
そうなると、商品はたいていカタ落ちのものなので、後継品がなくそのまま廃盤になるものが数多く含まれています。
このピルグリム370も、確かさかいやスポーツで大安売りしてたものを購入した記憶があります。
もしかしたら、その時点で廃盤が決まっていたのかもしれません。
もちろん廃盤品だからといって悪いということは全くなく、私にとってはむしろ、なぜか気に入ってしまってヘビーユースするものが多いのです。
そしてそのように愛用してしまうと、次に同じものを手に入れることができないのが悲しくてならなくなります。
そういう意味で、廃盤品はかけがえがないのです。
長く大事にし続けたいと思います。
復活も望んでますけどね。

平熱と高熱の間ー2018FTR100/FT50ボランティアスタッフ雑感

少し前になりましたが、2018年11月17~18日に開催されたFTR100/FT50に、ボランティアスタッフ=キャストとして参加してきました。
実は12月5日にキャストの打ち上げを控えていて、楽しみにしているところではあるのです。
が、こんなタイミングで言うのもなんですが、キャスト体験中の気持ちを体温に例えると、初っぱなに氷水をぶっかけられたように冷え込んで、あわや低体温症かというくらいまで下がりました。
しかし、大会終盤にようやく平熱と高熱の間くらいまで上がってきた、そんな感覚でした。
要は、微熱を帯びたあたりで会場を後にしたということなのです。
その微熱を保って、打ち上げに臨めればよいなと思います。

初っぱなに何があったかというと、抽象的にいえば、連絡の不手際と不適切な人員配置といったところでしょうか。
当事者としては大変な状況となりましたが、とりあえず仲間の手助けもあって乗りきることができました。
でも、その手助けがなければ選手に大迷惑がかかるような、致命的な手違いだと思います。
とりあえず無事でしたが、結果がよければよいわけではないのです。
あまりの混乱ぶりに、気持ちが完全に冷えきってしまいました。
充分に検証して再発を防いでもらいたいと思います。

ただ、いつまでも冷えきった気持ちのままでいる訳にもいきません。
キャストの業務は始まったばかりで、残りはまだ30時間ほどある状況でした。
FTR100の制限時間である18日の14時までは、何があっても持ちこたえなくてはなりません。
気持ちの低体温症で動けなくなってしまったら、選手に迷惑をかけてしまうかもしれません。
回復に至ることができたのは、誘導スタッフの仲間と選手のおかげでした。
スタッフ仲間は気持ちのいい親切な方ばかりで、愚痴をこぼしつつも明るく楽しく過ごすことができました。
寒さの中に野宿しながらの誘導は本当に楽しかったです。
仲間の皆さんには心より感謝しています。

誘導業務の間、今年はコースから外れた武甲山が、一緒に選手を見守ってくれました。
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大会期間は雨の予報が出ていたのですが、いざ当日は晴れました。
選手は武甲山に迎えられてフィニッシュへと進んで行きます。
その、それぞれの選手が前進する姿に、強く心が動かされました。
私はFTR100に過去三回出場しているため、どうしてもレース中の選手に自分の過去を重ね合わせて見てしまっている節がありました。
でも、見ず知らずの他人に感情移入できてしまうほどに、トレイルランニングというスポーツは私にとって特別なものであるとしか言いようがありません。
私は勝手に、全てのトレイルランナーは私の仲間であると思っています。
仲間が力を振り絞りながら前へ前へと進んで行く姿を目の前で見れること、それが私の喜びでした。
仲間の情熱を目の当たりにして、私自身の熱も徐々に高まっていきました。

そうした選手の熱が地域住民の皆さんに伝わっていたようで、大会中に住民の方々が選手にも我々キャストにも、暖かい声をかけてくれました。
特に暖かかったのは、私が夜に一人で誘導しているときに、ご近所の方が暖かい紅茶を差し入れてくれたことでした。
スタッフも大変そうですよね、その一言に報われました。
もちろん、選手達のありがとうの言葉にもぐっとくるものがありました。
キャスト仲間にも選手にも、そして地域の方にも暖めてもらえた私は、幸せ者だったのかもしれません。

低体温症かと思うくらいの気持ちで始まったキャスト業務は、こうして色々な人に暖められたおかげで、微熱程度まで回復して終了しました。
でも、微熱くらいが一番心地よいのかもしれません。
怪我を克服できたらの話ですが、来年は選手としてこのゲートをくぐりたいと思います。
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微熱を帯びて。

猫の手はチタンー2018FTR100/FT50予報

今日、11月17~18日に開催されるFTR100/FT50 2018のボランティアスタッフ=キャストのシフト表やマニュアル類が送られてきました。
FTR100には第1回大会の2015年から昨年まで3年連続出場していましたが、今年は骨折でトレランができないためエントリーを見合わせました。
それでも思い入れの深い大会であるため、今回はキャストととして参加することにしました。

100km超のFTR100にしか私は出場したことがないのですが、魅力あふれるレースだと思います。
エイドが充実とか、コースが適度に厳しく走りごたえがあるだとか、レースに関わることは色々な人が様々に発信しているのでここでは控えますが、レースとして完成度の高い大会だと思います。
本当にいい大会です。
私がここで推したいのは紅葉です。
それも黄葉の方が特に楽しみでした。
コース上の黄色の葉っぱがきれいで、見ていて飽きませんでした。
特に、薄暗い山の中で黄色の葉っぱが明るく浮かび上がっているのを見ると、気持ちまで明るくなります。
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木全体が黄葉していると行く手が照らされているようで、気分が高揚します。
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選手の皆さんには、こんな黄葉を堪能してきてもらいたいと思います。
本当は私自身が見れるとよかったのですが。

正直なところ、今年は、それどころかもう金輪際、FTR100/FT50は開催されないものだと思っていました。
昨年の事故で、同じレースに臨んだ仲間を亡くした悲しみを強く覚えました。
そして、同じトレランの愛好者として、他人事ではなく自分の事として受け止めた出来事でした*。
また今年は自分自身が山の事故で骨折し、トレランから離れざるを得なくなりました。
それだけに、この第4回大会が開催されることの喜びは大きいものがあります。
選手として参加できなくても、猫の手程度ではあるものの、手を貸すことが出きるのは嬉しいのです。
私の左腕には、折れた上腕骨を補強するためのチタンプレートが入っています。
チタンの猫の手、この大会のために力になれればよいと思います。
そして選手の皆さん、無事に帰ってくることを祈っています。


自分の事として
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/11/19/182753

**他のFTR100K2017関係記事
当日の天候について
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/11/21/215251

レポート1
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/11/30/191853

レポート2
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/06/194946

レポート3
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/12/193956

レポート4
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/14/201711

余録
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/15/125450

温度差20℃の耐久ーハセツネ2018ボランティアスタッフ余録

11月に入ってFTR100/FT50も来週末となりましたが、私はのんびり、ハセツネ2018のボランティアスタッフの主に着衣についての余録を書いています。
本当はFTRのボランティアの準備を始めなくてはならないのですが、してないものは記事にしようがないのです。
さて、私はハセツネという愛称よりも、日本山岳耐久レース、という正式名称の方が好きで、そして山岳で耐久するのは、選手だけでなくスタッフもまた同じなのです。
というのは昨年も同様の記事*で書きましたが、今年もスタッフとして山岳で耐久してきました。

http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/10/14/010307

ハセツネ2018の1日目、10月7日の東京の最高気温は32℃を記録しましたが、夜はガクンと気温が下がりました。
私の配置場所は標高が高いこともあり、2日目の深夜から朝方にかけて、手元の温度計で12℃まで下がりました。
その差なんと20℃。
スタッフの活動をしながら、この温度差に耐えなくてはなりません。
活動中の装備は以下のごとくです。

夜間活動中の服装
帽子:マムート・ワークキャップ
首:バフ
アンダーシャツ:アイスブレーカー・メリノウール混紡半袖
シャツ:アイスブレーカー・オアシス長袖
シャツもう1枚:ティートンブロス・ジップアップ長袖
タイツ:アイスブレーカー・メリノウール混紡ロングタイツ
ズボン:フェニックス・ロッククライミング風のロングパンツ
靴下:スマートウール・クルー丈
雨具ジャケット:ノースフェイス
雨具ズボン:ノースフェイス
手袋:セブンイレブン
靴:スポルティバ・ウルトララプターGTX
ベスト:ハセツネスタッフベスト

寝具
シュラフ:イスカ・ピルグリム370
マット:ノルディスク全身用

上記は全部着込んで、仮眠のときもそのままシュラフに潜り込みました。
2017年は薄手のインサレーションも着ていたのですが、さほど気温も変わらないにも関わらず、今年はその必要性を感じませんでした。
私が選手であれば、半袖にアームカバーでしのげる気温であろうことは、2017年と変わりません。
薄手のダウンジャケット、ビーニーキャップと腹巻きも持ってきてましたが、それは結局身に着けませんでした。
また、手袋は持参を忘れたため、前日ミーティングの後にセブンイレブンで購入しました。
これは本当に買っておいてよかったなと思います。
コンビニは偉大です。
来年は選挙ハセツネの年なので、大会開催が10月末になると思われます。
そうなると夜間の冷え込みは相当厳しいものがありますので、今年の装備では通用しなくなるでしょう。
できれば選手として出たいものです。

さて、問題になるのはやはり20℃の温度差です。
夜間以外は暑さに対応しなければならなかったのが、今回のハセツネだったと思います。
初日配置場所までの登山は、Tシャツ1枚で過ごしました。

シャツ:ハセツネフィニッシャーTシャツ

これはしぼれるほどの汗みどろとなったため、翌日以降に着用するのはあきらめました。
下山時には、天気予報になかった雨が降ってきていました。
活動を終えて撤収を始めようとしたときに、いわゆる本降りの雨となり、しばらく撤収を見合わせざるを得ませんでした。
このまま降り込められて動けなくなるのではないかと弱気になってしまうくらい、嫌な降り方の雨でした。
ただ、私たちの配置場所のチームは私以外はベテランぞろいで、私のような登山経験の未熟な者にとっては心強い方々でした。
私はいちいち雨にブー垂れていたのですが、他の方々は落ち着いてくつろいでいました。
こういうところに経験の差が出ると思いますし、私は大人になれていないなとつくづく思います。
今回の同僚スタッフの方々には、この場で敬意を表したいと思います。

さて、雨はやむことがないものの、一瞬、弱くなるタイミングがやってきました。
ベテラン達の行動は素早く、あっという間に撤収作業を終え、下山を開始しました。
下山時は前夜の半袖シャツをそのまま着ていましたが、雨具の上下も着こんでいたため、ご他聞に漏れず汗びっしょりになりました。

シャツ:上記アイスブレーカー半袖
雨具:上記の上下

高度を下げるにつれ高くなっていく気温と降りやまない雨にいちいち悪態をつきながらも、順調に下山することができました。
下山中、雨で時刻も午後に差し掛かっているにも関わらず、山頂を目指す登山者と何組もすれ違いました。
中には絵に描いたような軽装散歩者のような方もいて、非常に心配にはなるものの、何か介入ができるのかと言われれば、何もできないのだと思います。
それでよいとは思いませんが、とにかく無事を祈ることぐらいしかできません。
睡眠不足の妙にテンションの高い頭で、そんなどうにもならないことばかり考えながら下山してきました。
送迎車の待つ峠はやはり雨でしたが、五日市の町は曇ってるだけとのことで、ドライバーの方は予想もしていなかったそうです。
雨の下山は少々大変でしたが、最後は無事に本部に送り届けてもらうことができました。
若いドライバーの方は運転が上手でした。
ありがたかったです。

本部で解散した後に直面したのが、何を着て帰るか問題です。
帰ってきた五日市の町は、前日に引き続き暑かったのですが、持参の服で着て帰れる状態のものは、ウールの長袖シャツしか残っていません。
他はおしなべて汗臭く、他人様の前で着ていられるようなしろものではありませんでした。
と、そこで思い当たったのが本部に置いていた私物の中に入れっぱなしのスタッフTシャツです。
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これには助けられました。
ちょうど暑い日で、半袖の方がよいことは明白です。
後は、前日含めて3日間はきつづけたズボンから、比較的状態のよい雨具のズボンにはきかえて、着替え完了です。
裏山ベースでシャワーを浴びて、他人様に顔向けが出きるようになってから帰路に着きました。

帰りの電車
シャツ:ハセツネスタッフTシャツ
ズボン:上記雨具のズボン

今回の反省点は手袋を忘れたことと、暑いときの着替え不足です。
手袋に関しては完全なる不注意でした。
着替え不足は暑さへの想像力不足が原因です。
10月に30℃を超えるとは思っていなかったのですが、天気予報で把握していたのに準備を怠ったのは不覚でした。
FTRのボランティアは、こういう詰めの甘さがないように準備したいと思います。
とか言いながら、またやらかすのかもな…。

その声はーハセツネ2018ボランティアスタッフ雑感

日本山岳耐久レース・ハセツネカップ2018が終わり、もう3週間が経とうとしています。
今年も私は、昨年に引き続きボランティアスタッフとして参加しました。
スタッフは大会前日に会場入りして打ち合わせを済まし、大会本部のある建物のそこかしこで雑魚寝して活動に備えます。
既にこの雑魚寝から、スタッフ達の耐久レースが始まると言えるでしょう。
お世辞にも快適な環境とは言えず、具体的には、漏れてくる明かり、消灯時間過ぎても騒ぎ続ける酔っ払い、など、諸々の睡眠妨害要因に打ち勝つ必要があります。
アイマスクと耳栓は必須だと思います。
私は昨年の経験に学ぶことなくそのどちらも持っていかなかったため、なかなか寝付かれずに苦しみました。
次の機会には忘れることのないようにしなくてはなりません。

明けて大会当日は朝から暑い一日でした。
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スタートの準備を横目に、配置場所への送迎車に乗り込みます。
春に骨折していなければ、数時間後にはここに並んでいるはずでした。
でも、これもまた人生なのでしょう。
今回は山深いポイントに配置されました。
送迎車に乗っている間も、かなりの山登りをしていきました。
下車後、夜間用の点滅灯の取り付けやマーキングの追加をしながら90分近く歩いて目的地に到着しました。
骨折してから本格的に登山をしたのはこれがはじめてでしたが、とりあえず無難にこなすことはできました。
共同装備を分けて持ち歩いているので、通常の登山よりも10kg近く重い荷物を担いでいました。
骨折した左腕周辺の筋肉は以前より弱っているため、さすがに大きな疲れを感じました。
それでも、その後の活動に支障が出るような痛みや動きの悪さなどは出ませんでした。
こうした負荷の高い状態を過ごすことができたときに、自分が回復してきていることを実感できます。

私がいたのはレース後半のポイントで、選手の多くは夜間に通過する場所でした。
夜が明けてから来る選手もかなりいますが、選手通過のピークは深夜になります。
深夜の山のレースの誘導スタッフの仕事道具は、ライトセーバーな赤色誘導棒と「声」です。
特に視界のきかない山中の深夜は、声だけが遠くまで届く道具です。
声を出したり、声をかけたり、時には黙ったりもしながら、いかに適切な誘導と励ましを選手に届けるか、というところが腕の見せどころなのかな、というか声の聞かせどころなのだと思いました。
伝えなければならない情報を伝える、または、辛くてどうにもならない気持ちをどうにか奮い立たせる、そんな声を届けることが、私の役割だったんだなと、今振り返ってしみじみ思います。
役割を果たせたのかについては、自分では評価できないのですが、やれることはやったという思いでいます。
その私の自己満足が、少しでも選手の力になっていれば、大きな幸せです。
これは私の自己満足でかつ理想論にすぎないのですが、それが嫌いな人は一定数いるでしょう。
ただ、何か行動するときにそれを目指さないことには、その何かをする意味すらないと私は思っています。
自分の好きでやっていることに対しては、なるべくなら自己満足と理想論の追求をしていたいと思います。

それはそうと、夜の山中には野生動物の声もまた響いています。
それは私が配置場所から少し離れた山中で一人で誘導していたときのことで、時刻はまだ夜の9時くらいでした。
選手が通らない時間が続き、山は静まりかえっていましたが、鹿がいきなりピーピー鳴き出したのです。
結構近かったのですが、鹿なら危険も少ないだろうと思って、その場を離れずにいました。
すぐにおさまるだろう、という根拠のない楽観的な観測もありました。
ところが、鹿はしばらく鳴きやみませんでした。
ピーピー鳴いてはまたピーピー、移動しながら鳴いている気配です。
しかもよく聞くと、鹿の鳴き声と鳴き声の間に、別の声が聞こえています。
ガルル、ガルル、と、低いうなり声がするのです。
その声に気づいた瞬間、本能的に恐ろしくなりました。
多分、肉食獣の声だと直感したのだと思います。
東京の奥山の肉食獣と言えば、ツキノワグマ以外には思い浮かびません。
ヤバイクマガチカイ!
と思うや否や、私は持ち場を離れて仲間の皆がいる場所へ一目散に引き返しました。
カッコ悪いことこの上ないのですが、マジでおっかなかったので、三十六計逃げろはしかたないのです。
仲間には恐くなって戻って来た旨を正直に打ち明けたのですが、なぜかガルルといううなり声のことは話せませんでした。
少し落ち着いてから考えると、熊ではなく犬のような動物の声だったように思えます。
山で犬なら狼…、というのは飛躍が過ぎますが、ハセツネコース上の大岳神社や武蔵御嶽神社は狼を祀っています。
大岳神社の護符。
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武蔵御嶽神社の護符。
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特に武蔵御嶽神社は狼信仰の一大中心地です*。
何かあってもおかしくないんじゃないの、という期待を抱かせるような環境ではあります。
まあ、十中八九で野犬、でなければ熊というのが妥当なところなのでしょう。
あり得ないことではないと言えるレベルのことではないことは承知の上ですが、あの声が本当に狼だったら歴史が変わるんだろうなと、ちょっとだけ夢想しています。
その声をまた聞くことができればよいのですが。
でもマジでおっかなかったな…。

*狼信仰については小倉美惠子氏の『オオカミの護符』が詳しくて読みやすいです。
https://www.shinchosha.co.jp/sp/book/126291/
私が山岳信仰に興味を持つきっかけになった、思い出深い本です。