竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

イとーの話ー語彙雑感

はてなブログにはアクセス解析の機能があり、簡単ではありますがどの記事がよくアクセスされているかを把握することができます。
コメント覧も設けないで、自分の書きたいようにしか書かない私のような執筆者でもやはり読者の反応は気になるもので、何の記事がよく読まれているかはよくチェックしています。
最近まで圧倒的にアクセスが多かったのは「摩擦考ー奥三河パワートレイル余録1」という記事でしたが、ある変更を加えたところ、アクセスがガクンと減りました。
ある変更とは、イをー(伸ばす音、音引き)に置き換えることです。
些細なことですが、イとーでは大違いなのです。

元々「摩擦考ー…」の記事は、Ospreyのトレランリュック・デューロ6の使用感がとてもよかったということを、その重心の高さと身体との摩擦面の大きさから考えたものでした。
私としては、デューロが気に入りました、以上、のものではないこの記事がなぜ読まれているか、当初はわかりませんでした。
せいぜいデューロやOspreyが好きな方が読んでいるのかなと思っていたのですが、ある日の新聞を読んでいたところその理由がわかりました。
表記の問題なのです。
私の記事では、当初はオスプレ「イ」と書いていましたが、これがかの軍用機のそれの新聞表記と同じだったのです。
しかも、アクセスが増えたのはかの軍用機が墜落した報道があった直後です。
語尾がイで、しかも「摩擦」なんて書いてあるため、かの軍用機と基地周辺住民などとの摩擦について調べる際に、検索で引っかかっていたのだろうなと思います。
リュックのOspreyは、輸入代理店のロスト・アローの表記ではオスプレ「ー」で、軍用機のそれとは異なります。
恐らく、新聞表記は「イ」に統一されているのでしょう。
私は知らずに「イ」を使用していましたが、かの軍用機は墜落などの事故を起こす可能性が高いため、これからもミスリードをしてしまうかもしれません。
それは申し訳ないので、イとーをしっかり区別しました。
すると、数日で件の「摩擦考ー…」へのアクセス比率が目に見えて低下していきました。
恐らく、イとーを変更する前の「竹仙坊日月抄」のアクセスのうち、かの軍用機を目当てにしたものが最大で20%くらいはあったのではないか、と推測しています。

検索をするとこういうミスリードに出会うことが多々あり、それは当然のことでもあるのですが、イとーの違いに注意しないだけで、まるで違う世界に迷いこんでしまいます。 
イとーが違うだけなのに、私の記事ではかの軍用機についての情報はまったく得られません。
そもそも、使われる語彙がまったく違うのです。
かの軍用機について語るには、政治的、社会問題的、軍事技術的、など様々な切り口があると思いますが、それぞれに使用される語彙があり、語られる内容もその語彙に沿ったものになります。
私が竹仙坊日月抄で使う語彙では、かの軍用機についてはせいぜい、落ちたらかわいそうだよね、くらいのことしか語れません。
語彙もそうですが、そもそも、この場でそれについて語る動機すらないのです。
そんな場所にミスリードされてきてしまった方たちには若干申し訳なく思います。
それでも、イとーの違いでたどり着いた先にあった、リュックについて若干変態的に考察する世界もなかなか悪くないのです。
そのことを知ってくれるだけで、私は幸いです。
来たくなったらいつでも来てください。

オスプレ「ー」デューロの付属のハイドレーションです。

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よく工夫された使い勝手のよいハイドレーションです。

かの軍用機も、初めから落ちるために作られているわけではないと思います。

本当の意味での作り手の思いを、私は知るすべを持っていません。

でも、気に入ることのできるものに会えた喜びを私は知っています。

かの軍用機がそのようなものであればよかったのになと思わなくもないのです。

でも、かの軍用機が必要な世界を私は望んでいません。

私が望む世界は、「イ」が空を飛び回る世界ではなく、「ー」が縦横無尽に山を駈けめぐる世界です。

DNSからのSNDー東京湾アクアスロン2017

10月14日に開催された、第4回東京湾アクアスロン大会のショートの部をDNSしました。
ハセツネのスタッフ疲れなのか、この週はずっと体調が思わしくなく、しかも寒さ(気温15℃、水温21℃)の中で海を500m泳ぎきる自信がありませんでした。
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浜のカモメは元気ですが、トライアスリートでもスイマーでもない、ただの体調不良なトレイルランナーである私には、荷が重いというかまあ、実力的に無理なのです。
身の程をわきまえてのDNSでした。

ただ、単純にDNSするのも面白くありません。
このレースは私の故郷で開催されるため、私には、それにかこつけて帰郷することを楽しみにしている節があります。
先月開催された千葉市海浜アクアスロン大会と、この東京湾アクアスロンは、どちらも千葉市稲毛海浜公園を会場にして行われます。
稲毛海浜公園千葉市の高浜という地区にあり、高浜はまさに私の故郷です。
このアクアスロンの2大会を、私は勝手に高浜アクアスロンシリーズ2017と名付けていましたが、第2戦にして最終戦である東京湾アクアスロンを欠場したことで、シリーズが成立しなくなりました。
でも、私以外にシリーズ標榜者がいないので誰も困らないのですが、なんだかつまらないのです。
先月1度帰郷してますが、今回もせっかくなので(Sekkaku Nano De;SND)、参加賞のピックアップを兼ねて帰郷することにしました。
DNS逆から読むとSND。
SNDの1日です。

稲毛海浜公園には、ショートの部のスタート直前に到着しました。
SND、前回2016年大会と比較してみると、2016年はレース開始時に気温は22℃で水温も22℃あり、しかも容赦なく晴れていたため、ランでは暑いくらいでした。
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昨年は青々とした海でしたが、今年は見事な鉛色です。
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スピッツの「魚」に「鉛色に輝く この海は 僕らの海さ」という歌詞があります。
私はこの歌を聴くといつもこの海を思い出していたのですが、本日は、鉛色なれど輝かず、ただ冷たく波打っています。
11:00にショートの部がスタートしました。
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稲毛の浜の沖を500m泳いだあと、稲毛海浜公園内の2.5kmコースを2周走るカテゴリーです。
本来ならば私も海の中にいるはずでした。
スタートを見送ったら帰ってもよかったのですが、ここまで来たらSND、誰の応援でもない応援をするため、砂浜に残りました。
トップの選手はスイムがダントツに速く、トランジションも手早く済ませて、ランでは最終盤に追い上げられるものの、スイムのリードを守りきって優勝しました。
圧巻でした。
スイムはもう桁違いに速いのですが、付け加えるとトランジションがお見事です。
ゼッケンを安全ピンで止めたトライスーツで泳いで、泳ぎ終わったら靴だけ履いて走り出す、全く無駄のないトランジションでした。
この無駄のなさは過剰装備上等な私にとっては難題ですが、SND、来年出場するならばぜひ取り入れたいと思います。
私は一介のトレイルランナーでしかないので、スイムの実力アップには限界があります。
こうした間合いを詰めていく技術を身につけたいと思います。

SND、ショートの競技終了後のロング(泳1.5km、走10km)および1.5kmスイムのカテゴリーのスタートも見ていくことにしました。
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これから海を1.5kmも泳ぐ猛者たちです。
なんと、ショートのチャンピオンも再度スタートラインについていました。
レース後にもう1回海を泳ぐなんて、ちょっと想像がつきません。
すごすぎる。
でも、私たちトレイルランナーも、山を100km走るなんて想像がつかない、といわれがちな種族です。
恐らくは似た者同士です。
海のものとも山のものともつかない、なんて言いますが、たとえそれがわかったところで、海に遊ぶのものも山に遊ぶものも、根っこにあるものは同じなのかもしれません。
私にとってもそれは然りです。
海のある街で育ち、大人になって山で遊ぶようになりましたが、それでもまた海で遊ぶものでもあります。
海のものでも山のものでもなく、そして、海のものでも山のものでもある、それは、何ものでもなくて何ものでもある。
なんだそりゃ。
まあ、そんな感傷を覚えたのですが、自分で自分の言ってることがよくわかりません。
あとでゆっくり考えよ。

さて、稲毛海浜公園を後にした私はSND、稲毛駅西口(海側)にあるカレーの有名店で昼食をとることにしました。
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SHIBAというこのカレー屋さんは、千葉市では老舗の有名店で、私が知ってる限りで30年くらいは評判の高いお店なのですが、私は1度も食べたことがありませんでした。
いつか行けるだろうと思って行かないまま何十年も経ってしまう故郷あるある、その轍を完全にふんでいたのです。
でも今回はDNSなのにノスタルジーに駆られて帰郷してしまったこともあり、SND、食べて帰ることにしました。
寒さでお腹が減ってしまったのと、初めてなんだからSND、チキンカレーとタンドリーチキンのセットで大盤振る舞いです。
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いやあ、美味しゅうございました。
美味しいものを表現する語彙に乏しい私にとって、美味しゅうございました以上の美味しい表現はありません。
つまりは、おすすめなのです。
関連してはいるものの話はそれて、最近、言いたいこと、もしくは今まさに言わなければならないことについての語彙が足りないということが、結構な悲劇だと実感したのですが、それはいつかまた別の話で考えたいと思います。
大したことではないのですけど。
SHIBA、おすすめです。

一通りのノスタルジーと初めてを通り過ぎた帰り道は、これまたSND、京成千葉線から京成本線を乗り継いで帰京することにしました。
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高校生の頃の私は、京成電車で上野に出てブラブラするのが好きでした。
なぜ京成かと一言で言うと、運賃が安いのです。
京成がJRよりも安いのは今でも変わりませんが、高校生の頃にはより大きな差を感じていました。
私と東京を結んだのは京成電車でした。
DNSだけどSNDだって、無理矢理のように帰郷してみたら、思いの外濃い1日になりました。
初めてのSHIBAを堪能できたのも、DNSしてからのSNDさまさまなのでしょう。
ちなみに、せっかくなので=SND的な略語芸人であるところのDAIGO(メンタリストじゃないほう)は、私と同学年です。
まあ、DAIGOと私の人生が交差したことは無いし、これからすることも無い、これはけっこう自信を持って言えますが、何だかんだで、場所は違えども同じことをやってます。
つまりは世代なのか、これ。

今回最大に残念なのは、デビューを逃したトライスーツです。
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でも、これこそSND、次の機会に活躍を期待しています。
マイナスから始まるけれど、実はプラスのベクトルを持つ魔法の言葉、それはSND。
何もうまくいかなくても、せっかくなので=SNDにつながる言葉は、次だとかとりあえずだとか、心身が自然と前に出る言葉が多いようです。
いつも心にSND、そうすれば前を見て生きることができる。
なんてな。
安い自己啓発本みたい…。

出し着るーハセツネ2017日本山岳耐久レースボランティアスタッフ余録

ハセツネ2017のボランティアスタッフの主に着衣についての余録です。
私はハセツネという愛称よりも、日本山岳耐久レース、というゴツい正式名称の方が好きなのですが、山岳で耐久するのはスタッフもまた同じなのです。
私の配置場所は山中だったため、特に夜間の寒さに耐える必要があります。
結論から言うと、夜用の着衣として持っていったもの全てを着こむことになりました。

ハセツネ2017の2日目、10月9日の東京の最低気温は16℃、私の配置場所は標高から類推して、それよりも5℃は低かったと思います。
11℃だと、真冬の暖かい日の最高気温くらいですが、東京の真冬は基本晴れなので、陽射しの熱も感じることができます。
かたや深夜の山は、季節は初秋とはいえ太陽パワーの恩恵にあずかれないので、より寒く感じました。
おまけに、今年のハセツネの夜は、霧雨といえるくらいの濃い霧が出ていたため、雨具なしでは過ごすことできませんでした。
いつもは過剰装備になる私ですが、今回の着衣に関しては適正装備だったのではないかと自分では思っています。

帽子:マムート・ワークキャップ
首:バフ
アンダーシャツ:アイスブレーカー・メリノウール混紡長袖
シャツ:パタゴニア・キャプリーンジップアップ長袖
中間着:ジャックウルフスキン・インサレーションジャケット
タイツ:バーグハウス・メリノウールロングタイツ
ズボン:フェニックス・ロッククライミング風のロングパンツ
アンダーソックス:ファイントラック・スキンメッシュ
靴下:スマートウール・クルー丈
雨具ジャケット:ノースフェイス
雨具ズボン:ノースフェイス
手袋:アウトドアリサーチ・バルタン星人風
靴:スポルティバ・ウルトララプターGTX

上記は全部着込んでちょうどいいくらいでした。
薄手のビーニーキャップと腹巻きも持ってきてましたが、それは結局身に着けませんでした。
これで足りなかった場合は、リタイア者用に持ってきていた、ウインドシェルの上下やダウンに手をつけることになったのでしょう。
ちなみに、私が選手であれば、半袖にアームカバーでしのげるくらいの気温だと思います。
また、一番効果的だった装備は何だったのだろうと考えると、アンダーソックスが思いの外よかったです。
足元が2重になることで保温力が高まるのはもちろんですが、適度な空気の層ができているので、暑すぎもないのが快適でした。
もともとは保温目的というよりも現場までのぬかるみ対策が主でしたが、保温もバッチリです。
あと、ビューティフル・トレイルin信州トリプルマスターズの副賞でもらったバフが、もらってから最初の山でいきなりデビューしました。
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白いところには動物がたくさんいて、本当にかわいいのですよ。
ただ、選手で同じものをしている方がいて、思わず話しかけて足を止めさせてしまったのは、本当に反省しています…。
嬉しさを抑えられませんでした。

こうして着衣について記録していると、同じような条件なのに、じっとしているのと動いているのとでは大きな差があるということが可視化されます。
そして、動けなくなることがいかに低体温のリスクとなるかが、はっきりとわかります。
これから山中泊を伴う山行も積極的にしたいと考えているので、今回の着衣記録は基礎データが取れたような形になって、ちょうどよかったような気がします。
どんな形であれ、山に入っていれば、それに応じた何かを得ることができるのかもしれません。
やはり、山は楽しいです。

見えないものが見えるーハセツネ2017日本山岳耐久レースボランティアスタッフ雑感

10月8日から9日にかけて行われた、日本山岳耐久レース・ハセツネ2017に、ボランティアスタッフとして参加してきました。
去年まで4年連続選手で出場していましたが、スタッフ参加は初めてです。
今回は詳細をレポートするよりも、一つのテーマだけ考えてみたいと思います。
見えないものと言っても、幽霊や妖怪や山村貞子の類いの話ではありません。
そもそもあの人たち、見えたら困りますし。
見えないものが見える、とは「スタッフには見えないものが選手には見える」、もしくはその逆も然りということです。

深夜に誘導をしていると、私の配置場所に向かってくる選手がなぜか、道のない方に進んで行くということが多くありました。
私のいた場所から声をかけて元のコースに戻ってもらうものの、後から来る選手も同じようにコース外の立ち木に向かおうとしてしまいます。
今年のハセツネは夜に霧が出て非常に視界が悪かったのですが、それにしても外れすぎです。
立ち木の先には急な斜面もあるので、これ以上見過ごすわけにはいかないなと思い、選手が外れるポイントに行ってみると、意外なことがわかりました。
そこから見ると確かに、立ち木の方に進めるように思えてしまうのです。
具体的には、幅の広い階段の脇に道がついていて、階段を嫌った選手がその道を進むと、まっすぐ立ち木に吸い込まれるように進んでしまうのですが、道の傾斜がまた絶妙に選手の体を立ち木の方に向かわせてしまうのです。
下を向いている選手は特に、そこで道が狭くなっていることに気づかないまま進んでしまっているようでした。
スタッフの側から見れば選手の進む先に道がないことしか見えないのですが、選手には道が続いているように見えなくもないということは、実際にその場に立つまではわかりませんでした。
このときに選手とスタッフでは見えているものが違うんだなということを強く感じました。
これは当たり前のことかもしれませんが、スタッフをやらなければ自覚することはなかったのかもしれないと思っています。
とりあえずコースを外れそうになるポイントには私が立って、選手がそちらに進めないように誘導することにしました。
スタッフが選手の視界をふさいで、選手に見えるであろうコースを消しにかかったのです。
夜間はそのように対応しましたが、日が登ったあとはその必要がなくなりました。
明るくなったら、選手からその誤った道が見えなくなったようです。

見えるものの違いは、目的の違いに由来するのかと思います。
そして、選手の目的はフィニッシュ目指して先に進むこと、スタッフの目的は選手の安全確保です。
選手は基本的に、視線を前と足元に向けて進んでいくと思います。
見えているのは前と足元にある自分の進路です。
スタッフの視線は、基本的に選手に向けられています。
視線の向きが逆で、見ている対象も異なります。
端的に言えば、選手はコースを見ていますが、スタッフは選手を見ています。
見ているものが違えば、見えるものも違います。
それが当然なことはわかっているのですが、現場ではその場の一体感のようなものに包まれてしまい、つい選手と自分を同一視してしまいがちです。
しかも、私にとっては4年続けて選手で出ていたレースで、かたやスタッフ経験はゼロ、気持ちは選手に近いのです。
通過していく選手と同じような気持ちになることも、数多くありました。
それでも、見えるものが違うということは、スタッフと選手の大きな違いなのです。
スタッフには、見えた選手の様子から判断して、選手の安全を確保する役割があります。
ひるがえって、選手の役割はなんでしょうか。
私であれば「無事に家に帰る」なのですが、これは個々の選手によって異なるでしょう。
しかし大切なのは、役割の違い、目的の違い、見えるものの違い、といった諸々の違いが、トレランレースの現場に当たり前のようにあるということだと思います。
だからこそ、お互いの見えないものが見えるようになるのではないでしょうか。
細かく言えば、お互いの立場から見えるものを持ち寄ることで、お互いに見えないものが見えるようになる、ということなのかなと思います。
選手と一体感を持って楽しむこともスタッフにはできると思いますが、私はそれよりも、違う役割と目的を持つものが同じ場を共有して楽しむこと、そちらに心ひかれます。

だからといって、みんな違ってみんないい(by相田みつを)、ということが言いたいわけでは断じてないのです。
みんな違ってみんないい、に感じられる、同調圧力からの解放や個性の尊重といった価値観には共感しますし、大切なことだとも思います。
でも私はむしろ、社会生活においては、違わなくてはならない局面があるのかもしれない、と考えています。
それは同調圧力とは逆のベクトルの圧力なのかもしれませんが、その場の誰もが全く同じになることを否定することが、恐らくはどんなときでも必要であるのではないかと私は思います。
それはやはり、一人一人のお互いに見えないものを、お互いに見えるようにするためです。
誰かと私の違いがなければ、お互いに見えないものを見ることはできません。
その違いがなければ、そこに助け合いや新しい知見は生まれないのです。
もっと言えば、違いがなければ愛も生まれません。
なんてな。(byいかりや長介in踊る大捜査線

やはり、愛については言い過ぎだと自分でも思います。
愛なんていつでも、どんなときも、生まれるときには生まれるものですよ、たぶん。
これも言い過ぎたかな…。
でも、まさか自分が相田みつをの言葉をブログで検証する日が来るとは全く思っていませんでしたが、そこは図らずもディス・イズ・ザ・デイ。(by津村記久子
みんな違ってちょうだい。(by竹仙坊)
それにしても、いったい何を言ってるんだ今日の私は…。
ハセツネで走れなかった憂さを、ここで暴走することで晴らそうとしているのでしょうか。
もう、他人事ならば、その辺が見えるのかもしれないのに…。

気持ちが少し落ち着いたところで、夜間誘導用のライトセーバーの写真を供覧いたします。
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スタッフにとっては単なる仕事道具ですが、選手のとき、深夜の山中でこれが見えた時は本当に安心したよな、なんて、これを手にしながら思っていました。
今まで本当に、散々ボランティアスタッフのお世話になってきた分、今回ほんの少しでも人様のお役に立っていたのならば幸いなのですが、その姿は私自身の目では見えないものです。
でも、自分の姿など見えなくてもいいのかもしれません。
自分とは違う誰かには、必ず見えています。
なんてな。

出ないけどいるーハセツネ2017日本山岳耐久レース予報

出ないけどいると言っても、幽霊や妖怪や山村貞子の類いの話ではなく、私のハセツネの話です。
でも、貞子は出てくるんだった。
こともあろうにTVの中から。
今年のハセツネには出場できませんでしたが、ボランティアスタッフとしてコース上に配置されます。
レースには出ませんが、コースにはいます。

今年はハセツネ30Kのエントリーを忘れてしまい、初めてのゼロ関門に挑むものの、一般エントリーのクリック合戦で敗れました。
ふるさと納税枠は残っていたものの、その誘惑に屈することができず、ゼロ関門でリタイアしました。
自分から身を引いたわけですが、昨年まで4年続けて出ていたレースに今年は参加しないというのがなんだか残念でした。
そこでボランティアです。
たまたま近所の飲み屋で知り合ったトレイルランナーの方が、よくハセツネのスタッフをされる方で、軽く相談した結果、快く背中を押してくれました。
これまでの6年間、数多くのトレイルレースに出てきましたが、ボランティアスタッフをしたことはありませんでした。
よくよく考えれば、これまで散々ボランティアのお世話になってきているのです。
たまには恩返ししないと、いつかバチが当たりそうです。

昨日から五日市入りをして会場にて打ち合わせをして、ホールのステージにシュラフを敷いて寝泊まりしました。
今朝は快晴、暑くなりそうです。
会場ではスタートの設営が進んでいます。
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数時間後にはこんな風景になるのでしょう。
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これは昨年のスタート風景ですが、昨年は今年と似たようなコンディション、雨上がりで湿度と気温が高くなって、三頭山辺りで水切れを起こしてリタイアする人が続出したそうです。
気をつけたいところですが、よく考えたら 私は出ないのでした。
出る方はお気をつけて!

私的装備論ー若狭路トレイルラン2017余録2

今回の若狭路トレイルラン2017はショート15kmの部に参加したため、装備は軽く行こうと決めていました。
私の大好きな高尾山天狗トレイルはやはり16km前後のショートレースですが、真冬に開催されるためある程度の防寒装備が必要になります。
そうすると、いくらショートレースとはいえ、それなりの容量のリュックが必要になります。
軽装で臨むわけにはいかないのが、高尾山天狗トレイルというレースです。
そういうことから考えると、今回の若狭路トレイルランは夏の名残が感じられるなか開催されたレースであるため、ギリギリの軽装を試すよい機会となりました。

とはいえ、リュックは背負います。
過剰装備上等系トレイルランナーである私は、何か背負ってないと不安になる、リュック強迫症系トレイルランナーでもあります。
リュック強迫云々は勢いで筆が滑った嘘ですが、装備過剰はいつものことで、これは治ることのない病のようなものです。
エストポーチ的なものでは足りないのです。
今回私が使ったのは、青梅高水の参加賞リュックです。
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いつかの長良川清流マラソンの参加賞でもあったらしく、色まで同じのリュックを背負ったランナーがけっこういました。
正確な容量はわからないのですが、勝手に3Lくらいと仮定して準備した結果、リュックの中はサイドポケットを含めて下記のような装備となりました。

ファーストエイドキット
ウインドシェル上(モンベル)・下(モンテイン)
ライト(ヘッド1、ハンド1)
スマホの非常電源
携帯トイレ
財布
水:ソフトフラスク250mL(メインに使用)・500mL(予備)
食料類

軽装が可能なレースで悩むのが、非常用装備をどれだけ持って行くかです。
今回私は、雨具を持たずにウインドシェルで済ませました。
晴れて気温が高く、山は低くてエスケープが容易という条件のため雨具不要という判断です。
ファーストエイドはショート用の軽いバージョンにすることもできたのですが、リュックの容量に余裕があったので、私なりのフルスペックでロングトレイルで使用するものをそのまま使いました。
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中形のジップロックがパツンパツンになるくらいの大きさです。
結果的にはこれが幸いし、足首を捻挫した選手にテーピングすることができました。
軽いものに変えていたら足首のテープは持っていっていかなかったはずです。
選手のケガ自体が無いことに越したことはないのですが、あの時間帯に私が通りかからなければ、私のテーピングは過剰装備であったと言えるかもしれません。
しかし、いくら過剰であると思っても、タイミング1つで適切なものになる場合もありますし、それでも足りなくなる事態もあります。
過剰であったり余計であったりすることは、不確実な事態に対応するために必要なものなのです。
そして山に入るということは、不確実な事態に会う確率を積極的に高めていく営みでもあります。
山に入る以上は、ある程度の過剰を見越して準備しなければならず、そして過剰なまま下山できれば、むしろそれは幸いなのです。
とか偉そうに言っていますが、私は必要と不要の見極め能力が低いだけなのかもしれません。
不要なものを徹底的に削ぎ落とす美学も、なんとなくわかります。
ただ私は、どんなに軽装であろうとも、ファーストエイドと水とライトを持たずに山に入ることはしません。
例えそれが結局過剰であったとしても、今回のように誰かの役に立つことがあれば、それは必要なものに変わります。
これは価値観の問題なのかも知れませんが、私の装備は私のためだけにあるのではないということ、その前提に立って装備というものを考えたいのです。
自分の装備、特にファーストエイドキットは、社会的な資材として重要なものだと思っています。
他人に強制はしませんが、私が余計にものを持つことは、同じ山域にいる登山者のトラブル対処能力の底支えになると考えています。
私自身はこれまでに他のトレイルランナーの装備に助けられたことはありませんが、救護されているトレイルランナーは何度も見たことがあります。
ケガのような非常事態に対処するには、誰の装備かではなく、資材があり、願わくば少し過剰にあることが重要です。
自己責任という考え方もありますが、非常事態にはなんの役にも立たない考え方であると思います。
非常事態ではただ目の前にトラブルがあるだけで、そこで必要なのは、ましな状況に戻すための知恵と資材です。
自己責任とかその辺は、下山してお風呂入ってご飯食べて一晩寝て、そして気持ちに余裕ができてから考えればいいのです。
私は私の過剰なものが、困った誰かに適切に渡るのならば、それが私の望むところです。
山のレースで何かありましたら、お近くの竹仙坊に声をかけてみてください。
あなたの必要なものを私が過剰に持っているならば、喜んでお分けします。
私が持ってなかったら、誰か持ってる人を一緒に探しましょう。
それぐらいの助力でもよければ、いくらでも。
あ、ハセツネは助力NGですね。
そういえば、若狭路トレイルランの競技規則には素敵な文言があったのを、ハセツネの助力NGで思い出しました。
若狭路トレイルランでは、他者の救護に当たったランナーが救護に関連して起こしてしまった競技規則違反は、違反としては取り扱わない、というような文言がありました。
ニュアンスは違いますが、善きサマリア人法のような寛容な考え方で、かつ現実に則していると思います。
この規則を擁する若狭路トレイルランは、それだけでも、魅力のある大会です。
また行きたいなと思います。

装備
帽子:パタゴニアのメッシュのやつ
サングラス:スワンズのイエローレンズ
シャツ:プライマルのサイクルシャツ
アンダーシャツ:ゼロフィットの旧型
手袋:ケンコー社指切り
ズボン:ノースフェイス腹巻きパンツ
アンダータイツ:ゼロフィット
カーフスリーブ:CEP
靴下:C3fit紙
靴:アシックス・ゲルフジアタック4

海から島へー若狭路トレイルラン2017余録1

次の日曜にはハセツネが始まるというのに、まだ若狭路トレイルランの余録です。
もう少しだけ書き留めておきたいと思います。

自分のフィニッシュの後、友人Bさんのフィニッシュ予想時刻15時半までは3時間以上ありました。
宿でコインシャワーを借りて身支度を整えたあとは、海沿いをボケーっと歩いて会場に再度向かいます。
会場のある食見の海は、透明度が高くてきれいでした。
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昭和末期の北部東京湾は味噌汁のように濁っていましたが、そんな海で育った私にとって、この海はまるで別世界のようです。
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一歩踏み込んで日本海と戯れた後は、お昼御飯です。
会場ではたこ焼とハンバーガー太巻きなどでお腹を満たしました。
また、よく晴れて暑い日だったため、スムージーがことのほか美味しかったです。
次回以降も出店していてくれればの話ですが、本当におすすめです。

その後は山中で応援しようと思って移動しましたが、結局山の出口に陣取りました。
山の出口の獣避けゲートまでは、フィニッシュから400mほどで到着します。
初めはゲートの横にいて、その後山中に移動して応援していたのですが、薮蚊の襲撃が凄まじいうえに小ぶりのスズメバチまで現れてしまったため、早々にゲートまで引き上げました。
ゲートには1時間ちょっといましたが、ランナーがひっきりなしに帰ってくるので退屈はしませんでした。
声をかけながらランナーを迎えていると、Bさんが予想よりも20分くらい早く山を下りてきました。
Bさんの後を追って、フィニッシュまで荷物を背負ってドタドタ走りながら戻ります。
Bさんは無事にロング43kmを完走し、ITRAポイントを2ポイント獲得しました。
菅平を完走して3ポイント獲得しているBさんは、これでSTY2018エントリーに必要な5ポイントを得ることができました。
抽選に通れば、来年の春にはあの天子山地を駈けめぐっているのかもしれません。
なんか羨ましいです。

フィニッシュ後は、三方駅近くの日帰り温泉・キラリの湯に送迎バスで送ってくれます。
入浴の無料券が参加賞に含まれています。
次の月曜に夏休みを入れていて、東京に急いで帰る必要がなかったため、お風呂につかったあと、小浜線北陸線を乗り継いで、滋賀県の長浜に向かいました。
一泊した次の朝、琵琶湖に浮かぶ竹生島に行くのがこの休みの目的です。

竹生島は琵琶湖に浮かぶ島のうち、古くから信仰の対象となっていたことで知られています。
今でも西国三十三ヶ所の札所となっていて、巡礼の方も多く訪れる島です。
交通手段はもちろん船、琵琶湖汽船の船で長浜港から竹生島に向かいます。
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出港して振り向くと、長浜の街を見守る伊吹山が。
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伊吹山は、あのヤマトタケルノミコトと戦って勝った荒ぶる神が住む、美しい山です。
竹生島には30分ほどで到着します。
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竹生島には宝厳寺と都久夫須麻神社があり、それぞれ秀吉時代の国宝や重文を擁しています。
ただ、こちら宝厳寺の弁天堂は国宝ではありませんが、日本三大弁財天の一つに数えられる竹生島弁天を祀っています。
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ありがたや。
宝厳寺の国宝である観音堂は修復中。
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それでも、チラ見せではあるものの、秀吉時代の極彩色を現代に甦らせています。

神社本殿も国宝。
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国宝だからなんなんだ、ということもありますが、安土桃山時代の木造建築は貴重なので、いいもん見たなと純粋に思います。
そして、海のような琵琶湖。
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琵琶湖の面積は滋賀県の面積の6分の1しかない、とは滋賀県あるあるとして有名ですが、6分の1でこんなにでかいのか。
私は京都に両親が住んでいるため、琵琶湖の南側にはよく脚を伸ばすことがありますが、南側は湖が狭くなっているのでここまでの開放感はありません。
湖北地方に来たのは今回が初めてでしたが、この広々とした水の広がりには圧倒されました。
淡海とは琵琶湖の古名ですが、まさに海ですな。
琵琶湖でこんなに海を感じるということは、カスピ海なんか本当に海としか思えないんでしょうね。

帰りの船からは比良山系の遠景が。
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この奥で高島フェアリートレイルが開催されます。
そして、長浜に近づくと再びの伊吹山です。
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夢高原かっ飛び伊吹の舞台でもあります。
滋賀の山もまた実に走りたくなる山である。

今回は福井県滋賀県に初めて宿泊することになりました。
行ったことのない土地に行くことでどれだけ見聞が広がるかはその時次第だと思います。
ただ、東京湾の埋め立て地育ちである私の故郷にはない歴史的時間の厚みを感じながら旅ができたことは、貴重な経験であったと思います。
トレイルランをしていなければすることがなかった旅であっただろうことは、容易に想像がつきます。
そんな旅の行き先、次はどこなのでしょうか。