竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

雲を行くー先生と山2017夏2

2017年夏の天狗岳周辺山行の第2段です。
夏沢峠は雲の中で、強い風が吹いていました。

夏沢峠の山小屋2軒の周辺は多くの登山者が休憩していましたが、風を避けられる場所がなく、しばらく進んだ森の中の空地で休憩することにしました。
ここまでよいペースで来ていますが、私はアキレス腱の痛みが気になってしかたありません。
先生のケガは右足首の捻挫でしたが、この時点では大丈夫のようでした。

少し休んだ後、雨具を引っかけて歩き出します。
雨は降っていませんが、完全に雲の中なので、薄い霧の中を進むような感じになります。
うっすらではあるものの確実に体が湿っていくため、安心のための雨具着用です。
今日の宿泊先の根石岳山荘までは1時間ちょっとなので、着ない選択肢もありましたが、用心に越したことはないと判断しました。
こういう判断はトレランレースでも普段の山行でも難しいものですが、ひとつの考え方として、安全原則に準じれば大きな間違いにはならないということが言えます。
この場合は、外から体を濡らすリスクを避けることを優先にしました。

歩き出してしばらくは、森に囲まれた稜線を行きます。
雲の中で視界は悪いのですが、前がまったく見えないということはなく、数十mの見通しは確保できていたと思います。
森を歩いていると、この辺りでも縞枯現象が起きていることがわかります。
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どうやら縞枯山の専売特許ではなく、北八ヶ岳エリアによく見られる現象のようです。
ただ、縞枯た木々の手前に生えたシラビソの若木を見ていると、これも世代交代のひとつの方法なのかなとも思います。
ちなみに、シラビソの若葉の若芽はカプセルで守られています。
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ちょっと過保護かなとは思いますが、強風と低温から身を守る知恵なのかもしれません。

夏沢峠から稜線の森を1時間ほどで、箕冠山に到着します。
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箕冠山は森の中で見通しがほとんど効かず、ピークというよりは峠のような雰囲気でした。
ここから根石岳山荘までは目と鼻の先ですが、下りに入ると森がなくなり、岩場歩きに変わります。
木々で守られていないので、強い西風が直接吹き付けてきます。
風というよりは雲が吹き付けてくるイメージでしょうか。
風雲急を告げるとか風雲児とか言いますが、この場所では風=雲であることがよくわかります。
手にしたストックがみるみる結露していきます。
10分ほど下って、根石岳山荘に到着しました。
山荘前にはコマクサの大群落があります。
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クローズアップした二株です。
先生から教わったところによると、この高嶺の花で高山植物の女王であるコマクサが、1面に点々と咲き誇っている光景は壮観でした。
女王というだけあり、吹き付ける雲をどっしりと受け止めていました。
強いから女王なのです。
澤穂希吉田沙保里が女王であるように。

根石岳山荘は定員60名に対して30名強の宿泊客でしたでしょうか。
混んでもなく寂しくもなく、ちょうどいい感じでした。
懸案のお風呂は入れ替え制で、グループごとに入るシステムでした。
3人が余裕で入れるくらいの湯船がどーんとあるだけですが、2,500m級の稜線で入るお風呂は、標高的な意味では人生最高ですが、忘れられない一っ風呂になったことは言うまでもありません。
外は雲なので窓からは何も見えませんが、それもまた一興、西向きなので夕日が見えるときにもまた一興なのでしょう。
雲のなかの山小屋。
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窓からの景色もまた雲。
今ふと思うのは、この根石岳山荘もまた、コマクサと同じ強さを持つ小屋なのかもしれないと思います。
コマクサが高山植物の女王に君臨しているのは、他の高山植物が、高山の環境に耐えることのできる他の高山植物がですら、生えることのできない荒れ地にで生きることができる強さゆえです。
その女王と共に根付く根石岳山荘は、山小屋の女王といってよいと思います。
消灯は20時、翌日に備えて眠りにつきます。
女王陛下の庇護の下、登山者たちは雲の夢を見るとか見ないとか。

雲に登るー先生と山2017夏1

7月16,17日に八ヶ岳天狗岳に登ってきました。
入山と下山は、稲子湯から少し登ったみどり池入口登山口です。
初日はみどり池から本沢温泉、夏沢峠、箕冠山を経由して根石岳山荘に泊まりました。
2日目は根石岳から東天狗に登頂した後、中山峠からにゅうを経て、シャクナゲ尾根経由で下山しました。
同行者は仕事で知り合った先生です。
先生とは7年来の付き合いになりますが、ここ2,3年、夏と冬に1度ずつのペースで山行しています。
天狗岳には昨年の夏に唐沢鉱泉発着の日帰り山行をしましたが、今回は八ヶ岳を挟んで反対側の稲子湯近辺を起終点としました。
元々は権現岳~赤岳の縦走を計画していましたが、二人とも足にケガを抱えてしまい、やむなく難所を避けるルートを取りました。
ヘルメットも買って準備播但線じゃなくて万端でしたが、足元の不安には役立ちません。
安全第一ケガしない、この日もこの方針で行くことになります。
この方針はいかなるときでも必須のはずですが、ほとんどの場合、最初のケガをしてから意識し出すもので、なんだか後の祭り感が半端ないのです。
それもまた人生、とは言い過ぎであるものの、よくある話ではありますが、意識しないよりはましです。
安全第一で歩き、ケガしないで帰ってきたいと思います。

みどり池入り口登山口の駐車場に着いたのは、8:30前でした。
駐車場は既に一杯に見えましたが、なんとかスペースを見つけて止めることができました。
登山口は林道のゲートです。
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8:45頃に出発しました。
みどり池までは、シラビソの森のなかをなだらかに登っていきます。
かつて木材の搬出に使っていたレールが、今も残っています。
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森は大木が多く、立派なシダもたくさん生えていましたが、今回の山行で一番気に入ったのがシラビソの若葉でした。
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枝の先にちょこんと伸びた葉の黄緑の色彩が、何とも言えずによいのです。
新緑の季節なのか、そこかしこのシラビソの葉が黄緑に浮かび上がって、森のなかが明るく感じられます。

登山口から1時間30分ほどでみどり池にたどり着きました。
ほとりのしらびそ小屋で、まとまった休憩をとります。
この日は曇っていましたが、みどり池からは翌日登る天狗岳の全容を見ることができました。
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また、みどり池と言えば逆さ天狗です。
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曇天のせいか、池に映る天狗ははっきりしていますが、本体の方がパキッと写りません。
山の上を見ていると、天狗の奥からどんどん雲が流れてきているのがわかりました。
稜線は風が強いようです。
天気を気にしながら出発します。

しらびそ小屋からは本沢温泉に進路をとりました。
20分弱歩くと、湿地帯にお花畑が現れました。
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クリンソウの群落です。
花の名前は先生に教わりました。
先の美ヶ原トレイルランのレポートで、よく見るけど名前を知らない花、というような紹介をしたのがこの花です。
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元・よく見るけど名前を知らない花。
FTR関連で秩父に行くと『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』というアニメの看板をよく見かけましたが、よく見るけど名前を知らない花を見るたびに思い出します。
今年は『心が叫びたがってるんだ』の看板に出会うのでしょうね。
余談でした。
ちなみに先生は、クリンソウの群落を見て「お花畑
というよりワサビ田みたいだなぁ」と言っていましたが、言い得て妙だと思います。
先生は写真がお好きで、一緒の山行では花や景色の写真をたくさん撮って、後でデータをまとめて送ってくれます。
まめで親切な方です。

クリンソウの群落があった橋から本沢温泉までは、起伏の少ない森の中を歩きます。
このエリアで、トランスジャパンアルプスレース(TJAR)のトレーニングをしている方とすれ違いました。
TJAR2016の選手だった方で、マウンテンスポーツネットワーク(MtSN)の記事で顔と名前を覚えていました。
私たちの姿を見ると走るのを止めて、私たちが立ち去ってから走り出す、トレイルランナーの理想的なハイカーとのすれ違い方を見せてくれました。
紳士です。
もしTJAR2018に参加されるのなら、一番に応援したいと思います。
やがて、大きな下りを下りきると林道に出ます。
ここにもクリンソウのワサビ田があり、目を楽しませてくれます。
やがて林道を詰めきると、本沢温泉に到着します。
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12時前にたどり着きましたが、ここで昼食をとりました。
硫黄岳の爆裂火口を雲がはい上っていきます。
稜線方向はやはり強い風で、ガスがどんどん濃くなって行きます。
コンビニおにぎりとガスストーブで沸かした紅茶で軽く昼食を済ませて、出発したのは12時半過ぎだったでしょうか。
天候が心配だったので、早めに動き出すことにしました。

本沢温泉から夏沢峠に登る道は、これまでの緩やかの登りとは違い、急な傾斜が含まれていました。
私はここで左アキレス腱の痛みが再発してしまいました。
むしろ、美ヶ原のレース中より痛いかも。
この後は痛みを抱えながら進むこととなりました。
どうも登り坂のアキレス腱を伸ばす動作と、着地時の左右のブレがよくないようでした。
極力刺激のないように歩きはしますが、アキレス腱てのはそれを動かさないと歩けないため、刺激を絶無にすることはできないのです。
今、改めて山と高原地図を見返していますが、本沢温泉までの等高線の間隔と、本沢温泉からのそれとは、随分と差があります。
急登と言えるかは微妙ですが、アキレス腱の使い方≒動かす範囲に大きな変化が起きて、ケガに影響が出るだろうことはなんとなくわかりました。
膝のケガは下りの痛みに繋がりますが、アキレス腱のケガは登りで痛み出す。
今後のために覚えておこうと思います。
1時間ほど痛みにこっそり顔をしかめながら登ると、夏沢峠に到着しました。
予想していた通りの強風で、見事に雲の中でした。
こういう天候でなければ、本沢温泉の日本最高地点の露天風呂につかってもよかったのですが、この日は先を急いで正解でした。
それに、宿泊先の根石岳山荘にもお風呂はあります。
欲張って2回入る必要はないのです。
ここからは、雲のなかを歩きます。

懐かしい痛みよー故障の記憶

美ヶ原トレイルラン2017のレース中から痛みだした左アキレス腱ですが、3週間経過した今も回復していません。
また、菅平で転んで強打した右膝周囲の発作的痛みも、相変わらず出てきます。
その間に安静にしていなかったということが一番悪いのですが、しばらくはレースもないため、ランニングや山行を控えたり、苦手なストレッチに励んだり、セルフケアに勤しみたいと思います。

このアキレス腱炎という故障を抱えるのはずいぶん久しぶりで、前回は20年以上前にもなります。
当時は高校生でバドミントンをしていたのですが、左右両方に発症してしまい、2ヶ月くらいは脚を使った練習ができませんでした。
そういえば、あのときもやはり7月に症状が出始めました。
期末試験前の練習で痛め、試験休みを過ぎても回復せず、夏休みの練習を棒に振ったのです。

今回は左だけですが、その時と全く同じ痛み方をしています。
左右のアキレス腱に触れてみると、左が右の1.5倍くらいに腫れているのがわかります。
往時よりはましでしょうか。
発症時にさほど慌てなかったのは、懐かしい勝手知ったる故障だったからでした。
久しぶりだね、会いたくなかったけどね。
くらいの心持ちで、とりあえず受け入れることができましたが、長い付き合いになることは覚悟しなければなりません。

よくよく思い返してみると、高校生の私は若いなりに苦しんでいたなと思います。
アキレス腱を痛める半年ほど前の冬に肘を痛めてしまい、ラケットを使った練習ができなかった私は、冬の間に脚力の強化ばかりやっていました。
たぶんその時の疲れや無理が足腰に溜まっていて、夏を前にしてツケを払わされたのだと思います。
もともと5kmくらいの道のりを自転車通学していたのですが、痛みがひどいためバスを乗り継いで通う羽目になりました。
夏休みのハードな練習もすべてはこなせず、不全感で悶々としていました。
それどころか、この先バドミントンができなくなってしまうという不安や恐怖、挫折感、あきらめ、自責の念、罪悪感、自嘲…。
こうしたあらゆる黒々とした気持ちを、大量に抱え込んでいました。
このときの苦しみは強烈で、痛いからできない、が、できないからやりたくない、に簡単に変わってしまいました。
故障が明けても、プレー自体を楽しめなくなった私は、大学に入ると競技としてのバドミントンからは離れました。
今でもバドミントンは好きなのですが、当時の強度でプレーしたいかと問われれば、したくない、とはっきり答えると思います。

こう振り返れば苦しみと苦味だけしかないような思い出なのですが、悪いことばかりでもないと今では思うことができます。
当時色々な医師や鍼灸師に診てもらった経験は、自分の身体の見方を覚えるという意味で、少なからず今の私の糧になっています。
私自身の黒々とした気持ちにあれだけまとまって向き合わされたのも、たぶん何かの役に立ってきたと思います。
何よりも、年をとって同じ故障を抱えても、大して落ち込まずにすんでいます。

私は本来、経験すべてが尊いとは単純に考えておらず、むしろ、人生を決定的に傷つけるような経験などはこの世から無くなれ、ぐらいの考えの持ち主です。
「これも経験だから」「いい経験になるよ」などといった、物のわかったような言葉に附随する苦しみを、受け入れなければならない理由などどこにもないのです。
私の経験は私のものでしかなく、他人があらかじめ評価して与えるような筋合いのものではないのです。
それを踏まえても私は、あのひどく苦しかった時期と同じ痛みを抱えている現在を、淡々と受け止めています。
あの時の黒々とした気持ちを、同じ痛みを抱えている今、感じることはありません。
20年以上余計に生きてきて、私が、一言で言えば鈍感になっていて、それに希望を交えた解釈をすれば、図太くなっているのだと思います。
でもそれは、私の経験に対する私の評価です。
誰もが同様の痛みや苦しみを経験するべきだ、とはみじんも思っていません。
本当は痛くて苦しい経験なんて、しないに越したことはないのです。

まあ、とりあえず早く治ればいいのですが、あのときの私から20年以上余計に生きてきた分、治りも遅くなっています。
そして、もしこれから黒々とした気持ちがわいてきてしまったとしたら、故障が明けたときに自分がトレイルランニングを嫌いになっていない保証はないのです。
でも、それは治ってから心配すればよいのです。
まずは図太く待つのみです。
そして、私が山を嫌いになる保証も一切ないのです。
図太いなあ、私。

2017年下半期の出場予定

負傷に故障にDNF3回、2017年の上半期はネガティブな事柄だらけなのが振り返るとよくわかるのですが、希望がなくもなかったかとは思います。
今後の出場予定は以下の通りです。

9/3日 千葉市海浜アクアスロン:泳600m・走5km
9/10日 信州戸隠トレイルランレース:50km
9/24日 若狭路トレイルラン:15km
10/14土 東京湾アクアスロン:泳500m・走5km
11/18土 FTR100K:105km

菅平と美ヶ原の2レースに完走できたため、次の戸隠のレースに完走できれば、フィールズが長野で開催する3レース完走者に贈られるビューティフル・トレイルin信州トリプルマスターズの特典が受けられます。
今年の唯一現実的な目標なので、ここまでに足と脚の状態を戻して完走できればと思います。
戸隠のレースは、前に参加した2015年のレースから距離が長くなっているため、その分の覚悟をもって臨みたいです。
若狭路トレイルランには、友人BさんのITRAポイント獲得シリーズに乗っかった形ですが、私の出場する距離は対象外です。
FTRは第1回大会から3年連続3回目の出場です。
今年は足と脚の状態次第で色々考えなければならなそうです。
DNFしかり、DNSとかボランティアにまわるとか、その辺も検討対象に入ってきそうです。
まずは戸隠で、自分がどれだけやれそうか、状態を見極めたいと思います。

アクアスロンは水泳とランニングのデュアスロンですが、昨年初めて参加した東京湾アクアスロンで、その面白さを知りました。
小学生の頃にずっと水泳を習っていた私は、一応の甲斐があって、一通りは泳げるようになりました。
とはいえ中学と高校でバドミントン、大学ではラグビー、社会人になってからはフットサルとランニングに登山というように、水泳で他人と競うことがない人生を歩んできました。
よくよく思い出せば、水泳を習っている頃ですら、大会はおろか記録会にすら参加したことがありませんでした。
小学生の私は既に一人前のめんどくさがりで、レッスンの日以外にプールに行くのが面倒だったのです。
そんなものなので、昨年の東京湾アクアスロンが私にとって初の水泳の競技経験となりましたが、会場の稲毛の浜は私の故郷ということもあり、かなりお気楽に出場しました。
最初に海を500mを泳ぎますが、水泳は男子の出場44選手中36位でした。
ラン5kmでは順位を上げて男子全体の15位でフィニッシュしたものの、途中でコースミスしてしまったため、本当は失格です。
故郷の海でしょっぱいデビューとなりましたが、楽しかったことは楽しかったので、今年は出場数を増やしました。

今年初出場の千葉市海浜アクアスロンは、稲毛の浜に隣接する稲毛海浜公園にある市民プールが会場になります。
水泳はオープンウォーターではなく「流れるプール」を2周するコースですが、このプールも昔よく遊んでいた場所です。
稲毛の浜や稲毛海浜公園に付く「稲毛」というのは埋め立て前の歴史的な地名で、現在は浜もプールも「高浜」という町にあり、この高浜で私は生まれ育ちました。
なので、今年出場するアクアスロンの2戦を、勝手に高浜アクアスロンシリーズと命名して、故郷を堪能したいと思います。

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新装備のトライスーツ。
高浜アクアスロンシリーズでデビューです。
私の両親は現在住んでいないため、私が故郷を訪れる機会は、この高浜アクアスロンシリーズ以外にはほとんどありません。
ノスタルジーは最強の感情だと常々私は思っていますが、この機会に満たしておきたいと思います。

余韻ー美ヶ原トレイルラン2017余録3

私は美ヶ原トレイルランでは後泊するのを恒例にしていますが、落とし物を探すために今回初めてレース翌朝の会場を歩くことになりました。

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私はこうした祭りのあとの風景に漂う寂しさに、なぜだか心ひかれます。
ただ、終わった寂しさの向こうに、何かがまた始まる楽しさの芽があるようにも思っています。
始まったら終わりますが、終わったら始まります。

昨年の美ヶ原の次のレースは、UTMF2016でした。
初の100マイルレース挑戦だったため、美ヶ原のすぐ翌週からトレーニング山行を始めました。
7,8月の毎週末、9月になってもレースの2週前までは毎週、どこかの山で走り込むといった夏を過ごしていました。
終わったと思う間もなく、始まっていたのです。
今年は、まだ次が始まっていないところが、昨年と大きく違うところです。
足と脚の故障を抱えてしまったので、負荷がかかるようなことはせずに、余韻に浸りながら夏を過ごす計画を立てたいと思います。
とか言いながら先の海の日がらみの日月、八ヶ岳天狗岳に歩きで山行してきました。
下山してから故障の痛みを噛み締めているところなのですが、それはまた別の機会に。

余韻に浸ると言えば、南の耳のことが気になります。
今年のレースでは行くことがありませんでしたが、いつかの週末や三連休などで行ってみてもいいのかもしれません。
3回出場した美ヶ原トレイルランの記憶に、あのピーク周辺の景色が、なぜだか強く残っているのです。
南の耳は正確には「美ヶ原」にはなく、霧ヶ峰とか車山高原の奥に続く草原地帯にあります。
しかし、草原地帯の柔らかで穏やかな緑と、足下の硬くゴツゴツとした岩の感触が、私にとっての美ヶ原トレイルランの象徴となっています。
たぶん、象徴であるこの場所に来なければ終わらない、そうどこかで思っているのかも知れません。

もう終わっちゃうね。
美ヶ原トレイルラン2016の終盤、南の耳で言葉を交わした方がそう言っていました。
もしかしたら、私にとっての美ヶ原トレイルランの終わりは、フィニッシュゲートではなく、南の耳から見える景色なのかもしれません。
だから、今年の美ヶ原トレイルランはまだ終わってないとも言えます。
でもまた始まるね。
昨年のフィニッシュ後、私はそう思いました。
今年はどうだったかな。
終わらなければ始まらないけど、終わらないものは終わらないのです。
そして、終わらないなら終わらないまま、それはそれでよいのです。
余韻にひたりながら、足と脚の回復に努める夏にしたいなと思います。

ハローグッバイー美ヶ原トレイルラン2017余録2

美ヶ原トレイルラン2017の装備雑感です。

今回が初レースとなったものと、引退レースとなったもの達です。

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上が初使用のHALOの汗止めバンド、下は最後となったサロモンの手袋です。

HALOは「ハロー」ではなく「ヘイロ」と呼ぶそうですが、汗止めバンドとしてはド定番だと思います。

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バンドと黄色のシリコンで、汗が目に入らないように完全にブロックします。

今回は汗もさることながら、雨対策としても使用しました。

上にキャップをかぶってのダブルブロックですので、結果は上々、なんの液体も目には流れ込んできませんでした。

このヘイロはもともと、キャップの異臭軽減目的で友人Dさんの友人から譲り受けたものです。

キャップが吸収する汗の量を減らせれば、異臭も和らぐのではないか、という仮説の検証を目的として拝領しました。

レース翌日の洗濯の際、キャップの異臭がいつもの1割くらいしかなく、所期の目論見も当たったように思えます。

しかし、今回は汗よりも雨にさらされた時間が長いので、検証の条件としては不十分です。

別の機会に再検証してみます。


引退はサロモンの手袋。

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6月の菅平でこけて、両手ともに穴だらけになりました。

2015年の夏から使い出していますが、手のひらの滑り止めもほとんど失われています。

今回がレースで使うのは最後と決めていて、会場の佐藤スポーツで後任も購入していました。

このレースが終われば、予備としておとなしく余生を送らせようと思っていましたが、なんとフィニッシュ会場で右手を失くしまいました。

ここで順序が大切なのですが、最後と決めたレースで紛失したのであって、紛失したから最後のレースになったのではありません。

翌朝、僕の右手を知りませんか、とばかりに、宿やフィニッシュ会場をくまなく探して歩きましたが、僕の右手は見当たりませんでした。

かわりに他の人の右手や左手、右足や左足はあちこちに落ちていました。

レース翌朝は晴れていたのですが、青空と山の緑と泥々の手袋や靴下の配置が、妙にシュールでした。

皆よく忘れるなあ、と思いましたが、それを言えば私もです。

しかも、引退するサロモンの手袋の先代はやはりサロモンでしたが、2015年の美ヶ原でフィニッシュ後にペンション付近で紛失していたことを、今になって思い出しました。

なんとまあ、同じ場所で同じことをやらかしていました。

犯人は現場に戻るとはよくいったものですが、再犯かよ…。

残った左手の使い途は、少しだけ考えてみます。

ないだろうな…。

やっぱボナッティ、ミュータントー美ヶ原トレイルラン2017余録1

美ヶ原トレイルラン2017の装備です。

頭:HALO汗止めバンド
帽子:イノベイト
首:手拭い
シャツ:カステッリサイクルジャージ半袖
アンダーシャツ:マーモットPPノースリーブ
アームカバー:ファイントラックアクティブスキン
手袋:サロモン
ズボン:ノースフェイス腹巻きパンツ
タイツ:C3fit
カーフスリーブ:CEPグリーン
靴下:C3fitペーパーソックス
靴:スポルティバミュータント
リュック:オスプレイデューロ6
雨具ジャケット:サロモンボナッティ
雨具ズボン:ノースフェイスストライク
水分:オスプレイハイドレーション1L(水)、サロモンソフトフラスク500mL(スポーツドリンク)、オスプレイソフトフラスク500mL(予備の水)

今回は雨予報だったため、雨具のジャケットはサロモンのボナッティをレース装備にしました。
レース中のトータル、最低でも9時間は着ていたと思います。
断続的に雨が降り続き、簡単に脱げないような状況となっていたのです。
ボナッティはなんと言ってもストレッチがすごいのです。
私は身長177cmでMサイズを着ていて、大きめということもなくほぼジャストフィットなのですが、装備パンパンのリュックを背負った上からでも着れてしまうのです。
しかも、前のジッパーもちゃんと上まで上げることができます。
これで身体も装備も濡らすことなく走ることができるので、雨とわかっているレースには欠かせません。

また、フロントにはファスナーのほかにスナップボタンがついており、暑いときには前面を開放して、マントのように着用することができます。
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胸の上の方に細い紐が見えるでしょうか。
そこにスナップボタンが仕込まれています。
袖もひじまでまくり上げるのが簡単な設計になっていて、温度調節に便利です。

ただ、パンパンの装備の上から着る分、シルエットはおかしなことになります。
あとで写真を見ると、胸と背中が不自然に膨れ上がっていて、サイボーグとかモビルスーツのようなメカ的ハリボテ感があるのです。
私のボナッティは緑色なので、ネモとかジェガンみたいになってしまうと言えば、わかる人にはわかるでしょう。
気分は量産型です。

後はミュータント、越後の仇を信濃で討ちました。
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櫛形ウインドトレイルのタイムオーバーの借りを返した形になります。
しかも、こけなかったのは大きいと思います。
櫛形ウインドトレイルでは泥の下り坂で一回こけています。
ダブルでやりました。
昨年もこのミュータントは美ヶ原と土砂降りUTMFをノーこけで完走に導いています。
私にとってミュータントは、走破性が高く、踏破性にずば抜けて優れた靴です。
雨降りと泥沼には、これからもミュータントです。
ただ、昔からなぜか、私の好きなものはなぜか、廃盤になりやすいのです…。
そうならないよう祈っています。