竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

思いと安全ーUTMF2018に向けて3

間がずいぶん、半年近く空きましたが、UTMF2018への思い入れ第3段です。
ちょうど山ネタが枯渇していることもあり、過剰なまでの思い入れに、ある程度の区切りをつけてみたいと思います。

どうしても、UTMF2016の経験の総括が自分自身できていないのですが、まとめられないなりに私見を書き連ねます。
また、この記事を書く上で、2017年3月27日に栃木県の茶臼岳で起きた雪崩事故が大きな動機となっています。
実は、最この記事を書き始めたのは3月の上旬からでしたが、なかなかまとめることが出来ないまま放置していました。
そのうちにあの遭難事故が起き、自分の経験と重なることもあったため、さらにまとめられなくなりました。
そして、もう8月も半ばを過ぎ、まだまだまとまってはいないのですが、それでも過剰な思い入れを放出してしまいたいと思います。

あの雪崩事故の報道に接する度に、自分がUTMFで経験したことに構図が似ているなと思い、何かを書き残さずにはいられなくなりました。
でも、今回は落ちをつけられないテーマで、たぶん投げっぱなしで終わるのだと思います。
また、他者への批判ととられてもおかしくない内容が多々含まれます。
過剰な思い入れは時に、誰かに不快感を抱かせる言葉となって現れるかもしれません。

安全という面で大きな関心があるのは、大会の開催可否の判断基準についてです。
UTMF2016もSTY2016も、スタートしたことの是非の検証が改めて必要なはずです。
UTMFでは、気象警報発令中の地域に向かってスタートし、再度の短縮はありながらも、レースはとりあえず成立しました。
かたや、STYは気象注意報の発令下でスタートして、重大な事故につながりかねないコース状況の悪化で、レース中止に追い込まれました。
UTMFでは、天子山地に向かう途中にある涸れ沢が増水して危険な状況だったことを把握したため、スタート延期かつコース短縮となりました。
その判断ができるのなら、なぜSTYコース上にある涸れ沢が、天子山地同様に危険な状況に陥るという予想ができなかったのでしょうか。

私が一番気になっているのは、前日に大雨警報によってレース短縮を余儀なくされたことが、かえって「大雨注意報ならば大丈夫」というバイアスになっていなかったかという点です。
これは茶臼岳の雪崩遭難事故にも繋がるバイアスで、かの事故も雪崩注意報ならば「経験的に絶対安全」という、論理的に破綻した判断が引き起こした遭難でした。
脱線しますが、経験は過去のものでしかなく、未来予測の際に「絶対」というものを導けるものではないはずです。
それは経験からの類推の営みである科学ですら、絶対を保証しないのと同じことだと思います。
こういう判断の経路は危険であると、自戒をもって肝に銘じたいと思います。

で、STYです。
スタートさせなければ雷で危険だったという判断があったということは、その後の報告や報道で目にしました。
しかし、それが適切だったとはどうしても思えなかったのです。
むしろ、雷が迫るなかスタートするほうが危ない気がしたのです。
雷避けの施設がないことを理由にあげていたと思いますが、富士山こどもの国にはUTMF用のエイドステーションの準備がされていたはずです。
何とか、エイドと他の施設で選手を収容することはできなかったのでしょうか。
そもそも、トレイルランナーは登山者です。
登山者であれば、あの天候で不要不急の山行に出発するのでしょうか。
合理的に判断できる状況ならば、私は行きません。
それはUTMFにも言えるのです。
気象警報が発令されている地域に向かって、私達は突っ込んでいきました。
登山者としてそれは正しかったのでしょうか。
私は、今なら正しくなかったと思うことができます。
結果オーライではありましたが、それではよくないのです。
この問題は難しいのです。
正直、走れてよかったと思ってはいますし、あのフィニッシャーベストは宝物と言っても過言じゃありません。
そして、走らせてくれてありがとうと言っていた方の気持ちにも共感しています。
でも、やはり、それで済ませてはならないのです。
なぜならば、いわゆる「思い」が、私たちの判断を狂わせるからです。

私が一番心配なのは、現在のトレイルランニングレースが、全体的に、関係者の「思い」を重視し過ぎているのではないかということです。
思い無くして、楽しみも達成感も何物も成立しないのは重々承知しています。
そもそも、私は思いが過剰な人間です。
しかし、もしも、UTMFとSTYのスタートが、ランナーの走りたいという思いに応えるという動機があったのなら、それは合理的な判断を阻害する要因であると私は思います。
参加者の思いを主催者が汲んでくれることは、本当にありがたく、嬉しいことだと思います。
スタッフの思いも、参加者よりも強いでしょう。
でも、「走りたい」「走らせてあげたい」という人間の「思い」が、ひとたび荒ぶってしまった自然の前では無力なことを、私を含めたUTMF/STY2016の関係者は身をもって知ったと思います。
状況によっては、「思い」は置いておいて、登山の安全原則に従うべきです。

茶臼岳の雪崩遭難事故について、詳しく知ることができないでいますが、現場の責任者が、もっと「思い」にとらわれずに判断することができていれば、高校生達と若い教員は亡くなることがなかったのかもしれません。
山好きであろう彼らと、どこかの山で巡り会ったかもしれない未来を、私たちは喪ってしまったのです。
そのことがとても、残念でなりません。
心が今でも痛みます。

やめる勇気を。
鏑木さんの「楽しむ勇気を!」のパロディーでしかないかもしれませんが、「思い」に引きずられず、やめる勇気を持つべき時には持つべきと思います。
「思い」は、生きてさえいれば持ち続けることができます。
そして、生きて「思い」を持ち続けるために、やめるときはやめるのです。
全ての登山者が当たり前のように持つ勇気であってほしいと、私は強く思います。
やめる勇気は、登山のカテゴリーにあたるトレイルランニングレースにおいて、私が大切だと思う心持ちの一つなのです。
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UTMF2016の足和田山から見た富士山です。
レース中にこの富士山を見ることができて、とても嬉しかったのは事実です。
でも、レース中止という状況で見られなかったとしても、私はそれを受け止めるトレイルランナーでありたいと思います。
現時点では、UTMF2018へのエントリーを考えてはいませんが、いつかはまた参加したいと思います。
そして、いつかこの地に帰る、そう思えることは、やはり幸いであると思います。
待っててください、富士様。
じゃなくて富士山。

過剰なものを鎮める

このお盆もカレンダー通りに職場に通っているのと、故障のために山行を控えているため、新たな山ネタを仕入れることができませんでした。
コンパス、ドライサック、テントなど、小さなものから大きなものまで買い物はしましたが、まだ思い出はもちろん、あふれるほどの思い入れがあるわけでもなく、いずれ何かしら書くことができればいいと思います。
9月10日の信州戸隠トレイルまでに、1度だけ山に入る機会があるので、それは記録に残したいと思いますが、ちょっと先のお話です。
今は私がブログを始めてから考えていたことをつらつら書いてみたいと思います。

先の記事で、百日紅の過剰なまでの生命力の発露に感服しているという話をしました。
しかし、過剰であること全てを肯定しているわけではありません。
過剰なものを放出することで発露される表現に、私は自ずと心を揺さぶられてしまう、というのが近いと思います。

過剰ということであれば、ブログに書かれる言葉もまた、過剰なものといって過言ではないように思います。
特に私は、自分の意識に上った言葉を全て記録したいという無茶な願望を持っている節があり、どうしても言葉が過剰になります。
ただし、そうした過剰な言葉たちによって得られるものがあると思います。
私がトレイルランニングを始めてから6年が経とうとしていますが、その間、山の知識やレースのレポートなどが書かれているブログに、どれだけお世話になってきたことでしょうか。
恐らくはブログなど書かなくても人生には支障がないのに、あえて書いている人たちがいます。
そこに並べられた言葉たちは、筆者の人生の必要最低限ではなく、それを越えて言葉にしたい何かたちの表現であり、私はそれを過剰な言葉たちとして受け止めています。
余剰の言葉といってもいいかもしれません。
そうした過剰や余剰によって私は、足りないものを補い、知らないことを知り、想像すらしたこともないことについて考えることができるようになったと思っています。
実際に山に行くのと同じくらい、他人の言葉を読むことによっても自分のなかに蓄積していくものがあると、しみじみ思っています。
先達たちがその身の内に抱えていられなくなった、過剰だったり余剰だったりする言葉によって、私の世界は拓かれていきました。
このことには大きなありがたさを感じています。
101本の記事をこれまでに書いてきて、私自身の過剰な言葉が、同じように誰かの役に立っていれば、これは大変な幸いだと思っています。

ただ、誰かの役に立つことがこのブログの至上命題かと言われればそれはノーで、あくまでも自分のために、過剰な言葉たちを鎮めているのです。
私は昔から自意識過剰でしたが、それを特に何かで表現するような人間ではありませんでした。
ただ、そのことで色々と溜め込んでしまって、それが問題となっていることもあります。
今の私は、この場を利用して過剰な自意識を放出することで、自意識のバランスを整えているのだと思います。
私の身の内に溢れる過剰なものを、言葉に乗せて解き放てば、私自身がそれに押し潰されないですみます。
このブログは、私にとってはそうした意味合いのものです。
当初は薄れてゆく記憶を補い、かつ、今までにお世話になった先達と同じように、情報源として役に立つようなブログになればいいなと思っていました。
101本の記事を書いてきて思うのは、当初の目論見よりも、私は私の過剰なものを放出することを一番の目的としているのだ、ということです。
これからも恐らく、私は過剰な自意識を放出し続けるのだと思います。
私に限らず、過剰なものが放出されて、その過剰が誰かに何かをもたらす世界を、私は豊かな世界だと思います
世界は過剰で、豊かであって欲しいと思います。
そして私は、世界がそのようであることを支える人間でありたいと思います。
とはいえ、この御大には、過剰なマグマを放出しないで欲しいものですが…。
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百日紅

ひとつ前に投稿した記事が、私がこのブログを書き始めてからちょうど100本目にあたる記事となりました。
節目の数字ではあるのですが、節目とは切れ目になりやすいものでもあるような気がしていて、なるべく早くこの数字から脱したいと思っていました。
しかし、新鮮な山ネタがちょうどなかったこともあり、なかなか101本目が書き出せませんでした。
どうしたもんだろと思っていたら、好きな花のことを思い出しました。
山ネタではない上に、文章は長く、内容は私の自意識が過剰で、情報としての価値はほとんどないと思いますが、とにかく、節目から一歩踏み出したいと思います。

この季節になると私は、朝、駅に向かう道のりが少しだけ楽しくなります。
百日紅サルスベリ)の花が咲いているからです。
駅のロータリーから延びた道が百日紅の並木になっていて、家から駅までの間ほぼずっと花を眺めながら歩くことができます。
今年は早い木は6月末ごろからポツポツ咲き始めていて、今はどの木も花盛りを迎えています。
百日紅の何が好きかと問われると、答えられる範囲で言えばその生命力でしょうか。
梅雨の真っ盛りから悠々と一夏を越え秋が本番を迎える少し前まで咲き続ける、あの蕩尽とも言えるような生命力の発露に心惹かれます。
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そして、人間もまた生命力に溢れる夏という時期を、百日紅の花とともに過ごすことになります。
私は、百日紅の花に私自身の夏を投影しているのでしょう。

私が百日紅を好きになったのは、15,6年前に知人宅の庭にあった百日紅の木に出会ってからのことだと思います。
その知人の家は私が育った東京湾の埋め立て地にありますが、百日紅の木は庭の角で濃いピンクの花を咲き誇らせていました。
8月の青い空とピンク色の花が、過剰なまでに自己主張していたあの色彩を、私は忘れることができないのです。
だからでしょうか、百日紅といっても、白や淡いピンクの花をつける木にはさほど関心はありません。
どうやら私は、あの花のどぎついまで濃いピンク色に強烈な生命力を感じたようなのです。
濃ピンクの百日紅の花が、紺に近いまでに深い青空の下に咲き誇っている姿は、私の思い描く百日紅イデアのようなものであって、夏のイデアのようなものなのです。
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現実の色はもちろんイデアのそれよりも数段弱いのですが、私の夏にはこの色彩が必要なのです。
色彩もそうですが、花の咲き方にもまた生命力の強さを感じます。
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小さな原色の花が次から次へと湧いてくるように咲き続け、丸々とした緑の実を次から次へと結び続ける、過剰なまでの生命力に感心しています。
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たぶん私は、夏の百日紅が見せる、溢れかえるような生命力の表現の過剰さに、畏敬の念を深く覚えているのだと思います。

そして、私自身はそうした表現が過剰な人間ではないため、余計に憧れるのだと思います。
過剰な表現には、好き嫌いがあって、もちろん良し悪しがあります。
ただ、良し悪しの判断を保留してみると、同じような考えや思いを持っていても、何らかの事情で表現ができない誰かにとっては、その過剰さが救いになることもあります。
私は、抽象的にしか言えないのが残念ですが、私の友人が見せる過剰なまでの生命力の表現に救われたことが多々あります。
そうした救いがあったから、私の今があるのだと思います。
それは百日紅の過剰な生命力に似ています。
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昨年、UTMF2016に向けたトレーニング山行を繰り返した武蔵五日市の百日紅です。
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同じ東京なのに、私の住む街の百日紅よりも色彩が強いような気がしていますが、でも、それを競うのは野暮なのかもしれません。
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2015年の夏に訪れたアメリカはワシントンDCの百日紅もまた、濃く、
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過剰なまでに咲き誇っていました。
所変われど、生命力は同じものなのです。
それぞれのもて余した生命力を、過剰なまでに発露する夏。
百日紅にはいつも、夏の生き方を教えてもらっているような気がします。

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お預けー先生と山2017夏6

7月16,17日の北八ヶ岳天狗岳山行の計画や装備などの余録です。

本来ならば今回は、権現岳から赤岳を縦走するプランの山行であるはずでした。
初日に三ツ頭から入山して権現岳に登り、キレット小屋に宿泊、翌日は赤岳に登り、真教寺尾根を下山する予定でした。
岩場の難所を通過するコースを経験することが主目的でしたが、二人とも直前にケガをしたため計画が変更になりました。
今回、比較的緩やかな天狗岳でも痛みに苦しんだので、本来のプラン通りに行かなくてよかったと、心の底から思っています。
とはいえ、準備はしていたので、足が治ればいつかは、当初のコースにチャレンジしたいと思います。

準備していた中で、最も準備播但線もとい万端だったのがヘルメットでした。
初めて使うものなので、買うかどうかも含めて何日も迷ったのですが、先生から買った旨の連絡があり、私も買う覚悟を決めました。
しかし、候補を絞った段階でさらに2日ほど悩みました。
優柔不断な私が結局選んだのは、マムートのウォールライダーです。
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何と迷ったのかと言えば、ペツルのシロッコです。
それも今年の最新版ではなく、TJAR2016の選手たちがかぶっていた、オレンジ色のむき出しの樹脂が印象に残る、あの旧型シロッコです。
TJARへの憧れがあるトレイルランナーとして、私は当然のようにシロッコに惹かれまくっていて、買う決心もほぼついていたのですが、最終的に着用感の微妙な差でウォールライダーを選ぶことになりました。
シロッコでTJAR気分を味わえるかと思っていましたが、こればかりは仕方がありません。
ウォールライダーはウォールライダーで、頭頂部および前額部の青いプラスチックシェルと、側頭部から後頭部を覆う黒いむき出しの樹脂によるハイブリッド型を採用しています。
ちなみに、ペツルの新型もハイブリッドになっているようです。
ハイブリッドとは、ともすれば中途半端とも言われがちですが、私はハイブリッドをはじめコンバインドだとかコンビーフだとか、そういった中途半端な匂いのするものが大好きな人間であるため、むしろドンとこいなのでした。
ハイブリッドなものには、端的に言えば、人の工夫があるように思うのです。
ソリッドなものには工夫がないぞという意味ではないのですが、私はたぶん、2つ以上の発想を1つのものの中に同時に存在させることに面白さを感じているのです。
そんな経緯でうちにやって来たウォールライダーでしたが、今年の夏はデビューを逃しました。
懸案の先生は、同じくマムートのロックライダーを買っていました。
いつになるかはわかりませんが、願わくば、お預けになったプランを実現するときに、これまたお預けになったデビューが果たせればよいと思います。
ダブルマムートのダブルデビュー、あると思います


装備など余録
ウェア関連
帽子:ホグロフス
首:手拭い
シャツ:ホグロフス長袖
アンダーシャツ:ゼロフィットPPノースリーブ
アンダーパンツ:ファイントラックスキンメッシュ
ズボン:マウンテンエキップメントコンバーチブル
靴下:スマートウール
カーフスリーブ:C3fit
靴:スポルティバ登山靴(モデル名不明)
雨具:上下ノースフェイス(モデル名不明)
リュック:テラノバ35L
サコッシュバッグ:ホグロフス
ストック:ヘリテイジのトレランポール
その他登山用品:
ガスストーブ、コッヘル、ウールシャツ、ダウンジャケット、ウインドパンツ、タイツ、ストックシェルター、エスケープビヴィ、ライト、ファーストエイドキット、水筒類;プラティパス×3&ウルトラスパイア、予備の手拭い、お風呂用のタオル

花は高く低いー先生と山2017夏5

7月17日の天狗岳山行記、第5段です。

中山峠からどれだけ時間をかけたか忘れましたが、シラビソの森を下り続けてついに、にゅうにたどり着きました。
9:50頃でした。
「にゅう」は山頂というかなんというか、中山峠から小海町方面に下りる稜線上にある岩峰です。
稜線からはけっこう突き出ているので、山頂と言っても良さそうですが、その辺、国土地理院的な解釈が気になります。
にゅうから北を見ると、白駒池の向こうに緑の海が北横岳に続いています。
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縞枯山、茶臼岳、北横岳には冬に訪れたことはありますが、緑の季節もなかなかよさそうです。
にゅうから来し方を振り返ると、硫黄と天狗が。
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このときは雲が高く上がっていて、西天狗もバッチリ見えていました。
しかし、硫黄岳方面に下から這い上がってくる雲があり、やがて硫黄岳を覆い隠すようになります。
硫黄と天狗の揃い踏みも長くは続きませんでした。
景色は一瞬で変わります。
この岩峰は居心地がよく、ボケッと景色を眺めていました。
私は30年近く前、両親と一緒にこのにゅうに登ったことがあるはずですが、景色を見ても記憶がよみがえってきませんでした。
記憶違いか、記憶喪失か…。
いつか両親に確かめてみたいと思います。

にゅうからはシラビソの深い森を下っていきます。
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傾斜はけっこう急でした。
この北八ヶ岳は苔の王国と呼ばれていますが、王様たちがまさしく群雄割拠しています。
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コマクサ女王陛下は強風の稜線に根を張り、苔の王様たちは暗く湿った森で繁茂します。
至るところ苔むした山道を、ひたひたと下ります。
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下山道に選んだシャクナゲ尾根には、途中の四ツ辻から入ります。
道標がしっかりしているので、間違った道に踏み込むことはないと思います。
しかし、このシャクナゲ尾根、可憐で優雅な名前が付いていますが、ある意味難所といってもおかしくないくらい、テクニカルな道でした。
上部は尾根に乗るまでのトラバースがメインで、傾斜が急で道が狭く、おまけに倒木が多いのです。
写真を撮っていないのですが、倒木を越えるとまた倒木が現れるような倒木銀座でした。
トラバースが終わり尾根に乗るところに涸れ沢があるのですが、ここにかかる橋がまた、元倒木と最近の倒木が合わさって橋になっているのです。
シャクナゲにはこの時点でまだ出会っていませんでした。
シャクナゲ尾根じゃなくて倒木尾根ですね、なんてブーブー言いながら沢を渡りきると、そこにシャクナゲの木が生えていました。
分岐の四ツ辻から1時間は下っていたと思いますが、ようやくここから本格的にシャクナゲの森に入るようです。
少し気分が落ち着いたところで、早めの昼食をとりました。

昼食は根石岳山荘で準備してもらったお弁当です。
山小屋のお弁当にしては品数も多くしっかりしていました。
根石岳山荘は麓で自家栽培した野菜を使うなど、食事にこだわりがあるようで、実際、夕飯も品数豊富で美味しかったです。
お風呂もそうですが、トイレも一部ウォシュレットがあり、非常にきれいでした。
快適な山行を求める方にはお勧めです。

さて、本日のお楽しみであったはずのシャクナゲ尾根のシャクナゲですが、季節が過ぎていたのか、咲き誇るという感じではなく、所々咲いているような状態でした。
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花はきれいでしたが、高山帯の木よりも背が高く育っているため、花の位置が高いのです。
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そのため、アップで撮るのに一苦労です。
ここでは頭上の花を仰ぎ見て楽しむのが流儀のようです。
高山帯であれば目線より低い位置に咲く花も、下界に近くなれば高い所に咲いています。
高い所では低くて低い所では高いものなあに、まるで謎々のようです。
答えはたくさんありそうですが。

この道標に出ると、シャクナゲ尾根の終点は近いです。
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ここから未舗装林道を少しだけ歩き、再び山道を下りるとすぐに、みどり池入口登山口(唐沢橋)の駐車場に到着します。
その林道にまた倒木が二本もあり、流石の先生もあきれていました。
やっぱ倒木尾根かな。
とか言いながら、13:00ごろ、山行を終えました。
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木漏れ日が緩やかです。

私のアキレス腱は下りでも痛み出していましたが、無事に帰って来れただけよしとしましょう。
先生も足首と膝に痛みはあるものの、増悪しているわけではなさそうです。
二人とも早く治して、次の目標に向かえればよいと思います。

雲の下へー先生と山2017夏4

7月17日の北八ヶ岳天狗岳山行記第4段です。
東天狗で大休止をする予定でしたが、雲がまったく晴れる気配がなく、気温も低いままでした。
同行した先生は雲が晴れるのを待ちたいようでしたが、西から雲が吹き付けてくる状況は変わりません。
本来ならば西天狗がある辺りも完全に雲に覆われて、シルエットすら見えません。
数百メートルしか離れていないのに。
さらにこの日の我々は、足に故障を抱えた身でもあります。
そのときは口に出しませんでしたが、ここまでの登りで1時間も歩いていないにもかかわらず、左足のアキレス腱が結構なレベルで痛んでいました。
天気予報も下り坂で、下山前に雨に捕まると行動速度を速めることができないため、厄介なことになります。
そんなこんなで、天狗岳を早々に後にし、中山峠まで下ることにしました。

東天狗から中山峠までは岩の稜線をたどる道で、所々両手両足を使うような場所もあり、なかなか楽しい下りです。
昨年は東天狗から黒百合平に下りたのですが、今年は中山峠に下るため、佐久側の絶壁に臨む方の道を行きました。
今回の山行ではストックを使っていたのですが、この区間は使わずに下りました。
ストックを使うのは苦手な私ですが、自分の手で地面を感じながら進むのは楽しいものです。
不必要なまでに岩を手でつかみながら、ヒョコヒョコと下っていきます。
このエリアでは昨年ホシガラスを見かけましたが、今年は見当たりませんでした。

黒百合平への分岐を過ぎて、天狗の奥庭を左手に、佐久側の絶壁を右手に見る辺りに差し掛かると、雲が晴れてきました。
正確には雲の下に入ったようで、行く手を見通せるようになりました。
ここで先ほどできなかった大休止をします。
天狗の奥庭や稲子岳を眺めながら、足を休めます。
下りでは左アキレス腱は痛まないのですが、打撲傷のある右膝が少々うずきます。
休んでも回復はしないのですが、しばし痛みから離れることは重要です。

再び歩き始めるとすぐに岩場が終わり、天狗の奥庭を囲む樹林に沿って進むと、中山峠にたどり着きます。
ここで先生と小会議です。
エスケープしてみどり池から下山するか、それとも予定通り、にゅうを経由してシャクナゲ尾根を下りるか。
先生の膝の痛みはおさまったようで、私の膝も悪くはない状態です。
アキレス腱の痛みは、下る分には大きな問題にはなっていなかったので、予定通りに行動することにしました。
にゅうまでは樹林帯の下りです。
再びストックをセットして歩き出します。

中山峠までの稜線下りは曇りで遠望が効かなかったので、近場の植物ばかり見ていました。
気になったのが、ハイマツの花?
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上品な赤紫色が気に入りました。
にゅうまでの樹林帯もまた、別の意味で視界が効かず、シラビソの若葉ばかり見ていました。
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まるで広げた扇のようです。
シラビソといいハイマツといい、針葉樹は大体地味ですが、花や新緑といった生命力が発揮される局面では、やはり強い存在感を覚えます。
普段地味なだけに、その生命力の表現も地味と言えば地味ですが、地味に鮮やかな色彩を放ちます。
地味、地味、言い過ぎですが、もちろん誉めてます。
地面に根差して生きているものが地味であることは、ある意味当たり前のことでもありますし。

中山峠からにゅうに向かう樹林帯は単調ではありますが、何かのサービスであるかのように、途中何ヵ所かに展望台が作られています。
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硫黄岳爆裂火口と天狗岳を望めますが、まだ西天狗が雲の中に取り残されています。
とはいえ、だいぶ雲の位置が高くなった印象を受けます。
私たちと山との間を遮る雲はありません。
完全に雲の下へ出て、山を仰ぎ見ています。
あとは西天狗が雲の下へ入るだけです。
少し期待しながら、にゅうのピークへと急ぎます。

雲の頂ー先生と山2017夏3

女王陛下の庇護は思いの外手厚く、そのためか、標高のわりに暑くて寝苦しい夜が明けました。
サッシがしっかりしていて気密性が高かったようです。
夏は少し暑くても、冬は安心ですね。
7月17日朝の根石岳山荘は、相変わらず雲の中でした。
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出発を6:30まで遅らせて様子を見ましたが、雲が晴れる保証は全くなかったため、渋々出発します。
朝のコマクサは全身に露をまとっていました。
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この場所で生きる強い女王陛下たちとは、ここでお別れです。

根石岳には7,8分で登頂しました。
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樹林はなく視界は開けていたのですが、もちろん雲の中でなにも見えません。
根石岳から天狗岳方面は…。
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真っ白というか、雲の中。
20〜30メートルの視界でしたでしょうか。
とにかく道をたどって進むしかありません。

根石岳から下ってすぐ、稜線のハイマツに混じってシャクナゲが咲いている場所にさしかかりました。
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前日の夏沢峠から箕冠山に向かう道にも咲いていましたが、ちょうど花の季節のようです。
ここのシャクナゲは吹きさらしのハイマツ帯で樹高が伸びない分、観察しやすい高さに花がついています。
花を近くでよく見たい方にはお勧めです。

天狗岳直前の岩場には7:10頃に到着しました。
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既に多くの登山者が前にいて、山頂の賑わいも想像はできたのですが、なにぶん、目で確認することができません。
さっきよりも雲が厚くなっているような気もしました。
まるで、天狗岳が雲を突き刺しているようにも感じます。
雲を突き刺している岩場を乗り越えると、天狗岳(東天狗)の頂上です。
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登頂は7:15分頃でした。
視界は、真っ白。
風景の写真を撮っても白い紙のようにしかならないので、撮る気にもなりませんでした。
仕方ないので、雲の中でぼんやりと休憩です。
先はまだ長い。