竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

今年もこけ初めー高尾山天狗トレイル2018速報

昨日1月14日の高尾山天狗トレイル2018に参加して、それなりに無事に完走しました。
2時間37分台のフィニッシュで、今回のコースになってから、過去ワースト2のタイムでした。
途中、景信山からの下りを半ば過ぎたところで転倒して両脚を強打し、小仏峠の登り返しまでは痛みでろくに走れませんでした。
でも、1日明けていつも通りの筋肉痛があるだけなので、大事には至らなかったようです。

ウルフルズに「暴れだす」という歌があります。
私の大好きな歌という次元を通り越して、魂の歌だと思っている歌なのですが、その歌詞に「大人になって やることやって ケガの数だけ小さくなって」という1節があります。
昨年このレースで転倒して半年近く影響が残る大ケガをした私ですが、今年も転倒したにもかかわらず、昨年ほどは大きな影響を残さずに済みそうです。
それは、昨年の轍を踏まないという意志を持って今年に臨んだからだと思います。
その分慎重に進んでいたため、自分の限界に挑むことはできませんでした。
ケガを避けるために、小さくなった走りで進まざるを得なかったのです。
それでもまたケガをしましたが、走りが小さくなった分、ケガも小さくなりました。
成長とは言えませんが、小さくなることすなわち悪いこと、ではないのだ、という収穫がありました。
来年もこりずに出たいと思いますが、こけるのは打ち止めにしたいものです。
そんな風に考えていれば、もっと小さいケガで済むかな。

最後が山だーcoast to coast 2017レポート4

もう2018年になって久しいのですが、~coast to coast ~房総半島横断2017のレースレポート第4段です。
レースから大分時間が経ったため、記憶が弱まりつつあります。
しかし、そろそろフィニッシュしないと、初詣山行や新春雪山山行、さらには高尾山天狗トレイル2018など、ネタが渋滞しているため、余計に首がしまることになります。
いい加減にフィニッシュを目指します。

記事はいい加減に目指しますが、レース本番の私はA4を13:00くらいに出発しました。
出発からしばらくは林道だったと思いますが、いつの間にか広い山道に入っていました。
最初に登り続けた後にゆるいアップダウンを繰り返し、その後にまとまった距離を下るようなコースレイアウトでした。
その下りの途中から山道に変わったような記憶があります。
林の中の広い土の道を下りきって、ちょっとした川を越えて少し登り返した先に、現場が広がっていました。
coast to coast名物、鋸山採石場跡の特撮現場です。
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今にもショッカー的な皆さんや、色とりどりの全身タイツ、バッタ風バイク乗りなどが現れそうです。
非常に限定された意味ではありますが、これも日本人の原風景なのかもしれません。
ただ、少し角度を変えると、これがグランドキャニオンに見えなくもないかもしれない…。
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房総のグランドキャニオン。
蔵王みたいにお釜もあります。
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房総のお釜。
ちょっと無理がありますが、人造の風景とはいえ、表情の豊かさを感じました。

お釜の近くにあるA5は約59km地点で、14:25頃の到着でした。
残りは8km程です。
日没は16:30過ぎなので、日没前のフィニッシュという目標は達成できそうです。
また、10時間切りのフィニッシュも見えてきてしまいました。
今年最後のレースくらい欲張ってもいいのかなと思い、目標を10時間切りに再設定します。
ケガと故障で全然走れなかった、というより、走らなかった2017年でした。
最後くらいガチで走らなければバチが当たります。

A5を出て少し林道を登ってから、鋸山の尾根道に入ります。
鋸山には何回か友人Aさんと走りに来たことがあるので、何となく勝手はわかっていたはずなのですが、レースで急いでいるとなると感触が変わってきます。
この辺りはハセツネの前半のようなアップダウンが繰り返されます。
60km過ぎてからのアップダウンは、さすがに脚にこたえました。
それまでロードや未舗装林道の走りやすさになれてしまっていましたが、最後になって厳しい山道が待っていました。
でも、目標を設定し直してしまったので、急ぐしかありません。
最後が山です。
振り絞るのみです。

それにしてもこの日は晴れの時間が長く、眺めのよい1日でした。
山頂の手前の展望台から、南西の鋸南町方面を望みます。
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振り向けば、
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房総のお釜。
景色がよいとそれだけで楽しくなるから不思議です。
到着した山頂には、「房州低名山」。
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わざわざ「低」を標榜する必要はあるのでしょうか?
謙虚に過ぎます。
でも低くても山は山なのです。
目を上げると青い東京湾が。
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私はこの東京湾北部の工業地帯の埋め立て地で、味噌汁のような褐色の海を見て育ちました。
この青い海も同じ海なのだから不思議です。
もしも私がこの青い東京湾で育ったならば、今どんな人生を送っているのかな、ふとそんなことを今にして思います。

鋸山は江戸時代頃から採石業が盛んで、昭和の頃までは操業していたそうです。
さっきの特撮現場もお釜も採石場の跡です。
山頂から下りる途中にも、石切場の跡を通り抜けます。
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この写真は2016年の夏に撮ったもので、今回は撮っていません。
ただ、よく「ラピュタ」のようだと言われているこの一画を、このレースでも通ります。
よく見ると石に彫りかけの標語が残っていて、それが失われた産業の爪痕のように思われます。
ラピュタを過ぎるとずっと下りです。
岩の上に落ち葉が積もった山道がしばらく続きます。
落ち葉は乾いていても滑りやすく、心身ともに消耗しました。
そして、その先には階段地獄が待っています。
しかも段の幅が狭く、足の大きい私には足の置き場がなく、リズムが全くつかめませんでした。
それでも、10時間を切るには急がなくてはならないので、私にしては珍しく力を振り絞りました。
ようやく終わりが見えてきた観月台で一息入れて、フィニッシュの金谷港を望みます。
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画面右の海上には、白く東京湾フェリーが浮かんでいます。
前日は強風で欠航しましたが、この日は風は強いものの、運行できたようです。

観月台からは数分もしないうちに下山しました。
もうフィニッシュは近いと思っていた私ですが、コースは町の通を右へ左へと曲がって行きます。
たまらなくなって地図でコースを確認すると、まるで金谷の町を彷徨うようにルートが引かれているのです。
わー、市中引き回しだー!
なんて、心の中で悲鳴を上げました。
私はこういう、狭いエリアをぐるっと回らされるコースが苦手です。
例えば美ヶ原80Kの長門牧場、信州戸隠の戸隠牧場などの引き回しコースは、いつもげんなりしながら走っています。
これらのどれもがフィールズのレースなのは、果たして偶然でしょうか…。
この金谷の町中でも、もちろんげんなりしました。
けれど、もうフィニッシュまでは3kmほどで、しかも10時間を切るには、とにかく進む以外の選択肢はないのです。
とりあえず気力が戻るのを待ちながら、早歩きで町を通り抜けます。

げんなりしながらも町を抜け、バイパスのような大きい道路に出る時に、誘導のスタッフが「あと2.3km!」と声をかけてくれました。
この声でスイッチが入りました。
時計を見ると、10時間を切るにはあと20分しか余裕がありません。
たぶん大丈夫だろうけど、この先また引き回されたら、今度こそ気力がなくなるかもしれない。
ちょうど目の前には、下り基調の長いトンネルが見えています。
あー、走っちゃえ。
心の声はこれくらいのいい加減さでした。
それで走り出したら意外と脚が残っていて、スピードに乗ってしまいました。
また、前の選手に声をかけて抜かせてもらいながら走っているうちに、なんだか引っ込みがつかなくなりました。
せっかく抜かせてもらったんだから頑張らねば、みたいな、よく分からないベクトルの義務感が生まれてしまい、余計にスピードが上がります。
トンネルを抜けて海に向かう道でも、海沿いをフェリー乗り場のフィニッシュに向かう道でも、スピードを緩めずに走ります。
もう10時間を切るのは確実だろうとは思っていましたが、時計は見ませんでした。
このときはスピードを緩める気が全く起こらず、時計を見ることで、そのきっかけを作ってしまうことも嫌だったのだと思います。
もう最後だし、走りたいだけ走りたかったのだとも思います。
結局、ゲートの少し手前からスピードを落として前の選手のフィニッシュを見届け、最後は歩いてフィニッシュしました。
9時間51分台、2017年のレースが終わりました。
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ラストの2.3kmは11分で走りました。
レース最終盤でここまで走れるなんて全く思っていませんでした。
まあ、ペース配分を全く考えなかったという点で、完全に暴走だと思います。
ただ、ケガと故障でろくに走れなかった2017年の最後のレースで、残っていた脚を大放出できたのは純粋に嬉しかったです。

到着の地、金谷の夕景。
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金谷は、鋸山から切り出した石を運び出す港町として栄えた歴史があります。
夕陽には一日の終わりを感じますが、一年のレースが終わった感慨を、この日は強く覚えました。
思う存分に走れるのはいいもんだな、と、改めて思います。
もちろん走る以外のことでも、思う存分に何かをできることは幸せなことだと思います。
2018年はケガも故障もなく、思う存分に何かをできる年になればよいなと願うばかりです。
そのために、まずは、レース初めの高尾山天狗トレイル2018でこけないことを誓わなくてはなりません。
今年はこけませんよ。

今年も最強ー高尾山天狗トレイル2018予報

1月14日開催の高尾山天狗トレイル2018が、私のレース初めとなります。
昨年のレース初めもこの高尾山天狗トレイルでしたが、天気予報がこのままならば、今年も昨年同様、最強寒波の中のレースとなります。

昨年は高尾陣馬主稜線の一部が凍土状態になっていたり、霜柱でザクザクになっていたりしました。
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そして、スタート直後とフィニッシュ直前に通る日影沢林道は、午後になっても結氷していました。
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今年もこうした凍結によるリスクがある可能性は高いと思います。
ただ、昨年私は凍結に関係のない場所でこけて、左膝関節が内出血で腫れる大ケガをしました。
当たり前のことですが、全コースにわたって注意します。
今年もこけ初めにしてしまうのは、是が非でも避けたいと思います。

なお、会場の日影沢キャンプ場は、スタート前は少し日が当たりますが、午後になると文字通りの日影となります。
最強寒波の日影沢、けっこうな地獄でしたよ。
最強の防寒をおすすめします。


*昨年のレポート
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/01/16/234447
*装備等の備忘録
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/01/17/214348

ゆく靴くる靴2017ー2018年新春小ネタ

年も明ければ月も明けたので、通信制限との闘いも一段落しました。
今年も変わらず、私の過剰なものを放出していきたいと思います。
何とぞよろしくお願いいたします。

本来は大晦日にやるのがタイミングとして適切なのには目をつぶってくだされば幸いなのですが、今回の帰省で、実家に置いていた古い靴にお別れしたのと、新たに実家送りとなった靴について、思い入れを少々書き連ねたいと思います。
私は千葉県出身で東京在住ですが、両親が京都市に住んでいます。
京都の実家近くにはトレイルランニングに適した山が多く、帰省の度に山に遊びに出掛けています。
昨日は愛宕山を中心に初詣トレラン山行をしてきましたが、これはもう4,5年続けている恒例行事となっています。
ロードも時間のあるときには走っているため、実家にはどちらのシューズも置きっぱなしにしています。
今回はどちらのシューズも履くのが危険なくらいぼろぼろになってしまったため、両方ともお別れをしました。

まずはロードのランニングシューズ、プーマのフウジンFUUJINです。
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たぶん2012年に購入したと思いますが、私にとってはなかなかよいシューズで、かなり気に入っていました。
足指の辺りのスペースが広く取ってあり、履き心地が快適でした。
スピードに乗りやすい靴でもあり、私の10kmのベストタイムはこの靴で出しました(38分10秒)。
初マラソンもこれで走った、思い出深い靴です。
実家送りにした理由はアウトソールの磨耗が進んでしまったことと、足入れ部分の剥がれです。
実家でも使ってはいましたが、ついに使用に耐えられない状況となり、廃棄することにしました。
このフウジンは私としてはよい靴でしたが、世間の評価を得られなかったようで、おそらく廃盤となっているはずです。

次の廃棄シューズは、私の大好きなスポルティバのミュータントです。
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2015年のFTR100から履いていました。
私は足が大きく、気に入った靴があってもサイズがないということがよくあります。
日本で取り扱っていないサイズがピッタリ、なんてこともよくあるのですが、このミュータントはまさにそうしたサイズの靴でもあります。
このミュータントはWiggleという通販サイトで購入しましたが、UK11(US11.5, EU44.5)というイギリス向けのサイズの靴です。
ミュータントの場合はこのUK11が私にはピッタリで、サイジングという点では一番の靴です。
また、グリップのよさと足の保護性能の高さから、タフなレースには迷わずミュータント、というように、使い倒していました。
丈夫な靴でもあるはずなのですが、履き過ぎが原因のラグの磨耗や爪先の破損がひどくなり、実家送りとなりました。
実家で京都の山を走るにも安定してよい靴ではありましたが、特に爪先の破損が進行してしまったため、廃棄を決定しました。
ミュータントに関しては2代目を同様に履き倒しています。
これまで履いたトレランシューズでは一番好きな靴なので、廃盤にはなってほしくないです。
昨日、初詣でそう祈ってくればよかったかも。
*以下、私のミュータントへの偏愛の記録です。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/02/24/232932
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/15/002753

フウジンとミュータントには、2017年の大晦日の夜、実家マンションのごみ置き場にてお別れをしました。
余生を京都で送り、靴としての生涯を全うしたものだと思いたいです。
お世話になりました。
ありがとうございます。

その後をついで、新たに実家送りとなったのが以下の2点です。
まずはロードのシューズから、ランナーの皆様にはお馴染み、アシックスのターサージール(ワイド)です。
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5とか3とかではなく2ですらない、ターサージール、です。
たぶん2013年の亀岡元旦ロードレースの会場で手に入れたのだと思います。
この亀岡元旦ロードレースというのは、2014年元旦まで京都府亀岡市で開催されていた大会で、湯の花ロードレースという別名もありました。
現在は亀岡ハーフマラソンとして、開催日を12月に移して生まれ変わっています。
私は10kmの部に、2012年から3年連続3回出場しました。
その会場に出店していたランニング用品店がけっこう思いきった安売りをしていて、新作であるにもかかわらず4割引くらいで売っていました。
買わない理由は見当たらず、主にレースシューズとして履き倒していくことになります。
私のフルマラソンのベストタイムは、2015年の館山若潮マラソンの3時間25分10秒ですが、このターサージールワイドで記録しました。
最近はミッドソールが変形してしまったのか、足裏に妙な突き上げを感じるようになりました。
別の安売りの機会に入手したターサージール(レギュラー)と、つい最近手に入れたターサージール5(レギュラー)に後を託すこととして、購入の地である京都で余生を送らせることにしました。

トレイルシューズとしては、同じくアシックスのゲルフジアタック4を実家送りとしました。
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2015年の美ヶ原でデビューしました。
雨でコンディションの悪いなか、1度もこけることなくフィニッシュまで導いてくれたシューズですが、若干サイズが小さかったようで爪が何本か死んでしまいました。
ただ、サイズさえ合えばとてもよいシューズだと思いました。
アウトソールの放射状のパターンは、雪の結晶のような形をして、様式美すら私には感じられました。
以来、30kmくらいまでの短い距離のトレランや、ロードが多く混じるレースによく使うようになりました。
特に2017年は短いレースによく出場していたので、かなり重宝しました。
しかし、アッパーに破れが出たのと、アウトソールの磨耗でグリップが甘くなってきたため、お役御免にしました。
*ゲルフジアタック4についての記事ですが、ミュータントの偏愛記録でもあります。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/01/17/214348
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/04/11/230437

こうした靴だとか装備だとかの「物・モノ」について思いの丈を綴っていると、ある本にあった言葉をいつも思い出します。
精神科医の大平健氏による『豊かさの精神病理』(岩波新書、1990年)では、「モノ語り」という概念で、所有物を通してしか社会関係をつくることができない人びとについて考察していました。
私のモノ語りは私とモノとの関係でしかなく、そこに他人との関係性が入り込む余地のない、閉じられた語りです。
なので、大平氏の「モノ語り」の狙いからは外れているのですが、私のモノ語りにある種の効用を勝手に感じています。
一言で言えば、大切に使ったんだから仕方ないんだよ、と、私自身に物を捨てることを納得させるための物語なのだと思います。
たかが靴を捨てるのに何字書く必要があるんだ?
そう思う方がいると思いますが、私にはかなりの字数が必要なようです。
いっそ御経でも作っちゃおうかな。

さて、新しく京都組となったゲルフジアタック4は2018年元旦、愛宕山の初詣山行で早速再デビューしました。
愛宕山の山頂付近は雪と氷の世界でしたが、大過なく下山できました。
石を踏んだときのグリップが弱い感じは否めませんが、まだ走れそうです。
ターサージールにも、まだまだ走ってもらわなければなりません。
京都組のシューズ達は、代わりのない分、私のやる気次第では酷使されます。
その点はご覚悟の上、今後ともよろしくお願いいたします。

悪くはないー2017年振り返り

本当は年内に書き終えたかったcoast to coast 2017のレポートを中断して、2017年を振り返ります。
やはり月末は通信制限との闘いが厳しく、記事を書く速度が遅くなります。
この記事も写真がアップできない…。

Non c'e` male.
という言葉がイタリア語にあります。
悪くはない。
という意味の言葉で、ノン・チェ・マーレと発音します。
20年前に大学の第2外国語で履修したイタリア語の表現の中で、一番気に入っている表現かもしれません。
よいとは言えないけど、悪くはない。
かなり微妙な気持ちを、日本語以外でも表せることを知ったことが嬉しかったのだと思います。
ノン・チェ・マーレという発音にも、なにか悟った者のような響きを感じました。
これはたぶん、相手の質問に間髪いれずに応える言葉ではなく、一拍おいて発する言葉なのです。
その一拍は、相手の言葉を受け止めて、自分自身に問いかけるための時間です。
だから、悪くはない、とは会話の間に合わない言葉かもしれませんが、適切に選ばれて発せられる言葉であろうと、私は思います。

何が言いたいかというと、今年の私のトレイルランニング中心の山行を振り返ってみると、この言葉につきるということです。
悪くはない。

2017年は、初詣山行で猪と遭遇してパニクりかけた上にロストしかけるところから始まりました。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/01/19/234901
明日2018年の元旦も同じコースを行く予定ですが、猪にはできれば亥年まで大人しくしていてもらいたいものです。
その後、初レースの高尾山天狗トレイルで転倒して左膝を強打、膝関節から血腫を注射器で抜き出さなくてはならない大ケガをしました。
その後、3月の板橋Cityマラソン、4月の奥三河パワートレイル、5月の櫛形ウインドトレイルと、3ヶ月続けてDNF。
復帰できた6月の菅平スカイライントレイルは、前年よりも好タイムでフィニッシュできたものの、再びの転倒で右膝に故障を抱えました。
7月の美ヶ原トレイルランでは、完走できたものの、古傷のアキレス腱炎を再発させてしまいました。
山仲間の先生との山行も、この故障と台風の影響で、目的の権現岳~赤岳縦走が2度も流れました。
アキレス腱炎の影響は長引き、9月の千葉市海浜アクアスロン、信州戸隠トレイルランは抑え目のレースを余儀なくされました。
11月のFTRも、実は少しアキレス腱に不安がありましたが、不幸な事故で中止になってしまいました。
今年は獣のトラブルに始まり、負傷や故障に悩まされながら過ごした1年でした。

それでも、よかったこともそれなりにあったのです。
先日のcoast to coast 2017では、久々に暴走ともいえる快走をすることができ、少し自信を取り戻せました。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/12/17/181101
10月のハセツネのボランティア参加も、少しとはいえ、スタッフの視点でトレランを考えることができたのは今までにない経験でした。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/10/12/210413
そして、意外にも一番よかったことは、22年ぶりにアキレス腱の故障を再発させてしまった時に、過去の自分と向き合えたことでしょうか。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/07/23/001752
上の記事を書いたときは、歳をとって故障とうまく折り合いを付けられるようになっていたことに少し救われた気持ちになっていたのですが、最近は別の側面が気になっています。
それは、私が、当時自分で思っていた以上に苦しんでいたんだなということが、やっと今になってわかったんだなということです。
当時の倍以上の年齢になって、高2の自分がほぼ他人となった今にしてわかった痛みと苦しみでした。
アンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」とも似た状況なのかもしれません。
ただ、私には当時の自分のような誰かにエールを送ることよりも、痛みや苦しみが当事者の行動にどのような影響をあたえているのか、その当事者自体にはわからないのだということ、そのことが心に引っかかっています。
今年、色々な痛みや苦しみを抱えたトレラン関係者は数多くいると思います。
でも、たとえ20年以上かかっても、わかることがあるというのもよくわかりました。
わかれば、いつか何かできるかもしれません。
その希望だけは2018年に持ち越したいと思います。

一言に凝縮されると、悪くはない、ですが、そう言えるまではやはり、私は自分自身の記憶と記録を基に考えなくてはなりませんでした。
悪くはない。
軽い言葉に聞こえなくもないですが、その言葉に至るまでの経緯には、きっと過剰なものがあるはずです。
私は自分の過剰な自意識を鎮めるために記事を書いています。
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/08/17/194217
来年も過剰なものを踏まえた上で、悪くはない、と言えるような1年になることを、この山で祈ってきたいと思います。
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京都市の最高峰、愛宕山の明日は晴れの予報です。
元旦から早起き、正直苦手です。
末筆ですが、皆さんがよい1年を、少なくとも悪くはない1年をお迎えになることを願っています。

止まらない想いーcoast to coast 2017レポート3

~coast to coast~房総半島横断2017のレポート第3段です。
スタートから3時間10分ほどで、約24km地点のA2金山ダムにたどり着きました。
コースの3分の1くらいを通過してきたことになります。

A1をほぼスルーした私ですが、このA2ではしっかりと補給しました。
ただ、依然として食欲が強くなく、固形食は軽めにしか食べられませんでした。
A2には数分歩いてクールダウンしてからエイドインしたのですが、いつもはさあ食うぞ!みたいな気持ちになるのに、今回はなれませんでした。
それでも心身ともに問題はなかったので、長逗留せずに出発しました。
A2直後のトンネルを抜けた先にいた白山羊先生。
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洗剤のCMに出られそうな、輝く白さです。
洗ったばっかりなのかな。
次のA3までの13km、ロードと未舗装林道が交互に現れました。
山道も少しはあったように思いますが、それがA2-3間か、A3-4間か、記憶が曖昧です。
走ってばっかりだったので、場所の印象が強く残りませんでした。

これも場所が定かでないのですが、ロード沿いの私設エイドで地元鴨川産のミカンをいただきました。
とても美味しゅうございました。
館山若潮マラソン2015でも、私設エイドでいただいたミカンがとても美味しかった記憶があります。
千葉のミカンは若干酸味強めでパンチが効いてる印象があり、走りながら食べるのに適している気がします。
美味しいですよ。
それにしても、味の記憶は鮮明なのに、どこで食べたんだ?
ロードや林道ばかりだと場所の印象が残りにくいのかもしれません。
それか、ずっと走っているので、そのことに集中力が割かれているのかもしれません。
写真撮ればよかったかな。

ただ、こういうコースは景色が変わらずにつまらないでしょ、世間にはそう思っている方も多いと思いますが、景色は進めばそれなりに変化していくもので、そのそれなりはそれなりに面白いものです。
このレースのコースも、山間の棚田のような地域、ライフル射撃場の隣、清掃工場の脇、などなど、ロードとはいえ、景色が多様性に富んでいてなかなか飽きることがありません。
私は、走り続けるとか歩き続けるとか、同じ動作を長時間続けると飽きてしまうのですが、この日は飽きた感じにはなりませんでした。
レースでロードを走っているという感覚よりも、社会科見学をしているような感覚でした。
走れるコースなので走り続けてはいるものの、見るものが新鮮で、なかなか飽きませんでした。

このレースのコースは大体、ロードを登り続けると未舗装林道に行き当たるような設計になっています。
この林道もまた表情が豊かでした。
中でも、ちょっと今までにみたことがないなと思ったのが、この写真のエリアです。
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岩盤を切り通したのか、崖を固めて一枚岩に見えるように加工したのか、定かではありません。
どちらにせよ人間のやったことであるのは確かですが、見たことのない景色を見ると、やはり楽しくなってしまいます。
そして、時折視界が開けると南房総の風景が。
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風は強いものの、穏やかに明るい日でした。

走れるところは走り続けて、たまに歩いてを繰り返して、A3には10:50頃に到着、A2からは1時間40分ほどで着いてしまいました。
2時間かかることを想定していたので、少々余裕ができました。
トイレに行ってから、軽くバナナとコーラを摂取します。
エイドのトイレはどこも一基しかなく、それなりに待ちました。
ランネットの大会レポでも指摘されている通り、もう一基だけでもぜひよろしくお願いいたします。
A3は35,6km地点、単純計算で半分以上を通過してきています。
ここまで5時間かかっていませんが、ここからも頑張れば、日の入り前どころか10時間を切ってフィニッシュできそうです。
ネガティブスプリットもぎりぎり必要なく、この調子で行ければなんとかなりそうです。
たまには希望を持ってみようかな。
コーラを飲みながら歩いてエイドアウトします。

次のA4までは14.5kmとのこと、そして到着すれば49.5km地点になるはずです。
いずれにせよ、距離が長いのでタフな区間になるだろうなと思っていました。
しかし、距離は長いものの、やはり走れてしまうコースが続きます。
木漏れ日の林道は気持ちがよかったです。
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この直後に、楓の木と何かの柑橘類の木が並んでいる場所がありました。
楓の終わりかけた紅葉と、柑橘類の緑の葉とが、凄まじいコントラストを描いていました。
赤から黒へ変わる途中の濃い赤と、太陽の光をギラギラと照り返す黒光りした濃い緑。
それが隣り合っていることに、ある種のえげつなさを感じました。
しかし、写真を撮ろうかなと思いつつもなぜか脚は前に進み続けてしまい、結局、カメラで記録することはできませんでした。
こうなると、走れる、とか、走りやすい、というものも味気ないように思いますが、鮮烈に記憶できているということだけでも十分なのかもしれません。
南房総の山は色彩がおかしいです。
コントラストが強烈でした。
その林道を下り切ると、紅葉の隣に水仙が植わっていました。
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水仙と紅葉が共存してしまうところに常春の国千葉県の面目躍如を感じますが、いわゆる南国では珍しくないことなのかもしれません。
ただ、他にもあることだからといって価値がないわけではなく、その場の美しさに感じ入ればそれだけでよいのだと思います。
個々の経験を無理に権威付ける必要はありません。

少し唐突かもしれませんが、私なりのトレイルランニングの定義を書き留めておきたいと思います。
トレイルランニングとは、山を自分の脚だけで移動する行程、と私は定義しています。
その行程は「走る」「歩く」「止まる」の3つの要素で構成されます。
ロードのランニングには「歩く」と「止まる」がなく、いわゆるハイキングには「走る」がない。
3つの要素をを無理なく組み合わせながら進んで行くのがトレイルランニングであり、その組み合わせの創意工夫に楽しみがあると思っています。

しかし、今回のcoast to coastには「走る」しか選択肢がなくなることもあるのだなということを感じました。
正確に言えば、このレースでは「止まる」のと「歩く」のとが、選びにくいコース設計になっていたと思います。
「止まる」は、きつくなった局面で立ち止まってマッサージしたり、リュックをおろして座ったり、飲食したり、もちろんエイドでの休息も含めます。
今回はレース中にエイド以外で止まることはありませんでした。
止まらなければならないようなきつい場所がないため、どうしても止まれないのです。
「歩く」に関しても、ロードの登りや未舗装林道などは、よほどのことがない限り「走らなくてはならない」気持ちになりました。
一つ一つの登りは、傾斜がきつくなくて距離も長くないことは、高低図を見れば予想がついてしまいます。
これくらいならば走り切れるだろ?
ついついそう思ってしまって、歩くことにある種の罪悪感を覚えてしまうのです。
それなので、普段は歩くような登りも、今回はなるべく走るようにしました。
かといって走り続けるのもしんどいので、歩くための基準を設けました。
A3の手前から、登りを長く走っていると、ふくらはぎがつりそうになってくる感覚が出るようになりました。
さすがにつってまでは走りたくはありません。ふくらはぎの張りを感じたら早歩きに切り替えて、解消したらまた走り出す、そのサイクルを繰り返すことにしました。
ヤマケンさんがよく言っていた「身体の声を聞く」っていうのは、たぶんこういうことを言うんでしょうね。
ただ、ちょっとは止まろうよ、という心の声は、このくらいじゃ止まらないよ、という身体の声にかき消され続けました。
この日の身体の声には、若干強迫的ではありましたが、止まらない、長く走る、早く歩く、ことへの執念を感じました。

A3から2時間ほど走って、下り切ったロードから右に折れたところで、右上の林の中からガサガサ音が聞こえてきました。
見上げると鹿でした。
この日は狩の鉄砲の音がたくさん聞こえていたので、この鹿も落ち着くことができなかったのかもしれません。
なんてことを考えていたらA4に到着しました。
12:50頃のことでした。
A3からの14kmを2時間で通過し、A2から数えれば28kmの道のりを3時間30分ほどでまとめることができました。
私にしては上出来です。
止まらない想いの効用はタイムに現れます。
でも、エイドでは止まるもんね。
久々の休息です。

こけ納め2017ーcoast to coast 2017レポート2

coast to coast 房総半島横断2017レースレポートの第2段です。
スタートしてから最初のエイドA1までは、ずっとロードを走ります。

スタート直後にトンネルを抜けると、小湊の隣、天津の海岸にたどり着きます。
ホテルの宿泊客だろうと思われる親子が応援してくれていました。
参加者の家族でしょうか。
スタート前から着ていたウインドジャケットはここで脱ぎました。
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6:16、陽はまだ昇っていません。
ウインドジャケットは、その後フィニッシュまで着ることなく過ごせました。
もしかしたら、最初から必要なかったのかも知れません。
ハンドライトもしまうかどうか迷いましたが、まだ夜が明けていないので、とりあえず持ったまま走りました。
なお、この天津の海岸には公衆トイレがいくつかあるため、スタート前に行けなかった人はここでなんとかなるかもしれません。

ウインドジャケットをしまっている間にほぼ最後尾になってしまったため、先を急ぎました。
海岸を走り抜けて川沿いに内陸へと向かいます。
安房東中学校という宮殿みたいな中学校の先で、外房線の踏切を渡ります。
ここで私は、警報器が鳴っている踏切に侵入して横断してしまいました。
渡り終える頃には遮断機が下り始めたので、横断のタイミングとしては遅かったと思います。
普段の生活では立ち止まる状況なのですが、このときは気が急いていて、ためらいはあったものの、渡ってしまいました。
誤った判断だと今は思います。
次回以降、気をつけたいと思います。

踏切の後は、A1清澄寺に向かってひたすらロードを登ります。
清澄寺は太平洋を見下ろす山の上にあり、日蓮が修行した由緒ある寺でもあります。
海岸からは標高差300mくらい、ひたすら走って登ります。
登りといえどもロードの傾斜なので、ちょっとだけでも頑張れば走れてしまうのです。
coast to coast のコースは、ロードと林道が9割方を占めていると思います。
よく「走れる・走りやすいコース」と表されるレースがありますが、coast to coast についてはもう一歩踏み込んだ表現が必要な気がします。
私にとっては、走らなくてはならない、とか、歩くことが後ろめたい、といった気持ちにさせられるコースでした。
今年はケガが重なって十分に走れなかったため、脚が大幅に売れ残っていたこともありますが、本当に走れてしまいました。

最初の登りロードはほぼすべて走りきり、清澄寺のA1には7:10頃にたどり着きました。
ここまでたしか11,2kmだと思いますが、水分も補給食もとっていませんでした。
エイドでも、私にしては一切飲食せずにパスしました。
なぜか食欲がなかったのですが、恐らく、ずっと走っていたため、モードが切り替わらなかったのだと思います。
私は、いつもは歩きながらエイドインするため、エイド到着時には食事ができるモードになっているのですが、この日はエイドまでの短い下り坂をガッチリ走ってしまったので、心身ともに準備ができていなかったのかもしれません。
ただ、エイドのバナナに手が出なくとも、1時間以上走り続けている身体には補給が必要です。
エイドを出てすぐ林道に入りますが、ハンドライトをしまうタイミングでジェルを飲みました。
ハンドライトはスタートから1度も点灯の必要がありませんでした。

エイドからすぐの未舗装林道を走っている途中に、視界が西側に開けた場所がありました。
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富士山が遠くに見えています。
拡大するとこんな感じ。
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どーん、富士山。
冬の風の強い朝はよく見えます。
同じ千葉県ですが、私の育った東京湾北部から見るより、何倍も大きな富士山です。
この安房の地で育った人達が羨ましくなります。

この林道は途中から元清澄山への登山道に変わります。
山道といっても、傾斜はきつくなく、走れてしまうトレイルでした。
たぶん尾根を走っていたのだと思いますが、細かいアップダウンがあるものの、歩くほどの登りではありません。
スピードの似た数人が連なって、いいペースで走っていました。
こういう集団走の状況になると、私は周りの流れに合わせる他力本願大作戦を決行します。
これはレースの流れをつかむ上ではよいのですが、反面、自分の頭を使わなくなることで注意力が低下してしまうことも、私にはよくあります。
よくよく気をつけなくてはならないのですが…。

それは、狭いながらも柵などがよく整備されている尾根道を、快調に走りながら下っている最中のことでした。
ふと考えごとをしてしまい、暗がりで見えにくくなっていた木の根につまづいて、こけました。
故郷の大地に五体投地、と言えば山岳信仰の一環としてごまかせなくもないのですが、単につまづいて意図せぬヘッドスライディングをしただけです。
このとき私は、道に落ちていた粉飴のジェルについて考えていました。
こけた地点までは15kmくらいしか走ってないと思いますが、それまでに粉飴のジェルが2つも、数kmの間を置いて落ちていたのです。
同じ選手かそれとも違うのか、流行っているからこんなに落ちてるのかな、そういえば友人Aさんは美味しいって言ってたな、ハセツネでもらったやつ今日持ってくればよかったかな…、何て考えてたら、つまづいてこけたのです。
こけた拍子に、リュックの胸に差していたジェル数本を地面にばらまきました。
人の落としたジェルのことより、自分のジェルを落とさないように気をつけるべきなのでしたが、そんなのこけるまで意識もしません。
落ちたジェルは親切な人が集めてくれました。
ありがとうございました。
今年の私は転倒、負傷、故障に苦しみました。
転倒だけでも、1月の高尾山天狗トレイル*でこけ初め、6月の菅平スカイライントレイル**でも大転倒し、いずれもそれなりの負傷に繋がってしまいました。
*天狗
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/01/16/234447
**菅平
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/06/19/235029
そして、このcoast to coastでこけ納めです。
幸い、今回の転倒は負傷に至りませんでした。
もしかしたら、故郷の大地に五体投地させる見えない力が働いていたのかもしれませんが、そんなことばかり書いているとオカルトトレランブログになってしまうので、以後控えます。
でも、ケガがなくて本当によかったと思います。

こけてからしばらくは、その場で休んで心身を整えていました。
走り出すときもまた集団の一員になりはしましたが、足元の一歩一歩のことだけを考えて淡々と進みます。
この元清澄山付近は痩せた尾根が多く、難所といえるような切り立った道もありますが、そうした場所には山岳連盟の方が待機してくれていました。
心強いです。

元清澄山に到着した時刻の記録がないのですが、山頂直下で、集団ロストの選手たちが引き返してくるところに行きあいました。
山頂を過ぎたらすぐに左に折れて、山腹の階段を下らなくてはならないのですが、下りた勢いでまっすぐ尾根に入ることもできてしまうのです。
もちろん尾根には道がついていないのですが、低山特有の疎らな木立によって、道であるように見えてしまうのです。
ここは階段を下りるのが正しいコースです。
この辺りは階段が多く、登山道の3割くらいは階段であると言ってもいいかもしれません。
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私にとっては段差が歩幅に合わない場所が多く、しかも選手が連なっていたため、かなり「走れない」区間となりました。
しかし、この走れなかったことが、後になって効きました。
走れる脚が、図らずも温存されたのです。
とはいえ、階段でなければ走れます。
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落ち葉が、深すぎず、絶妙な薄さで地面を覆っていました。
実に足に優しいトレイルなのですよ。
楽しいなあって、こけたことも忘れて思っていました。

元清澄山から下山した金山ダムにかかる赤い橋は、A2に入るための約束の橋でもあります。
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9:10頃、スタートから3時間10分で、約24,5kmのA2金山ダムに到着しました。
あとから考えれば、このレースで本格的な山道をまとまった距離走るのは、このA1~A2間と、A5前後の鋸山の山域とで、かなり限られた区間でしかありません。
こけはしましたが、短い山道でこけられたことは、逆に言えば、ロードやジャリジャリの林道でこけなかったことは、大きな幸いだったのかもしれません。
やはり私は、故郷の大地に五体投地したのだと思います。
そう思えば、山納めの日にケガをしなかったことに、大きなありがたさを感じることができます。
なんて言ってると、いつの間にかオカルトになってる…。
こけ納めは五体投地