竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主でしたが、2018年4月以降、骨折治療のためトレランは控えています。藤沢周平が好きです。

SSKによりDNSー東京・赤羽ハーフマラソン2019

祖母の三十三回忌(sanjuusankaiki:SSK)により、1月20日開催の第10回東京・赤羽ハーフマラソンDNSしました。
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参加賞TシャツとRSタグが事前に送られてきていました。
タグのデザインは私好みですが、返送しなくては。

今回のような、法事の予定が決まるよりも大会のエントリーの方が早いためのDNSとは、ランナーあるあるといってもよいくらいによくあることだと思います。
ただ、SSKの日時が決定したのは9日前になってからでした。
12月に執り行われる予定のものが、ずるずるとこの日まで延びてしまいました。
さすがに急だよなとは思いつつ、DNS以外に選択肢はありませんでした。
加えて、このSSKを逃せば今後もう祖母の追善供養に参列することはないかもしれない、という思いもありました。

でも、これがSSKかUTMFかという選択だったら、ためらいなくUTMFなのでしょうが。
まあ、「ためらいなく」だと罰当たりかもしれませんので、「断腸の思いで」とか、最低でも「後ろ髪引かれながら」くらいの態度が必要かもしれません。
こんな検討している時点で、罰当たりとは言えないまでも、だいぶ不謹慎ですが…。

祖母は1986年の12月に74歳で他界、祖父はその年の2月に79歳ですでに他界していましたが、私は当時7歳でした。
その時から、昭和が終わって、20世紀が終わって、平成も終わろうとしています。
時代を経て、7歳の子どもは不惑となりました。
祖父母にはその過程を見てもらうことができなかったのだなと思うと、やはり寂しさを感じます。
まあ、こんな不謹慎な大人になった姿を見た日には、なんて思われるかわかりませんが…。

腹に一物ーハイテクハーフマラソン2019余録

1月13日に開催された第20回ハイテクハーフマラソンの装備等の記録です。

帽子:アディダスワークキャップ
シャツ:アシックスジップネック長袖
インナーシャツ:オンヨネブレステックPP長袖
腹巻き:モンベルジオライン薄手
ズボン:ノースフェイス腹巻き風パンツ
タイツ:ゼビオオリジナル防風
インナーパンツ:ファイントラックスキンメッシュ
靴下:Xソックス
靴:アシックスヌーサFF
エストポーチ:OXITIS
防寒具(ポーチ内・未使用):モンベルウインドジャケット&レイドライトのバフ

この日のアメダスによると、私が出場したハーフマラソンのレースの時間帯は大体、6℃から9℃くらいの気温だったようです。
上記の装備だと少し暑く感じるくらいでした。
上半身は半袖にアームカバーでもよかったかもしれません。
ただ、腹巻きは快適でした。
私だけかもしれませんが、走っているときにお腹周りが温かいと少し幸せな気分になります。
冬のランニングにはできるだけ欠かさないようにしています。
腹に一物抱えるとは言いますが、腹に一枚巻くのもいかがでしょうか。
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一物を抱える方で言えば、左のノースフェイスの腹巻き風のランニングパンツは発売以来気に入っていて、これまでに4枚着用しています。
お腹回り・腰回りをポケットが取り囲んでいて、その収納力の高さが魅力のランパンです。
私は特にレースの際は、お腹のポケットに必ずなにか入れて走っています。
今回はジェルでしたが、サプリ類などの食品系をはじめ、ソフトフラスク、バフ、ウインドジャケット、スマホ、携帯カップやコースマップを入れて走ることもありました。
腹に一物抱えて、まるでドラえもん気分。

僕らはフラットーハイテクハーフマラソン2019レポート

2019年1月13日に開催された第20回ハイテクハーフマラソンハーフマラソンに参加しました。
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完走賞のTシャツはフランクショーター製で、この道の達人になったような気分になります。
タイムはグロスで1時間57分2秒でした。
今回はキロ6分から5分30秒の間くらいのペースで走る計画だったため、うまい具合に達成することができました。
その功労者は、友人Bさんから借りたGPS時計でした。
初めてGPS時計を使いましたが、こんなに便利なものだとは思いませんでした。
ペース管理がこれほどまでに楽だとは。
体験してみないとわからないものです。

コースは荒川河川敷ですが、この大会の特徴として、新荒川大橋の会場から上流に向かう選手群と、下流に向かう選手群とが分けられています。
ゼッケンには「上流」「下流」とはっきり書かれていて、私は下流でした。
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事情を知らなければ、格差社会もこんなところにまで及んでいるのかという気になりますし、事情を知ってても、もっとましな書き方はないのかと思います。
下流と書かれるのはなんだかなあですが、上流も上流で恥ずかしくてどうだかなあとも思います。
せめて「上」「下」くらいでお茶を濁すわけにはいかないのでしょうか。

余談が過ぎました。
レースが始まってしばらくはキロ6分くらいで様子を見ていましたが、体調がよかったので5分40秒くらいまで上げてみました。
ペースアップの時にはGPSとにらめっこです。
体感だけで上げると私の場合は上げ過ぎとなることが多いのですが、当たり前のこととは言え、GPSをこまめに見ていればそれを回避できます。
しかも、ペース算出のためには、ストップウォッチだといちいち計算が必要ですが、GPSなら表示を眺めるだけ。
こんなに楽だとは思いませんでした。
おかげで、速くてもキロ5分20秒台、遅くても5分40秒くらいで、ペースの乱高下なしにフラットな展開で走ることができました。
コース自体も河川敷なのでほぼフラットと言ってよいのですが、フラットなペースで走れたことで余計な力がかからなかったからなのか、レース後には関節などの故障もなく、筋肉痛ですらごく軽く済みました。
GPS、やはり文明の利器ですね。
今さらながらに実感しました。
貸してくれたBさんに感謝です。
だからといって、すぐに自分でも使おうとは思いません。
めんどくさがり屋の私には、これまでのやり方を変える技術革新を取り入れることが億劫でなりません。
でも、GPSは非常に便利でした。
悩みどころです。
ここはできれば、フラットに考えることはできないものでしょうか。

2019年前半の予定と願望

例年よりも長かった正月休みも終盤となり、先ほど帰京しました。
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ところで東京に戻ることを帰京と言うのなら、京都に戻ることはなんと言えばいいのでしょう。
やはり帰京なのか。
それとも帰都?
京都に帰省するようになって20年余り、ずっと気になり続けています。

それはさておき、1月4日に初走りに行き、京都の桂川沿いを9kmほど、56分くらいで走りました。
晦日にジョグでふくらはぎを痛めたため、正月三が日は休足に充てましたが、その甲斐がありすっかり回復していました。
年始早々ほっとしています。
というのも、この1月にはハーフマラソンを2本走る予定なので、怪我が長引いて出場が危ぶまれると困るのです。

1月13日にハイテクハーフマラソン、その1週間後の20日に東京・赤羽ハーフマラソンに出場の予定です。
どちらもベストタイムを目指すわけではなく、ペース走の代わりにしようかと考えています。
昨年4月に左腕を骨折してから10km超のランニングをしていないため、まずは距離に馴れることから始めたいと考えています。
また、腕振りに治療の影響が少々出ているので、この距離でどれだけのパフォーマンスができるのか、確かめてみたいと思います。

3月17日には板橋Cityマラソンにエントリーしています。
しばらく遠ざかっているサブフォーを狙いに行きたいと考えていますが、同時にこちらもペース走のような位置付けで走れればいいなと思っています。
というのは、その翌月、チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンの100kmのカテゴリーに出場を予定しているからです。

そのチャレンジ富士五湖ウルトラマラソンは4月21日に開催されます。
ロードのウルトラディスタンスはこれが初めてで、これまでの最長距離はトレイルでFTR100の105kmですが、ロードは練習でもフルマラソンを超える距離を走ったことがありません。
大会名通りのチャレンジです。
単純に頑張りたいと思います。

また、願望としては、トレイルランニングに復帰したいと思います。
骨折してからは恐さもあり、なかなか山を走る気持ちになりませんでしたが、その一方で、山を走る楽しさの記憶は色褪せることなく持ち続けています。
大会の応援やボランティアスタッフなど、トレランの周辺をウロチョロしてもいました。
なんだかんだで、完全に離れることはできないのですが、周辺をウロチョロしていることにも飽きてきました。
できれば、またトレイルランナーとして山で遊び回りたいのです。
復帰に向けてはとりあえずのロードマップを思い描いてはいます。
まあ、ゆっくり進んで行けばよいかなと思います。
私はこの三が日で40歳になりました。
年齢を意識すると焦ることもありますが、できることを少しずつ積み重ねたいと思います。
そんなこと言いながら、100kmウルトラマラソンはチャレンジを通り越して冒険に近いのかもしれませんが…。
でも、チャレンジしたい気持ちには正直になりたいと思います。
単純に頑張るぞ。
それにしても、新幹線で記事を書くとてきめんに乗り物酔いしてしまいます。
まだ気持ち悪い…。

ゆく靴ゆく靴2018ー2019年新春小ネタ

明けましておめでとうございます。
2019年もよろしくお願いいたします。

新年のネタとしては若干不似合いなのかもしれませんが、この正月休みにお別れした靴たちの思い出を記録に残したいと思います。
以下、古びて汚れた靴の写真が続いて見苦しいかもしれません。
また、今回の記事に登場するアシックスターサージールワイド、アシックスゲルフジアタック4については、昨年の同様の趣旨の記事*で詳細に書いています。
重複が多いのですが、よければご覧ください。

http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/01/03/000819

まずはアシックスターサージールワイド。
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昨年の正月に、ジョグ用のシューズとして京都の親元に持ってきた靴です。
この大晦日に履いて走った7kmジョグを最後に、お別れしました。
本当は10kmほどの予定でしたが、途中で右のふくらはぎを痛めたため、中途半端な距離でドロップアウトしました。
まさかの大晦日ジョグDNFです。
このターサージールワイドは、2015年の館山若潮ラソンで私のフルマラソンのベストタイムを記録したときに履いていた靴でした。
グロスで3時間26分25秒、ネットで3時間25分10秒、今ではサブフォーもできないくらいになりましたが、当時はよく走れていたなと思います。
フルマラソンの練習とレースには必ず履いていました。
経年変化でミッドソールが変形し、妙な突き上げが出てくるようになってしまったため、第一線を退きました。
今回、これが最後と思ってジョグに出掛けてふくらはぎを痛めてしまったわけですが、この靴の最後のメッセージなのかなと思いました。
変形のある古い靴を履いて走ると脚に負担がかかってケガすることもあるよ、と。
よい教訓をもらいました。
ありがとうございました。

次にアシックスゲルフジアタック4。
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これも昨年の正月に京都に持ってきました。
直後の初詣山行、愛宕山明智越のトレイルランニングが、最後に履いた機会となりました。
印象に残っているのは、アウトソールの放射状のパターンです。
まるで雪の結晶のような形状で、様式美を感じていました。
このパターンは若干滑りやすい時もあったのですが、基本的には安定感のある靴で重宝していました。
特にデビュー戦の泥々トレイルだった美ヶ原2015を、ノーこけでフィニッシュに導いてくれたことは一番の思い出です。
この正月の初詣山行をラストランにしようと思っていましたが、大晦日にふくらはぎを痛めたため、初詣山行自体を取り止めることになりました。
昨年4月に骨折して以来離れていたトレランに、登りだけでも復帰しようと思っていましたが(下りはまだ恐いので歩きのつもりでした)、それもお預けです。
まあ、しかたないものはしかたないのです。
この機にお別れすることにしました。
ありがとうございました。

そしてこの正月にも、第一線を退いた靴を実家に連れてきました。
スポルティバミュータント(2足目)と、
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プーマイグナイトです。
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京都でゆっくり余生を過ごしてほしいと思いますが、次の帰省の際には履き倒したいと思います。
まだまだよろしくお願いいたします。

そんなに損ではないー2018年振り返り

年末年始は京都の親元に帰省するのですが、東本願寺の門前にはこんな看板があります。
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20年近く帰省していて今日始めて気がついたのですが、そう言ってくれるのならばこの年も悪くはなかったのかなと思います。
というのも、2018年は人生初の骨折に左右され、色々と考えさせられた1年であったからです。

4月に馬頭刈尾根付近で転倒、転落して左上腕骨を骨折しました*。

http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/04/22/063505

骨折は左上腕骨骨幹部の単純骨折、平たくいえば、二の腕の骨が真ん中からボッキリ真っ二つといったところでした。
二週間入院して手術、チタンのボルトとプレートで骨を固定して退院しました。
なんだか強化人間とか改造人間になったよう気分は今でも時折感じますが、正確にいえば、補強人間といったところでしょうか。
決して強くなったわけではないのです。
それにしても、事故の当事者として、命に別状がないばかりか、後遺症等も特にないことが、不幸中の幸いとしか言いようがありません。

ということで、4月以降はトレランや登山などの趣味はもちろんのこと、日常生活までが骨折の影響を強く受けました。
ちなみに治療費は限度額の制度などもあり、予想よりも安く納まりましたが、それでも私のアパートの家賃3ヶ月分くらいは出ていきました。
骨折り損とは言いますが、これは明らかに骨折りに伴う損失です。
金銭的なものだけではなく、治療後の身体の痛みや動きの悪さは言わずもがなで、フラッシュバックというほどではないものの、事故を思い出して嫌な気分になることもしばしばありました。
身体の痛みがどれほど心を沈ませるのかということも、身をもって知りました。
痛いとそのことばかりに気が向いてしまい、他のことが考えられなくなるのです。
その結果、痛みによる辛さで心が疲弊していきます。
それはできるだけ避けたいと思うようになりました。
骨折してからは痛みに弱くなったというか、感度が上がったような気がします。

ただそれは、悪いことではないのかなとも思っています。
自分の体の声に対する感度が上がったこと、そのこと自体はよいことなのだと思います。
骨折の痛みを経験しなければ気づかないようなことでもないのはわかっていますが、このときでなければ私には気づくことができなかったことなのかなとも思います。
そしてたぶん、痛みに耐えてがんばってはならないのです。
もちろん、がんばれる範囲でがんばるのはよいことだと思います。
でも、痛みに耐えてはならない。
それが骨を折ったことで得た知恵の一つです。
骨折りもそんなに損ではない、少なくとも無駄ではない。
一つだけですが、賢くなれたのでしょうから。

ところで、最近は平穏に過ごしていましたが、今日の大晦日になってジョギング中に右ふくらはぎを痛めるアクシデントが…。
明日予定していた京都の愛宕山への初詣登山を中止しました。
愛宕山にはここ何年か続けて初詣登山をしていたため**、それが途切れるのは残念です。
しかし、ケガをしているときに無理して入山する必要はないわけです。
ちょっと古いけれど、登れぬものは登れぬのです。
そして、痛みに耐えてがんばってはならぬのです。
その分、いつもと違う正月を楽しみたいと思います。
こういうのも無駄ではないのです。
たぶん。

**
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/04/22/063505

そして今年もあとわずか、私は年越しそばを食べて寝ようと思います。
皆様よいお年をお迎えください。

2度目の出番ークロスカントリーinSayama2018余録

クロスカントリー in Sayama2018の着衣・装備の記録です。

帽子:バフキャップ
シャツ:バイロジップネック長袖
インナーシャツ:オンヨネブレステックPPメッシュノースリーブ
手袋:アウトドアデザインズ
ズボン:アシックス
インナータイツ:ゼロフィット
カーフスリーブ:R×L
靴下:swiftwick
靴:アシックスターサージー
荷物置き場:ヘリテイジストックシェルター
ヘリテイジULトレイルポール

当日は最高気温10℃と肌寒かったので防寒を意識していましたが、走り出したら暑く感じてしまい、対策が裏目に出ました。
胸元のジッパーはほぼ全開にして、手袋は途中で外しました。
風が弱かったのも寒さを感じなかった理由かもしれませんが、このくらいの気温なら半袖にアームカバー、手袋なし、くらいがちょうどよいのかも知れません。

荷物置き場を持参したのは、この大会の特殊事情によるものです。
クロスカントリー in Sayamaには、貴重品預かりはあるものの、普通の荷物預かりがありません。
選手はそこら中でシートを敷いたりテントを建てたりしながら、思い思いに荷物の管理をしています。
それならばと、ヘリテイジのストックシェルターの出番となりました。
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一緒に参加した友人Bさんの分も含めて、二人分の荷物を見守ってくれました。

ストックシェルターを初めて知ったのは、トレランを始めてすぐの頃、恐らくは2012年のトランスジャパンアルプスレースのTV番組だと思います。
この手の道具に目がない私は、一も二もなく購入したような記憶があります。
しかし、当時も今も山中で露営するような山行をしていない私は、せっかくのストックシェルターを活かすことができずにいました。
使用したのは購入して数年が経ってから、しかも一度きり、それも山ではなく、夏の千葉の浜辺でした。
必要なときにはもちろん山行に携行するものの、非常用としてリュックの底に眠っていることがほとんどでした。
それはそれで正しい使い方の一つですが、建ち上がった姿を見ることはほとんどありませんでした。
そんな不遇をかこっていたストックシェルターでしたが、今回は稲荷山公園で荷物置き場として、2年ぶり2度目の出番です。
半ば建て方を忘れていたため、作業時間がかなりかかってしまいました。
それに私が出ることはないとは思いますが、TJARの選考会だったら確実にアウトでしょう。
ともあれ、3度目の出番の際には手際よく建てたいものですが、その出番はいつになることやら。