竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主です。藤沢周平が好きです。

夏が終わるー信越五岳110K2022レポート5

2022年9月18~19日に開催された信越五岳トレイルランニングレース2022の110kmの部の記録と記憶、第5段です。

大会終了から2ヶ月が経っています。

とうに立冬を過ぎているのに夏が終わるもなにもないのですが、いいかげん、フィニッシュにたどり着きたいと思います。

記事上では現在、88km地点の戸隠エイドを出発、ラスボスの瑪瑙山を越えた後の森のなかで、暑さと痛みと疲れに悶えている所です。

ただ、98km地点の飯綱林道入口ウォーターステーションまではあと間もなくです。

 

この森はかつて信州戸隠トレイルランで走ったことのある区間で、ある程度土地鑑があり、熱帯夜の暑さをしのぐためのかぶり水ができる沢がいくつかあることは把握していました。

沢を横切るついでにかぶり水をしながら進んで行きます。

こんな熱帯夜には、頭が濡れていないと力が出ない私はほぼ河童です。

相変わらず暑い・痛い・疲れたのネガティブ三重奏が鳴り響いていますが、暑さはかぶり水でしのぎ、他の二つは北島良子さんでおなじみの「ぜんぶ気のせい!」でごまかします。

痛いものは痛くて、疲れは疲れで蓄積し続けているのですが、それでも、あと少しで飯綱林道入口のエイドにたどり着きます。

そして、その先を13km行けば、そこにフィニッシュが現れます。

速歩と走りを織り混ぜ、残りの距離を意識することで自分を鼓舞します。

この辺りは下り基調なこともあり、そこそこスピードを上げることができました。

日付が変わってから元気が出てきた気がしますが、それは気のせいではなかったと思います。

 

そうこうしているうちに、飯綱林道入口の灯りが見えてきました。

時刻は0:43、レースタイムで19時間13分、途中でマメをつぶしてから40分ほどでの到着です。

戸隠エイドからは2時間30分弱かかりましたが、途中でマメをつぶしていた時間を考えれば、ペースが若干回復してきているように思えます。

この飯綱林道入口は、事前には水分補給のみのウォーターステーションと案内されていましたが、実際には食べ物も提供されるエイドステーションでした。

予定が変更されたのでしょうが、これは嬉しい変更です。

また、ここには熊坂エイドを運営していたルナークスランニングカンパニーの店長さんがいて、その顔を見て安心しました。

今回のように追い込んだレースで知り合いがコース上にいると、余計な緊張感が少し緩んで気持ちが落ち着きます。

「とにかく足を回転させていけば大丈夫ですから!」

店長さんからその先の道に進む勇気が出る言葉をかけてもらいました。

この「回転」に加えて、私はルナークス主催イベントの小川壮太さん講習会によく参加するのですが、最近のテーマであった「股関節からの屈曲と伸展」という言葉も胸に、残りの13kmに踏み出します。

時刻は0:50頃。

フィニッシュ制限時刻の3:30までは、2時間40分残っていました。

 

飯綱林道入口を出てからは、その名の通り飯綱林道を10kmくらい進んでから、フィニッシュ手前に山道の下りがあるというコース設定です。

長い林道は比較的フラットで、路面もあまりボコボコしておらず、舗装はされていないもののまるで高速道路のような走りやすさでした。

それ故にとても単調ではありましたが、走るチャンスだと無理やり思い込んで走ることにします。

特に疲れがたまって来ているときは、私は小さな呪文を唱えながら進むことにしています。

呪文と言っても「夢!」だとか「絶対完走!!」といったキラキラギラギラな言葉ではなく、とにかくその時にやらなければならないことを、お経や祝詞のように節をつけて脳内でループさせる感覚です。

存在が意識を規定するのか、意識が存在を規定するのか、その答えを私は知りませんが、意識として唱え続けていれば、いつか身体が勝手に表現してくれるのではないかという期待を込めた行為です。

今回の呪文は「屈曲・伸展・ケイデンス(回転)」。

理想的な身体運用を端的な言葉で意識し続けることで、その結果が実際の身体運用として表現されればよいと思っています。

この局面では、意識が存在を規定してくれることを願っているということになります。

少なくとも「暑い・痛い・疲れた」のネガティブ三銃士が再び意識に入り込まないように、「くっきょく・しんてん・けいでんす」で意識を埋め尽くしてしまいます。

意外とこれが効くもので、たまに速歩を挟むものの、比較的フラットな区間は1km7~8分くらいのジョグで走り続けることができました。

ペースは遅いのですが、もう100kmを超えてきているのにまだ走れるなんて、自分でビックリしていました。

しかし、そういい話ばかりでもなく、林道がブルドーザーのキャタピラが作った轍でボコボコになっていた辺りから、進行速度がガクンと落ちました。

路面があまりにもボコボコで走りにくいというのもありましたが、疲れが主因だと思われます。

キャタピラボコボコ林道を過ぎて、ちょっと山道に入った後、登りではありますが、また高速道路のようにきれいな未舗装林道に出ました。

残りは5kmを切っていたと思います。

しかし、その頃には既に走れなくなっていました。

スピードを上げられない時間のうちに、身体の反応が鈍くなってしまったようです。

仕方なく速歩に切り替えましたが、切り替え後はなぜかスピード豊かに歩くことができました。

走りと歩きで使う筋肉が違うという話はよく聞きますが、歩きの筋肉はまだ残っていたようです。

それだけこの日は、私にしては歩かずによく走ったということなのでしょう。

林道を歩き通すと、最後の山道の下りに入ります。

そのあたりの時刻もレースタイムももう記憶にないのですが、とにかく制限時間内の完走は固い状況まで持ってきたことはわかりました。

山道の下りは、はじめのうちはフィニッシュが近づいた喜びでペースが上がっていたのですが、落ち葉に足を取られて転倒しかけてから、のんびりタイムに切り替えました。

その前から疲れの蓄積による身体の反応速度の低下を感じていたので、タイミングとしてはよかったと思います。

走る必然性がない状況までこぎ着けることができれば、後はケガなくフィニッシュするのみ。

私はそういう考え方なのですが、ランニングのレースである以上、最後まで走り続けるという方の方が多いような気もしますし、それは正しいのでしょう。

とにかく最後の1kmちょっとは、無理して走らなくてもいいかなと、むしろここまでの道のりを噛み締めて行こうじゃないのと、そんな気持ちで進んでいきました。

やがて山道が終わり、煌々と輝くオーロラが。

フィニッシュ会場の飯綱リゾートプラザオーロラが見えてきます。

やっと終わる。

と、気が緩んだ瞬間、動画を撮影していたスタッフ(?)にいきなり「ねえ、簡単だった?」と聞かれて、即座に「とんでもないっ!きつかった!!超きつかった!!!」と大声で返すくらいの元気があったことには自分自身驚きました。

元気はまだまだ残っていたようでしたが、最後のゲレンデは歩きながら余韻にひたります。

とにかく暑かったな、あれ、今もまだ暑いな。

でも、それもすぐに終わります。

最後は大勢の応援の方々の声援に応えながらフィニッシュしました。

時刻は2:37、レースタイムは21時間7分24秒。

制限時間までは残り1時間を切っていて、身体は疲労困憊です。

やっとたどり着いたフィニッシュでした。

それでも、この日は最後まで全く「やめよう」という気持ちにならなかったのが不思議です。

そのことはレース中にずっと不思議に思っていたのですが、いざフィニッシュしてみたらその答えがわかりました。

楽しかったんだ。

最初から最後まで、暑さと制限時間に追われる感覚はとても辛かったけど、それを上回る楽しさを感じながら走っていたんだなということがわかりました。

楽しかった時間は想定よりも長くなってしまいましたが、それは良いことなのかもしれません。

長い時間を楽しんだ、暑すぎた夏が終わります。

 

フィニッシュ後は送迎バスで宿に戻ってしばし仮眠をとります。

朝食会場では他の選手と健闘を讃え合いねぎらい合い、良い時間を過ごすことができました。

その後、赤倉スポーツセンターにバスで移動して、信越五岳名物の全員参加のアフターファンクションに参加します。

ここに皆が集います。

この日も朝から暑かったのですが、会場には自動販売機がありませんでした。

水分持参で参加することをお勧めします。

体育館は、一階のアリーナと二階のギャラリーの両方が開放されていましたが、アリーナで地べたに座るのは疲れた脚にきついかなと思い、ギャラリーで椅子に座ることにしました。

アリーナは参加賞Tシャツを着た選手で一杯。

まあ、ギャラリーも大半は参加賞Tシャツでしたけどね。

今回の参加賞Tはこちら。

落ち着いたスカイブルーです。

背中はこんな感じ。

涼しげな襟元をすり抜ける熊さん。

私もこのシャツを着てギャラリーに座っていましたが、レース後にこうした全員参加のセレモニーがあると、同じ山を走った仲間としての意識が高まります。

それと、見ていてこれは良いなと思ったのが、ていうか、率直に言ってうらやましいなと思ったのが、100マイル完走者へのバックル授与式でした。

夏草や兵どもが夢の跡

そんな句が頭に浮かんできてもおかしくはない情景ではあるのですが、ここに集まったつわものどもは、夢の証を手にしています。

次はあのバックルを目指してみようかな。

自然とそうした憧れが芽生えかけました。

その憧れは、恐いものなのかもしれません。

私の出場した110kmは完走率が49%、それに対して100マイルは38%でした。

私の力では及ばない厳しさを感じますが、挑戦したいと思わせてしまうこの舞台装置の素晴らしさと巧みさに、畏怖の念を覚えます。

そして、新しい憧れが芽生えかけたところですが、とりあえず、この夏が終わりました。

暑くても空の色は涼しげ。

またひとつ夏が終わる。

そして、またひとつ夏が来る。

来年はバックルを目指しますかね…。