竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主です。藤沢周平が好きです。

熱帯夜ー信越五岳110K2022レポート4

2022年9月18~19日に開催された信越五岳トレイルランニングレース2022の110kmの部の記録と記憶の第4段です。

笹ヶ峰の出発までは順調に走れていて、20時間で完走するための目標タイムに対して、最大36分のリードがありました。

しかし、陽が落ちてからはペースが下がってしまい、76km地点の大橋林道エイドではリードが6分まで縮まっていました。

このリードは、エイドの滞在時間を考えると「ない」のと同じです。

 

大橋林道エイド到着時は疲労感が強く、開き直ってしっかり休憩することにしました。

時刻は19:24。

エイドではこの日恒例のトイレを済ませてからゆっくり食事を摂ります。

ここでは、シャリ玉(すし飯)とパタゴニアのスープが美味しゅうございました。

スープにシャリ玉をいれて雑炊風にして食べるのがおすすめです。

どちらもおかわりをして、とりあえず腹ごしらえから終えると、次は水分補給と補充に取りかかります。

この日の水分補給はエイドのクエン酸ドリンクと真水の二本差でしたが、70kmの西登山口付近から喉がいがらっぽくなるクエン酸焼けのような症状が出てきていました。

暑くて飲み過ぎたがゆえの症状だと思いますが、思えば何リットル飲んでるんだろう?

ここでクエン酸ドリンクをやめにして、持参のスポーツ麦茶に切り替えました。

このエイドに麦茶もありましたが、その場の飲用のみで補充ができなかったので、ちょうどよかったと言えばちょうどよかったと思います。

信越五岳では、どのエイドにどういった飲食物が用意してあるかが事前に公表されていて、補給計画を立てるのに非常に役立っています。

ただし、エイドの飲食物の持ち帰り制限が事前にわかることはほとんどありません。

自分が必要とするものは自前で用意しておくことが、レース中にガッカリせずに済み、気持ちやメンタルを無駄に混乱させることなく過ごせるコツなのかもしれません。

水分の補充を終え、この日何度もしてきたかぶり水をしてエイドアウトします。

そう、もうすっかり夜なのに、かぶり水が必要なくらい暑いのです。

それもそのはず。

この2022年9月18日の夜から翌19日の明け方にかけての最低気温は26.2℃(長野市アメダス)。

もちろん標高が高いところを走っているのでその分気温は低いのでしょうが、立派な熱帯夜でした。

しかも、この前夜も熱帯夜だったので、100マイルの選手は連夜の熱帯夜です。

110kmの私は一晩で済む分まだ楽なのですが、辛いものは辛いのです。

かぶり水だけを頼りにして、この熱帯夜を駆けるしかありません。

 

大橋林道には19:40くらいまでの15分以上滞在して、しっかり身体を休めていました。

次の戸隠エイドは、12km先の88km地点にあります。

エイドアウトからしばらく林道を下ると、戸隠牧場周辺の、登りも下りも傾斜の緩いトレイルに入ります。

信越五岳名物の有刺鉄線トレイルがあるエリアですが、戸隠牧場は過去に信州戸隠トレイルで何回か走ったことがあり、ある程度勝手がわかっていたので気楽でした。

また疲労感も、直前のエイドでしっかり休んだおかげで大分和らいでいます。

それなので、しばらくは走り続けることができていましたが、戸隠神社奥社へ続く道に入った辺りからまた疲れが出てきました。

先ほどの雨の影響で少し道がぬかるんでいて走りづらかったというのもあったかもしれませんが、周囲も歩きだす選手が増えてきたので、私も歩きます。

歩くといっても速歩ですが、周囲の選手の速歩のペースが速く、ついていくので精一杯でした。

70kmの西登山道入口以降、私自身のペースが落ちていることが原因として大きいと思います。

ただ、それよりも周囲の選手のレベルが高いことが原因なのではないか、という印象を受けました。

というのも、他のレースでは同じ速歩であれば大体は追い抜けるのですが、この日の周囲の選手は皆、歩きの私では追い抜けないペースで歩いています。

それもそのはず。

つい先日ITRAにリザルトが掲載された際、私と同じくらいでフィニッシュした選手のパフォーマンスインデックスを見てみたところ、私よりも数十ポイント高い(現在もしくはベストスコア)方々ばかりでした。

やっぱりレベルが違ったんだということが、数字で確認できました。

レベル違いの集団に迷い込んだ私は、本当に必死でついていきます。

戸隠奥社の随神門までは固まって速歩していたのが、次第に人数が減ってきました。

私もそろそろ制限時間に追いつかれかねないという危機感から、走ることにします。

随神門から鏡池まではアップダウンが少ないうえに、コンクリ板や木道の路面が多くて、走るにはちょうどよい区間というのは信州戸隠トレイルの経験でわかっていました。

夜が更けていくにもかかわらず相変わらず暑く、ペースも上げられないのですが、とにかく走ります。

途中の千本鳥居も、戸隠の神に仁義を切りながら走り抜け、

鏡池に着いたところでトイレに駆け込んでしばしの休憩です。

走ったことでまた疲労が蓄積してしまいました。

しかも、走ったからといってもペースが落ちていることには変わりありません。

目標レースタイムの20時間はすでに手の届かない所に遠ざかり、制限時間の22時間の足音がヒタヒタと迫ってきています。

小鳥ヶ池までの登り基調の山道は歩いて体力を温存し、歩いている間に計画を立て直し、ここでプランB=「21時間でのフィニッシュ」への移行を決断しました。

鏡池から小鳥ヶ池までの山道は、明るい時間帯に通るととても美しい森です。

今は真っ暗ななかを歩き続けていますが、信州戸隠のレースで走ったときの記憶を引っ張り出しながら進みました。

小鳥ヶ池を越えるとロードに少し出ます。

その先からの戸隠古道のトレイルはできるだけジョグで引っ張り、別荘街からの比較的長いトレイルは速歩で繋ぎ、ようやく戸隠スキー場にある88km地点の戸隠エイドに入りました。

時刻は21:55、レースタイムは16時間25分。

制限時間まではあと5時間35分で、残りの距離は23km。

ここでやっと、22時間の制限時間からは少しリードできたかなと思えました。

ただ、何があるのかわからないのが山の常。

余裕を持たせた21時間でのフィニッシュに向けて、計画を練り直さなければなりません。

ふるまいの戸隠そばが提供される場所は信州戸隠トレイルランと一緒でした。

戸隠エイド名物の戸隠そばを食べ食べ、

そのあとにお粥もいただきながら、知恵を絞ります。

そういえば、この夜は暑かったのに、なぜか温かい食べ物ばかり欲しくなっていました。

先刻の大橋林道でもスープをおかわりしたばかりです。

塩気を求めているのか単純におなかが減っているのか、あるいはその両方か。

戸隠では20分ほど休憩して出発しましたが、出発後にトイレに寄ったため、実質25分近く滞在していました。

時刻は22:20頃、レースタイムで16時間50分、制限時間まであと5時間10分ほど。

歩き倒したら間に合わない時間です。

次の98km地点にある飯綱林道ウォーターステーションまでは10km。休んだ分の体力を振り絞りながら、速歩と走りを混ぜて進み出します。

 

この信越五岳でいわゆるラスボスと称される瑪瑙山には、これまでに信州戸隠でも何度か登っていて、意外と一筋縄ではいかない癖のある山であることは把握していました。

中腹くらいから走れないくらい急な傾斜が始まり、それを登りきって樹林帯から稜線に出ても、そこからけっこうなアップダウンがあり、そして最後には山頂への急登が現れます。

傾斜の変化が全部で三段構えくらいになっていて、どんどん急になって行き、加えてなかなか山頂にたどり着きません。

そんな嫌らしい特徴がある瑪瑙山ですが、夜は初めてで、少し新鮮な気分で登ります。

そんな瑪瑙山でも周囲の選手のペースについていくだけで精一杯で、抜かれることも抜くこともほとんどなく登り続けました。

レース終盤にもかかわらず一群となって進んでいるということは、選手のレベルが均等なことを意味していそうです。

私がこの位置にいることは場違いなんだろうなとは思いましたが、それでも前に進む以外の選択肢はありません。

信州戸隠トレイルランの記憶を呼び起こしながら、傾斜の変化に一喜一憂せず、淡々と脚を前に出し続けます。

流れに乗ったまま、おそらく23:40頃に瑪瑙山の山頂を越えました。

付近はうっすらと雲の中に入っていて、雨が時折ぱらついていて、少し涼しく感じられたのが嬉しかったのを憶えています。

雲の下に善光寺平方面の夜景も見えて、ちょっとほっとした気にもなりました。

ナイトトレイルで人工物を見つけると、少し安心する感覚と同じものでしょう。

ただ、下り始めるとともに、少しずつ暑くなってきていて、さっきのぱらついた雨も気温を大きく下げるには至りませんでした。

瑪瑙山のゲレンデから森に入ってしばらく下っていると、右足の親指に突如激痛が走りました。

とても走っていられない強い痛みだったので、コース脇の木の陰に座り込んで様子を見ることにします。

はじめは剥がれた爪でも刺さったのかと思っていたのですが、靴下を脱いでみると、ぷっくりとした大きなマメが。

爪が刺さっているよりはましですが、このままだと歩くのもままならないので、この場でつぶすことにします。

ちなみに、隣の右足人差し指の爪は剥がれかけていました。

90km超走ってくれば、それくらいのトラブルはあってもおかしくはありません。

とりあえずゼッケンを止めている安全ピンをファーストエイドキットのライターの火で炙って消毒、ピンをマメに突き刺して体液を抜き、絆創膏とテーピングでぐるぐる巻きにします。

23:53から0:00ちょうどまで、対応に7分を要しました。

これで痛みが小さくなった、とはいえ、疲れもあって下り基調なのになかなかスピードに乗ることができません。

しかも、痛みが落ち着いたと思ったら、また暑さに苦しむことになりました。

瑪瑙山の山頂から少ししか高度が下がっていないのに、また熱帯夜のエリアにすぐに戻ってきてしまいました。

痛い、暑い、疲れた。

夏のネガティブ三役が信越五岳場所で三役揃い踏みしていますが、それでもとにかく前へ進むしかありません。

幸いなことに、瑪瑙山から飯綱林道入口までの森の中には、小さな沢がたくさんあることは信州戸隠の経験から知っていました。

それを楽しみに走り、沢に行き当たるたびにかぶり水。

頭が乾く暇もなく、水をかぶりながら進み続けます。

これはもう河童なんじゃないのか、私は。

河童のお皿に当たる頭頂部も、大分露出してますしね。

熱帯夜には河童になるのがおすすめです。