竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主です。藤沢周平が好きです。

「リタイアのすすめ」―比叡山 International Trail Run 2022予報

2022年5月21日(土)に比叡山 International Trail Run 2022が開催される予定です。

私は初回の2015年大会の50㎞に参加し、人生初のリタイアを経験しています。

その当時、もう7年前になりますが、ある必要があって書いた文章があり、この機会に公開します。

まだまだUTMF2022のレポートの途中なのですが、インターミッションを挟みたいと思います。

雑誌の対談記事のような形式で書いた文章で、内容を端的に言えば、比叡山トレイルランでDNFするならここがおすすめ!というものです。

時制が異なる会話たちを一つの場面に押し込んでいます。

実録だけどノンフィクションではない、半フィクションとしかいいようのない異質な記事なのですが、参加する方々の参考になれば幸いです。

今年はめちゃくちゃ暑いわけではなさそうですが、何があるかわからないのがお山の常。

皆さんのご無事を祈っています!

 

実録ハンフィクション!
架空対談

「54%」の胸の内

酷暑で完走率46%に終わった比叡山International Trail Run 2015
500名を超えたリタイアランナーの舞台裏

*この架空対談は数回に分けて行われた会話の内容を再構成して、「一回の対談」風にまとめたものです。発話者・時系列などは事実と異なる場合があります。また、実際の会話には無かった内容も、発言として追加されています。

 

登場人物

T:アラフォー男子。ランニング歴4年。トレラン歴も4年。40回以上様々なレースに出場してきたが、この時までリタイア(DNF)経験がなかった。

W:アラサー男子。ランニング歴5年。トレラン歴3年。身体を動かすことが好きで運動神経もよいが、持久力に自信がなく、リタイア経験が豊富。

 

【LINE】

W:第2エイド延暦寺でリタイアしました。受付の延暦寺会館でお風呂入れますよ!

T:了解です。24km過ぎでリタイアして会場に向かってます。

W:あら!熱中症とかですか? 

T:気力の限界…。

W:どこぞの相撲取りみたいな(笑)。延暦寺観光してるので、戻ってお風呂入ったら乾杯しましょう!

 

比叡山延暦寺境内
フィニッシュゲートのわきでビール片手に仲間のゴールを待つ男二人

T:お風呂あがったよ。

W:お疲れ様でした。ビールでも飲みましょうか。

T、W:カンパーイ!

W:いや、でもTさんがリタイアって珍しいですよね。

T:人生初リタイア。Wは予定通り、第2エイド(延暦寺会館前;20km地点)でリタイア?

W:予定通りですね(笑)スタート前は30kmくらいまでは行ってみたいと思ってたんですけど。でも始まってみたら渋滞がすごいし、めちゃくちゃ暑いし、20kmが限界でした。

T:俺のところも最初の10kmはずっと流れが悪かったよ。気温は今、33℃まで上がってるって。軽い地獄だよ。

「リタイアのすすめ」

W:そういえばレースディレクターの鏑木さんが「無理をしないで」ってエイドでしきりに言ってましたよね。

T:「リタイアのすすめ」ね。俺の時間帯でも言ってたな。「この先比叡山の京都側は午後(南西からの陽射しが当たって)から暑くなります。まだ、残り30kmもあるし、山も4つ上り下りしなくてはなりません」っていうの。

W:それです。「今日は主催者の想定以上に気温が上がりました。自信がない方は、進まないでここでリタイアすることも考えてください。それは自分を大切にする勇気のある決断だと思いますので」というやつですね。

T:そう。第2エイドに到着したのがスタート後3時間45分(12:45)の時だったんだけど、その時にはもうそう言ってた。周りでは熱中症疑いのランナーが何人もひっくり返ってて、ちょっと怖くなったよ。大事を取って30分くらいエイドに滞在したんだけど、そのあとはリタイアのことばかり考えながら走ってた。

「予定通り」

W:リタイアのことばかり考えて走るっていうのはよくわかります。俺は今回コースマップを見て、20kmまでしか行けない自信があったので、最初からリタイアは決めてました。ただ、スタート前はちょっと色気づいて「30km位までは行ってみたい」って言ってたんですけど。そんなだから行けるわけもなく。

T:行かなくて正解だよ。暑いだけだし。あと、このコースは俺のリタイア地点から先に行っちゃうと、自力で戻るのが大変なんだ。

W:正解でよかった(笑)。でもエスケープが大変なんですよね。どうやって帰ってきたんですか?

T:比叡山の京都側の麓にはバスが通っているんだけど、今回のコースでそのバスに乗るのに便利なのが、俺のリタイアした24~25km付近の地蔵(地図参照)って分岐なんだよね。

W:おお、なるほど。それははじめから知ってたんですか?

T:うん、知ってた。コースマップと地図を見比べて交通機関を調べて「よし、リタイアするならここだ!」って、レース前から決めてた。

W:なんだ、最初から決めてたんじゃないですか。予定通りですね(笑)。

T:初めからリタイアしたかったわけじゃないよ。トレランだから「あらゆる状況を想定する」一環での話だけど、図らずも予定通りになっちゃったね。

決め手は「勇気」と「お風呂」

W:確かにスタート前は元気でしたよね。どうしてリタイアしたんですか?

T:第2エイドで鏑木さんの「リタイアのすすめ」を聞いた後、自分のペースを冷静に振り返ったら、第4エイドの関門時刻(18時30分;スタート後9時間30分)に間に合わないかもしれないって思いこんじゃって。何分、30℃を超える低山で走った経験がなくて。

W:なるほど。第4エイドだと44Km地点ですよね。厳しかったんですか?

T:いつもの体調だったら大丈夫だと思うんだけど。レース中ずっと軽い頭痛がしてたのもあって、進むのが怖くなっちゃったんだ。暑いの苦手だし。

W:暑かったですよね。なんたって「5月にしては想定外の暑さ」ですし。

T:そう。だから自分で関門時刻を決めて、次のウォーターステーション(WS;26.7km地点)着が5時間を超えたらリタイアだって。頭の中はずっとそれがリピート再生。大好きな下り坂なのに、楽しくなかったね。

W:それは楽しくない。WSにはどれくらいで着いたんですか?

T:いや、坂を下りきった先の「地蔵」の分岐で4時間50分だったんだ。そこのスタッフに聞いたら、WS は2km登り返した先だって言うので、そこで95%がた諦めた。

W:なぜ100%じゃないんですか?残りの5%が何なのかぜひ聞きたいです。

T:執着だよね。今までリタイアしたことないから「おまえ。本当にこれでいいのか」って。

W:『情熱大陸』ですか(笑)。

T:いやいや。結局、座り込んでスタッフとおしゃべりしながらスマホ開いたら、「お風呂あるよ」ってLINEが入ってて、それで執着も吹き飛んだ。

W:それって俺の.・・・、まさかの人のせいですか(笑)。

T:まあまあ。やっぱり鏑木さんの言葉が大きかったかな。「リタイアは勇気ある決断」だって、鏑木さんに言われたら仕方ない。あと、本当にお風呂に入りたかった。

ゆっくり観光 じっくり交流

W:リタイアしてからどうやって帰ってきたんですか?

T:バスで京都側のケーブルカーの駅まで出て、ケーブルカーで登ってきた。山の上の駅から延暦寺までは20分弱で着いたね。

W:俺はお風呂入った後、延暦寺観光してました。団体さんの後ろにくっついてお坊さんの説明を聞いて。信長の延暦寺焼き討ちについて、とても面白い説明をしてくれましたよ。お坊さんが「N長」って呼んでたんですよ、信長のこと。

T:感情の込め方がえげつないね。でも楽しそう。それはリタイアしてないと聞けない話だよね。

W:貴重な体験をしました。いいか悪いかは別として(笑)。

T:こちらは警察官、土産物屋のおかみさん、駅員さん、いろんな人に話しかけられたよ。「もうゴールしたの?」「いいえ。リタイアです。ハハハ」みたいな(笑)。地元の人たちがみんな、レースのこと知ってるんだよね。

W:なんかほのぼのしてますね。

T:挙句の果てには、「人妻ナンパ」みたいなことにもなってしまって。

W:んっ、聞き捨てならないですね。さっきの『情熱大陸』はいったいなんだったんですか(怒)。

T:ナンパというか・・・。その方は友達が出場していて会場に応援に行く途中だったんだけど、例のごとく「もうゴール・・・」のやり取りをしたら、ジュースをくれてねぎらってくれたんだよ。

W:なるほど。ちょっといい話の匂いがしてきました。

T:だから「会場までご一緒しませんか?」と、ジュースの御礼がてらボディガードを兼ねて同行したんです。

W:ボディガードとはまた大げさな。

T:いやあ。京都側のケーブルの駅から延暦寺までは、ゆっくり歩いたら30分くらいかかるんだ。人通りが少ない時間は気をつけた方がいい。野生動物も多くて、実際に大きなサルに何頭も出くわしたよ。

W:それだと女性の一人歩きは危険かもしれませんね。リタイアした女性ランナーには付き添いが必要かも。でも、さっき「20分くらいで着いた」って言ってませんでした?

T:その方もトレイルランナーで、途中から一緒に走った分早く着いたんだ。

W:なんでリタイアした後にそんな楽しそうなことしてるんですか(笑)。羨ましい。

リタイアの向こう側

T:今回、リタイアして後ろめたい気持ちはあるんだけどね。でも、出会う人がみんな優しくしてくれるし、そういうのってリタイアしなきゃできなかった経験だと思うと、これでよかったのかな。

W:甘いなあ。リタイアの正当性を探しているうちはまだまだですよ!

T:うわ!なんだその名言・・・。

W:何の迷いもなくリタイアしてこそ一人前なんです。とはいえ、俺みたいに、リタイア前提でスケジュールを組むようにはなってはいけませんよ(笑)。

T:説得力あるね。肝に銘じます。

そしてフィニッシュゲート

T:そう言えば、そろそろ○さん(Wさんの奥さん。とんでもなく速い)、フィニッシュじゃない?

W:ちょっと遅くなってますね。

T:お!帰ってきた!

W:やった!おめでとう!お疲れ~!やっぱり完走って素晴らしいですね!

T:………、だよね!

(完)