竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主でしたが、2018年4月以降、骨折治療のためトレランは控えています。藤沢周平が好きです。

その声はーハセツネ2018ボランティアスタッフ雑感

日本山岳耐久レース・ハセツネカップ2018が終わり、もう3週間が経とうとしています。
今年も私は、昨年に引き続きボランティアスタッフとして参加しました。
スタッフは大会前日に会場入りして打ち合わせを済まし、大会本部のある建物のそこかしこで雑魚寝して活動に備えます。
既にこの雑魚寝から、スタッフ達の耐久レースが始まると言えるでしょう。
お世辞にも快適な環境とは言えず、具体的には、漏れてくる明かり、消灯時間過ぎても騒ぎ続ける酔っ払い、など、諸々の睡眠妨害要因に打ち勝つ必要があります。
アイマスクと耳栓は必須だと思います。
私は昨年の経験に学ぶことなくそのどちらも持っていかなかったため、なかなか寝付かれずに苦しみました。
次の機会には忘れることのないようにしなくてはなりません。

明けて大会当日は朝から暑い一日でした。
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スタートの準備を横目に、配置場所への送迎車に乗り込みます。
春に骨折していなければ、数時間後にはここに並んでいるはずでした。
でも、これもまた人生なのでしょう。
今回は山深いポイントに配置されました。
送迎車に乗っている間も、かなりの山登りをしていきました。
下車後、夜間用の点滅灯の取り付けやマーキングの追加をしながら90分近く歩いて目的地に到着しました。
骨折してから本格的に登山をしたのはこれがはじめてでしたが、とりあえず無難にこなすことはできました。
共同装備を分けて持ち歩いているので、通常の登山よりも10kg近く重い荷物を担いでいました。
骨折した左腕周辺の筋肉は以前より弱っているため、さすがに大きな疲れを感じました。
それでも、その後の活動に支障が出るような痛みや動きの悪さなどは出ませんでした。
こうした負荷の高い状態を過ごすことができたときに、自分が回復してきていることを実感できます。

私がいたのはレース後半のポイントで、選手の多くは夜間に通過する場所でした。
夜が明けてから来る選手もかなりいますが、選手通過のピークは深夜になります。
深夜の山のレースの誘導スタッフの仕事道具は、ライトセーバーな赤色誘導棒と「声」です。
特に視界のきかない山中の深夜は、声だけが遠くまで届く道具です。
声を出したり、声をかけたり、時には黙ったりもしながら、いかに適切な誘導と励ましを選手に届けるか、というところが腕の見せどころなのかな、というか声の聞かせどころなのだと思いました。
伝えなければならない情報を伝える、または、辛くてどうにもならない気持ちをどうにか奮い立たせる、そんな声を届けることが、私の役割だったんだなと、今振り返ってしみじみ思います。
役割を果たせたのかについては、自分では評価できないのですが、やれることはやったという思いでいます。
その私の自己満足が、少しでも選手の力になっていれば、大きな幸せです。
これは私の自己満足でかつ理想論にすぎないのですが、それが嫌いな人は一定数いるでしょう。
ただ、何か行動するときにそれを目指さないことには、その何かをする意味すらないと私は思っています。
自分の好きでやっていることに対しては、なるべくなら自己満足と理想論の追求をしていたいと思います。

それはそうと、夜の山中には野生動物の声もまた響いています。
それは私が配置場所から少し離れた山中で一人で誘導していたときのことで、時刻はまだ夜の9時くらいでした。
選手が通らない時間が続き、山は静まりかえっていましたが、鹿がいきなりピーピー鳴き出したのです。
結構近かったのですが、鹿なら危険も少ないだろうと思って、その場を離れずにいました。
すぐにおさまるだろう、という根拠のない楽観的な観測もありました。
ところが、鹿はしばらく鳴きやみませんでした。
ピーピー鳴いてはまたピーピー、移動しながら鳴いている気配です。
しかもよく聞くと、鹿の鳴き声と鳴き声の間に、別の声が聞こえています。
ガルル、ガルル、と、低いうなり声がするのです。
その声に気づいた瞬間、本能的に恐ろしくなりました。
多分、肉食獣の声だと直感したのだと思います。
東京の奥山の肉食獣と言えば、ツキノワグマ以外には思い浮かびません。
ヤバイクマガチカイ!
と思うや否や、私は持ち場を離れて仲間の皆がいる場所へ一目散に引き返しました。
カッコ悪いことこの上ないのですが、マジでおっかなかったので、三十六計逃げろはしかたないのです。
仲間には恐くなって戻って来た旨を正直に打ち明けたのですが、なぜかガルルといううなり声のことは話せませんでした。
少し落ち着いてから考えると、熊ではなく犬のような動物の声だったように思えます。
山で犬なら狼…、というのは飛躍が過ぎますが、ハセツネコース上の大岳神社や武蔵御嶽神社は狼を祀っています。
大岳神社の護符。
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武蔵御嶽神社の護符。
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特に武蔵御嶽神社は狼信仰の一大中心地です*。
何かあってもおかしくないんじゃないの、という期待を抱かせるような環境ではあります。
まあ、十中八九で野犬、でなければ熊というのが妥当なところなのでしょう。
あり得ないことではないと言えるレベルのことではないことは承知の上ですが、あの声が本当に狼だったら歴史が変わるんだろうなと、ちょっとだけ夢想しています。
その声をまた聞くことができればよいのですが。
でもマジでおっかなかったな…。

*狼信仰については小倉美惠子氏の『オオカミの護符』が詳しくて読みやすいです。
https://www.shinchosha.co.jp/sp/book/126291/
私が山岳信仰に興味を持つきっかけになった、思い出深い本です。