竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主でしたが、2018年4月以降、骨折治療のためトレランは控えています。藤沢周平が好きです。

故地散策ー木曽路藪原2018夏2

私の曾祖父は中山道藪原宿の近郊出身の櫛職人だったそうです。
この夏TJARの聖地・スーパーまるとに巡礼*したついでに、私のルーツの一つである土地を散策してみることにしました。

http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/09/05/125025
曾祖父の生まれは長野県木曽郡木祖村藪原のどこかということなのですが、ピンポイントでどこという情報がありませんでした。
そこで今回はとりあえず、藪原の街を散策するだけ散策してみることにしました。

中央西線藪原駅は古い木造の駅舎です。
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近隣の名所案内には上高地とありますが、
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その距離なんと54km、それは近いとは言わないよと思いつつ、TJARの選手はその距離を繋いで藪原にやって来るのです。
改めてTJARのスケールの大きさを感じます。
駅から宿場に入るには、アンダーパスで線路をくぐらなくてはなりません。
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ここは川を利用したもので、その先にはレンガづくりの趣のあるものもありました。
宿場町。
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高札場の跡。
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公報の掲示板のようなもので、宿場の出入口に作られることが多いそうです。
ここでは京都側にありました。
少し歩くと、宿場時代の防火壁遺構がありました。
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隣には現在、消防団の詰所があります。
藪原宿には本陣もありました。
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大名の宿泊施設ですが、すべての宿場にあったわけではありません。
藪原宿鳥居峠越えを控えていたため、大名行列が一泊していくことが多かったそうです。
飛騨街道の追分。
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上高地方面への分岐で、TJARの聖地・スーパーまるとへ行くには、中山道を離れてこちらの道を行く必要があります。
少し高台に登ると尾張藩鷹匠役所の跡。
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江戸時代の木曽地方は尾張藩の領地でした。
藪原を流れる木曽川が伊勢湾に注ぐことを考えると、その結び付きも納得がゆきます。
わかりやすく残っているものはほとんどないのですが、この土地の歴史の積み重なりを感じることはできました。
遺構がなくとも、案内板などで土地の記憶を残して知らせることは大事なことだと思いました。

さて、今回の旅の目的の一つに、曾祖父の作っていたお六櫛を、その故地で手に入れるということがありました。
道の駅でも売っていたのですが、宿場町を散策しているときに見つけた櫛問屋の山六篠原商店で購入しました。
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藪原では珍しい、古い町家造のお店です。
創業は古く、曾祖父がまだ藪原にいた頃からあるようです。
そこで手に入れたのがこのお六櫛。
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お店の主人は福型と呼んでいました。
伝統的な型とのことなので、恐らくは私の曾祖父もこの型の櫛を作っていたのではないかと思われます。
このお店にも櫛を納めていたのでしょうか。
定かなことはわかりませんが、感慨深いものがあります。
使い心地はとてもよいです。
髪が薄い私の場合、歯の一部が直に頭皮に当たりますが、ほどよい刺激を受けてなんとも気持ちがよいのです。
もしかしたら生えてくるんじゃないか?
と、希望を持てるような気持ちのよさです。
生えるかどうかはわかりませんが、それとは関係なく、使い続けたいと思います。

そんなお六櫛ですが、お店の主人によると、今では職人が片手で数えるほどしかいなくなってしまったそうです。
先祖の従事していた産業が細っていくのは悲しいことですが、まだ残っていることには希望が見いだせます。
この先末永く残り続けてほしいと思いますし、できる範囲の協力はしたいと思います。
まずは自分で使い続けることから始めます。

中央西線跨線橋から鳥居峠方面を望みます。
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鳥居峠を越えて曾祖父は上京しました。
もし彼が上京しないで藪原に住み続けていたら、私は生まれることがなかったのだと思いますし、生まれていたとしても違う人生を送っていたのでしょう。
今生では旅人として訪れたこの土地が、生活の場であった可能性があります。
櫛職人を継いでいたり、まるとで働いていたりしたのかもしれません。
感傷でしかありませんが、今の私と全く違う私があり得たことについて、実感できる旅でした。
それでも、もしかしたら、木曽の山々を駈けめぐるトレイルランナーであったかもしれません。
なんだろう。
40歳になるのを前にして、こんな、そうであったかもしれない人生というものに思いが奪われてしまいます。
これは、不惑になる前にとことん迷い惑いなさい、という何かのメッセージなのかもしれません。
それならばもう少し、あり得たかもしれない人生を想像していたいと思います。

ただ、それでも共通する思いはまたそこにあります。
千葉の海岸で生まれ育った今生の私も**、木曽の山々に囲まれて育った私も、同じように山を駈けめぐる人生を送るのだとしたら、それもまた人生の綾なのかもしれません。
**
http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2017/03/06/204417
不思議なことに、骨折の影響でこの数ヶ月トレイルランニングをしない人生を送っていてなお、自分がトレイルランナーであるとの思いは消えないのです。
もしかしたら、私は私がトレイルランナーであることだけは惑わずにいていいよということなのかもしれませんが、それは本当に不惑になるまではわかりません。
でも、生涯トレイルランナーでありたいなあ。
そんなめんどくさい感傷を覚えた、故地への旅でした。

◇ふと藪原フォトコレクション
日本酒「木曽路」の湯川酒造
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御嶽海
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藪原神社
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彫刻
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百度参りの石
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極楽寺
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念ずれば花開く
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木曽路は雨の中
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木材運びのモーターカー
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木曽川の上流
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伊勢湾に向かって流れる
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タッチ
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