竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感が主でしたが、2018年4月以降、骨折治療のためトレランは控えています。藤沢周平が好きです。

人波の中をかきわけー板橋Cityマラソン2018レポート1

3月18日の板橋Cityマラソン2018に出場しました。
板橋区民である私にとって地元の大会であるため、いつも気楽にエントリーしているものの、相性がよくなく、なかなか結果を残せない、縁が薄い大会です。
今回もケガの影響と体調不良からの練習不足で臨み、5年ぶりにプライベートワースト(PW)を更新してきました。
不名誉ではあるのですが、果たせるかな、というものでもあったため、気持ちは意外と恬淡としています。

会場の最寄り駅、浮間舟渡には8時前に着き、浮間公園の北区側でトイレを済ませました。
浮間公園は北区と板橋区の境界になっていて、中央に大きな池がありますが、マラソン会場の戸田橋への導線は板橋区側の岸を通っています。
導線から外れた北区側のトイレは、板橋区側に比べれば空いています。
とはいえ数人は並んでいますが、検討に値すると思います。

いきなりトイレの話をしてしまった後になんだかなあなのですが、浮間公園は風光明媚と言ってもいいくらい、気持ちのよい公園です。
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風車に太公望に色とりどりの水鳥、奥の並木は桜で花見の名所でもあります。
2013年に板橋CityマラソンDNSした際、出場した友人をここで花見をしながら待っていたこともあります※。

http://chikusendobo.hatenadiary.jp/entry/2018/03/09/002818
当時はもう一週開催が遅かったので、今後は大会と桜が重なることがあるかどうかはわかりませんが、大会だけでなく荒川ランのついでにお花見なんてのもよいと思います。

会場には8時20分頃に到着しました。
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既に人出はピークを迎えている感じでした。
賑やかです。
そして、私はこのとき気がつくべきだったのです。
これだけ沢山の人に囲まれて走るということから自分がどれだけ遠ざかっていたか、それがレースでどういう意味を持つのかを、あらかじめ察しておくべきでした。
後々そのことで、レース中に大きなストレスにさらされることとなります。

とはいえ、その時は忘れてしまったサングラスのことで頭がいっぱいでした。
曇り予報だったため、なくてもいいと思って持参しなかったのですが、会場に着いたらかなりの薄さの薄曇りでした。
太陽は雲を透かしてくっきりと姿を見せています。
仕方ないので会場で2,000円のサングラスを購入しました。
自分の持っていないオレンジ系のレンズカラーを選んで、着替えを終えると、荷物預けが長蛇の列となっていました。
10分弱並んでいたでしょうか。
私の記憶が確かなら、昨年からこの行列を見るようになったと思います。
3年前に出たときにはこんなに並んでなかったのに、何て思いながらやきもきしていました。
荷物預けの方法はシンプルなので、何に時間がかかっているかがわかりません。
どうにかならないものなのかなと思います。

でも、何だかんだで10分前にはスタートブロックに並べました。
昨年は最後尾に回る途中に号砲が鳴ってしまいましたが、今年は所定の位置で号砲を迎えることができました。
9:00ちょうどに号砲が鳴ってから、3分弱でコースに飛び出すことができました。
私にとって、3年ぶりの本気のフルマラソンが始まりました。
スタートしてすぐに、人の多さにビックリしてしまいました。
今さら何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、ここ何年かトレイルランニングアクアスロンのレースにしか本気で臨んでこなかった私からは、参加者が15,000名を超える規模のレースの感覚が失われていたのです。
通勤電車か?
そう思わずにはいられないくらい、なんか面食らってしまったのです。
トレイルのレースなんて、多くてもハセツネの2,500人程度なので、文字通り桁が違うのです。
ロードなので渋滞することはありませんが、人波の中を走ることに慣れていない私は、大きなストレスを抱えてしまいました。
こんな当たり前のことすらわからなくなるくらいマラソンから離れていたんだなと思うと、何だか情けない気分になります。
本当はそんな必要はないのにもかかわらず。
人に囲まれ続けて走るのが億劫でたまりません。
別に渋滞しておらず、流れ続けて走り続けているのに、なんだか異様なストレスを感じてしまいました。
ストレスの強さは、トレランの渋滞よりもむしろ強い気がします。
フルマラソンは5回目の出場でしたが、こんな感覚になったのは初めてです。
普段の生活における私はそれなりに他人に気を遣いはしますが、どちらかといえば傍若無人の部類に寄った人間です。
だから、周りのことなど気にしなければいいのに、慣れていないのでそれができませんでした。

人の多さに戸惑いながらも、序盤はそれなりのタイムで進むことができました。
0‐5kmのラップが26分59秒、5‐10kmが26分54秒と、目標としていた27分30秒(1km5分30秒)よりは少し早いものの、安定した走り出しでした。
実質は、人波の中で右往左往していたため、イーブンで走っていられたわけではないのですが、ある程度ペース作りに成功していました。
10‐15kmは26分37秒、15-20km25分37秒とこの辺りでスピードが上がってしまいました。
ある程度人波が引いてきた距離ではありましたが、まだまだ回りに人が多くて、ペースを上手くつかむことができずに、近くのペースが安定したランナーに着いて走るも、練習不足がたたって私の脚が私の足を引っ張ります。
引っ張るというよりも早すぎのペースに押し上げてしまったのです。
人波の中をかきわけ、身体だけは前に進んでいましたが、その身体には着実に疲労が蓄積していきました。
39歳の地図はコースマップ上の軌跡として残りますが、早すぎた前半が終わり、激しく沈んだ後半へと引き継がれます。