竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

おしゃべりな37kmー奥三河パワートレイル2017レポート1

4月30日に開催された奥三河パワートレイル2017に出走し、48km過ぎのA4四谷千枚田でリタイアしました。
右ふくらはぎの上側に刺すような痛みが出て、下りはおろか平坦地でも走れなくなったため、大事を取りました。
元々左膝に故障を抱えていたのですが、恐らくそれをかばった右脚に負担がかかり、右膝周りに破綻が来たのだと思います。
リタイアは残念ですが、意外と淡々とした気持ちでいます。
というのも、レースそのものはかつてないくらい快調に過ごすことができていたので、全体として不満よりも満足感のほうが強いのです。

今回のレースには友人Aさんと同宿で参加しましたが、他にも友人Dさんが夫妻で参加していました。
Aさんとはスタート前に別れて、ゆるゆるとスタートしました。
スタート直後の眺望のよいところで雲海の写真を撮っていたら、後ろから出発したDさんに見つかり、その後A3までの道中を一緒に走りました。
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はからずも同行二人です。
Aさんもそうですが、Dさんも純粋なトレラン仲間ではありません。
元々の仲間がトレラン仲間にもなったという間柄です。
そのため共通の話題が多く、A3までの37kmのうち30kmくらいはおしゃべりしながら走ったり歩いたりしていたように思います。
まあ、ほぼ私がしゃべっていたのだろうとは思われますが…。
そんな状況だったため、この間コースのことは、記録はおろか、記憶もあやしく、あまつさえ、おしゃべりの内容すらほぼ覚えていません。
写真はこの一枚だけ。
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でも、なんか楽しかったなと、思い出すたびに思うのです。

ただし、おしゃべりの効用はしっかりと感じることができました。
一番の効用は、インスリンショックの際、気力を保てたことでした。
エイドで食べ過ぎるトレイルランナーである私は、12km過ぎのA1で出てきた「からすみ」という小麦粉を練ったお菓子が気に入ってしまって、ついつい4つも食べてしまいました。
オススメは黒糖です。
そんだけ食べたら当然のごとく、その後の登り坂の途中でインスリンショックがやって来て、猛烈な眠気に襲われました。
私にとってインスリンショックは、トレランに限らず日常生活でもよく遭遇する症状なので慣れてはいますが、辛いものは辛いのです。
症状が出ると、ロングトレイルのときは特に、コースをそれて休むことが大半です。
座り込まないまでも、木に寄りかかって目をつぶるのがいつものやり方でした。
ただ今回はDさんがいるので、どうにか眠気をがまんしながら、そして何かどうでもいいことを話しながら、休まずに乗り切ることができました。
Dさんも言っていましたが、誰かと話しながら行くと一人で黙々と走るよりも楽だとはよく言われることです。
それは私にとっても心身双方において当てはまります。
本当に助かりました。

さて、この日は気温が高く、特に標高をぐんぐん下げてゆくW1からA3までの区間は非常に辛いものがありました。
W1では青汁味のMAGMAと水、A2ではミニトマトのみ食べてすぐに出てしまったのですが、もうちょっと息を整えて、ペース配分の作戦をしっかり立ててから走り出せばよかったなと今にして思います。
25km過ぎのA2からは川沿いの林道なので川の音が気持ちよく感じもしたのですが、木がなくて日射しのきついエリアだと、標高の低さも加わって一気に体感温度が上がります。
暑さに弱いトレイルランナーである私は、「暑いよ~」と何度口にしたかわからないくらいボヤキながら、ペースを緩めて下って行きます。
この暑さに、2015年の比叡山インターナショナルでリタイアした時の記憶がよみがえります。
その時はDさんと一緒に走っていたわけではないのですが、先にリタイアしたDさんがくれた、ビール飲んでお風呂に入ってるという連絡を見て、私も人生初リタイアを決断したということがありました。
その後、延暦寺の会場に戻る途中に、八瀬のケーブルカーで出会った応援者の方が、小さなファンタをごちそうしてくれたこと、何だか忘れられません。
あれ以来、小さなファンタを飲んでないような気がします。
余談が過ぎましたが、ファンタはないものの、二人ともリタイアという結果は今回も同じことになるのです。

林道を下りきると、37km過ぎのA3小松までの4~5kmはロードを走ります。
太陽に焼かれながら走るこの区間が、気持ち的には一番きつかった区間です。
このレースは基本的に北から南に向かう設定のため、晴れていれば太陽に吠えろじゃなくて太陽に走れというコースになっています。
少し下ってから赤い大きな橋を渡ると登りになります。
特にこの登りは斜度が微妙で、走れることは走れるのですが、気温によっては走りたくないようなところでした。
それでも地元の方の応援には応えたいので、見えているところだけは走るようにしました。
翌日に宿の風呂で会った同宿の参加者のかたは「神流よりも応援が熱い気がする」とおっしゃってましたが、奥三河パワートレイルの「パワー」には、この熱さも含まれているのかもしれません。
私も応援やエイドのボランティアの熱を強く感じました。
特に田口高校陸上部の皆さんは、灼熱のロードや山中の至るところで熱い応援を繰り広げてました。
おじさんになりかけた年齢のトレイルランナーである私は、こういう若者たちを見るといつも、いつか彼らの誰かと同じ参加者として一緒に山を走れたら面白いだろうなと思うのです。
トレイルランニングはどうしてもお金がかかるため、平均年齢が高いスポーツですが、若者達の参加が増えて老若男女で楽しむのが当たり前になると、これまでとは違った面白い展開が見られるのではないかと思います。
そのためには、世の中のおじさんやおばさんが、若者の所得を上げるためにがんばらないといけないなと思ったりもします。
また余談が過ぎましたが、熱い応援を受けながらも、暑さにやられてトボトボと歩くくらいしかできずに残りのロードを進みました。

A3小松の前では、愛しさと切なさと心強さとじゃなくて、戦隊ヒーローと雑魚キャラの皆さんと鎧武者とがお出迎えをしてくれました。
山里の鎧武者という字面にはそこはかとない八墓村感が漂うのですが、ここの鎧武者は祟るのではなく熱く応援してくれました。
5時間15分程で到着、ここでDさんは先着していたDさんの友人と一緒にリタイアしました。
私はこの時点で既に脚に違和感があったものの、時間には余裕があるのでなんとか行けるだろうと判断し、15分ほど休息をとってスタートから5時間30分が経過する、12時ちょうどに出発することにしました。
Dさんはすきあらばリタイアを勧めてきましたが、いったん行く気になってしまった私はにべもなく断り続けました。
その後A4でリタイアした私が宿に帰ると「だから一緒にリタイアしようって言ったのに!」と笑ってました。
結果的には誘いに乗っても同じでしたが、A3からA4四谷千枚田までの山道は、辛くもありましたが楽しい道のりでもありました。
誘いに乗らなくてよかったなと、行ってよかったのです。
12時ちょうどに出発、おしゃべりばかりの37kmが終わり、11kmの厳しい山道が始まります。