竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

懐かしい痛みよー故障の記憶

美ヶ原トレイルラン2017のレース中から痛みだした左アキレス腱ですが、3週間経過した今も回復していません。
また、菅平で転んで強打した右膝周囲の発作的痛みも、相変わらず出てきます。
その間に安静にしていなかったということが一番悪いのですが、しばらくはレースもないため、ランニングや山行を控えたり、苦手なストレッチに励んだり、セルフケアに勤しみたいと思います。

このアキレス腱炎という故障を抱えるのはずいぶん久しぶりで、前回は20年以上前にもなります。
当時は高校生でバドミントンをしていたのですが、左右両方に発症してしまい、2ヶ月くらいは脚を使った練習ができませんでした。
そういえば、あのときもやはり7月に症状が出始めました。
期末試験前の練習で痛め、試験休みを過ぎても回復せず、夏休みの練習を棒に振ったのです。

今回は左だけですが、その時と全く同じ痛み方をしています。
左右のアキレス腱に触れてみると、左が右の1.5倍くらいに腫れているのがわかります。
往時よりはましでしょうか。
発症時にさほど慌てなかったのは、懐かしい勝手知ったる故障だったからでした。
久しぶりだね、会いたくなかったけどね。
くらいの心持ちで、とりあえず受け入れることができましたが、長い付き合いになることは覚悟しなければなりません。

よくよく思い返してみると、高校生の私は若いなりに苦しんでいたなと思います。
アキレス腱を痛める半年ほど前の冬に肘を痛めてしまい、ラケットを使った練習ができなかった私は、冬の間に脚力の強化ばかりやっていました。
たぶんその時の疲れや無理が足腰に溜まっていて、夏を前にしてツケを払わされたのだと思います。
もともと5kmくらいの道のりを自転車通学していたのですが、痛みがひどいためバスを乗り継いで通う羽目になりました。
夏休みのハードな練習もすべてはこなせず、不全感で悶々としていました。
それどころか、この先バドミントンができなくなってしまうという不安や恐怖、挫折感、あきらめ、自責の念、罪悪感、自嘲…。
こうしたあらゆる黒々とした気持ちを、大量に抱え込んでいました。
このときの苦しみは強烈で、痛いからできない、が、できないからやりたくない、に簡単に変わってしまいました。
故障が明けても、プレー自体を楽しめなくなった私は、大学に入ると競技としてのバドミントンからは離れました。
今でもバドミントンは好きなのですが、当時の強度でプレーしたいかと問われれば、したくない、とはっきり答えると思います。

こう振り返れば苦しみと苦味だけしかないような思い出なのですが、悪いことばかりでもないと今では思うことができます。
当時色々な医師や鍼灸師に診てもらった経験は、自分の身体の見方を覚えるという意味で、少なからず今の私の糧になっています。
私自身の黒々とした気持ちにあれだけまとまって向き合わされたのも、たぶん何かの役に立ってきたと思います。
何よりも、年をとって同じ故障を抱えても、大して落ち込まずにすんでいます。

私は本来、経験すべてが尊いとは単純に考えておらず、むしろ、人生を決定的に傷つけるような経験などはこの世から無くなれ、ぐらいの考えの持ち主です。
「これも経験だから」「いい経験になるよ」などといった、物のわかったような言葉に附随する苦しみを、受け入れなければならない理由などどこにもないのです。
私の経験は私のものでしかなく、他人があらかじめ評価して与えるような筋合いのものではないのです。
それを踏まえても私は、あのひどく苦しかった時期と同じ痛みを抱えている現在を、淡々と受け止めています。
あの時の黒々とした気持ちを、同じ痛みを抱えている今、感じることはありません。
20年以上余計に生きてきて、私が、一言で言えば鈍感になっていて、それに希望を交えた解釈をすれば、図太くなっているのだと思います。
でもそれは、私の経験に対する私の評価です。
誰もが同様の痛みや苦しみを経験するべきだ、とはみじんも思っていません。
本当は痛くて苦しい経験なんて、しないに越したことはないのです。

まあ、とりあえず早く治ればいいのですが、あのときの私から20年以上余計に生きてきた分、治りも遅くなっています。
そして、もしこれから黒々とした気持ちがわいてきてしまったとしたら、故障が明けたときに自分がトレイルランニングを嫌いになっていない保証はないのです。
でも、それは治ってから心配すればよいのです。
まずは図太く待つのみです。
そして、私が山を嫌いになる保証も一切ないのです。
図太いなあ、私。

2017年下半期の出場予定

負傷に故障にDNF3回、2017年の上半期はネガティブな事柄だらけなのが振り返るとよくわかるのですが、希望がなくもなかったかとは思います。
今後の出場予定は以下の通りです。

9/3日 千葉市海浜アクアスロン:泳600m・走5km
9/10日 信州戸隠トレイルランレース:50km
9/24日 若狭路トレイルラン:15km
10/14土 東京湾アクアスロン:泳500m・走5km
11/18土 FTR100K:105km

菅平と美ヶ原の2レースに完走できたため、次の戸隠のレースに完走できれば、フィールズが長野で開催する3レース完走者に贈られるビューティフル・トレイルin信州トリプルマスターズの特典が受けられます。
今年の唯一現実的な目標なので、ここまでに足と脚の状態を戻して完走できればと思います。
戸隠のレースは、前に参加した2015年のレースから距離が長くなっているため、その分の覚悟をもって臨みたいです。
若狭路トレイルランには、友人BさんのITRAポイント獲得シリーズに乗っかった形ですが、私の出場する距離は対象外です。
FTRは第1回大会から3年連続3回目の出場です。
今年は足と脚の状態次第で色々考えなければならなそうです。
DNFしかり、DNSとかボランティアにまわるとか、その辺も検討対象に入ってきそうです。
まずは戸隠で、自分がどれだけやれそうか、状態を見極めたいと思います。

アクアスロンは水泳とランニングのデュアスロンですが、昨年初めて参加した東京湾アクアスロンで、その面白さを知りました。
小学生の頃にずっと水泳を習っていた私は、一応の甲斐があって、一通りは泳げるようになりました。
とはいえ中学と高校でバドミントン、大学ではラグビー、社会人になってからはフットサルとランニングに登山というように、水泳で他人と競うことがない人生を歩んできました。
よくよく思い出せば、水泳を習っている頃ですら、大会はおろか記録会にすら参加したことがありませんでした。
小学生の私は既に一人前のめんどくさがりで、レッスンの日以外にプールに行くのが面倒だったのです。
そんなものなので、昨年の東京湾アクアスロンが私にとって初の水泳の競技経験となりましたが、会場の稲毛の浜は私の故郷ということもあり、かなりお気楽に出場しました。
最初に海を500mを泳ぎますが、水泳は男子の出場44選手中36位でした。
ラン5kmでは順位を上げて男子全体の15位でフィニッシュしたものの、途中でコースミスしてしまったため、本当は失格です。
故郷の海でしょっぱいデビューとなりましたが、楽しかったことは楽しかったので、今年は出場数を増やしました。

今年初出場の千葉市海浜アクアスロンは、稲毛の浜に隣接する稲毛海浜公園にある市民プールが会場になります。
水泳はオープンウォーターではなく「流れるプール」を2周するコースですが、このプールも昔よく遊んでいた場所です。
稲毛の浜や稲毛海浜公園に付く「稲毛」というのは埋め立て前の歴史的な地名で、現在は浜もプールも「高浜」という町にあり、この高浜で私は生まれ育ちました。
なので、今年出場するアクアスロンの2戦を、勝手に高浜アクアスロンシリーズと命名して、故郷を堪能したいと思います。

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新装備のトライスーツ。
高浜アクアスロンシリーズでデビューです。
私の両親は現在住んでいないため、私が故郷を訪れる機会は、この高浜アクアスロンシリーズ以外にはほとんどありません。
ノスタルジーは最強の感情だと常々私は思っていますが、この機会に満たしておきたいと思います。

余韻ー美ヶ原トレイルラン2017余録3

私は美ヶ原トレイルランでは後泊するのを恒例にしていますが、落とし物を探すために今回初めてレース翌朝の会場を歩くことになりました。

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私はこうした祭りのあとの風景に漂う寂しさに、なぜだか心ひかれます。
ただ、終わった寂しさの向こうに、何かがまた始まる楽しさの芽があるようにも思っています。
始まったら終わりますが、終わったら始まります。

昨年の美ヶ原の次のレースは、UTMF2016でした。
初の100マイルレース挑戦だったため、美ヶ原のすぐ翌週からトレーニング山行を始めました。
7,8月の毎週末、9月になってもレースの2週前までは毎週、どこかの山で走り込むといった夏を過ごしていました。
終わったと思う間もなく、始まっていたのです。
今年は、まだ次が始まっていないところが、昨年と大きく違うところです。
足と脚の故障を抱えてしまったので、負荷がかかるようなことはせずに、余韻に浸りながら夏を過ごす計画を立てたいと思います。
とか言いながら先の海の日がらみの日月、八ヶ岳天狗岳に歩きで山行してきました。
下山してから故障の痛みを噛み締めているところなのですが、それはまた別の機会に。

余韻に浸ると言えば、南の耳のことが気になります。
今年のレースでは行くことがありませんでしたが、いつかの週末や三連休などで行ってみてもいいのかもしれません。
3回出場した美ヶ原トレイルランの記憶に、あのピーク周辺の景色が、なぜだか強く残っているのです。
南の耳は正確には「美ヶ原」にはなく、霧ヶ峰とか車山高原の奥に続く草原地帯にあります。
しかし、草原地帯の柔らかで穏やかな緑と、足下の硬くゴツゴツとした岩の感触が、私にとっての美ヶ原トレイルランの象徴となっています。
たぶん、象徴であるこの場所に来なければ終わらない、そうどこかで思っているのかも知れません。

もう終わっちゃうね。
美ヶ原トレイルラン2016の終盤、南の耳で言葉を交わした方がそう言っていました。
もしかしたら、私にとっての美ヶ原トレイルランの終わりは、フィニッシュゲートではなく、南の耳から見える景色なのかもしれません。
だから、今年の美ヶ原トレイルランはまだ終わってないとも言えます。
でもまた始まるね。
昨年のフィニッシュ後、私はそう思いました。
今年はどうだったかな。
終わらなければ始まらないけど、終わらないものは終わらないのです。
そして、終わらないなら終わらないまま、それはそれでよいのです。
余韻にひたりながら、足と脚の回復に努める夏にしたいなと思います。

ハローグッバイー美ヶ原トレイルラン2017余録2

美ヶ原トレイルラン2017の装備雑感です。

今回が初レースとなったものと、引退レースとなったもの達です。

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上が初使用のHALOの汗止めバンド、下は最後となったサロモンの手袋です。

HALOは「ハロー」ではなく「ヘイロ」と呼ぶそうですが、汗止めバンドとしてはド定番だと思います。

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バンドと黄色のシリコンで、汗が目に入らないように完全にブロックします。

今回は汗もさることながら、雨対策としても使用しました。

上にキャップをかぶってのダブルブロックですので、結果は上々、なんの液体も目には流れ込んできませんでした。

このヘイロはもともと、キャップの異臭軽減目的で友人Dさんの友人から譲り受けたものです。

キャップが吸収する汗の量を減らせれば、異臭も和らぐのではないか、という仮説の検証を目的として拝領しました。

レース翌日の洗濯の際、キャップの異臭がいつもの1割くらいしかなく、所期の目論見も当たったように思えます。

しかし、今回は汗よりも雨にさらされた時間が長いので、検証の条件としては不十分です。

別の機会に再検証してみます。


引退はサロモンの手袋。

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6月の菅平でこけて、両手ともに穴だらけになりました。

2015年の夏から使い出していますが、手のひらの滑り止めもほとんど失われています。

今回がレースで使うのは最後と決めていて、会場の佐藤スポーツで後任も購入していました。

このレースが終われば、予備としておとなしく余生を送らせようと思っていましたが、なんとフィニッシュ会場で右手を失くしまいました。

ここで順序が大切なのですが、最後と決めたレースで紛失したのであって、紛失したから最後のレースになったのではありません。

翌朝、僕の右手を知りませんか、とばかりに、宿やフィニッシュ会場をくまなく探して歩きましたが、僕の右手は見当たりませんでした。

かわりに他の人の右手や左手、右足や左足はあちこちに落ちていました。

レース翌朝は晴れていたのですが、青空と山の緑と泥々の手袋や靴下の配置が、妙にシュールでした。

皆よく忘れるなあ、と思いましたが、それを言えば私もです。

しかも、引退するサロモンの手袋の先代はやはりサロモンでしたが、2015年の美ヶ原でフィニッシュ後にペンション付近で紛失していたことを、今になって思い出しました。

なんとまあ、同じ場所で同じことをやらかしていました。

犯人は現場に戻るとはよくいったものですが、再犯かよ…。

残った左手の使い途は、少しだけ考えてみます。

ないだろうな…。

やっぱボナッティ、ミュータントー美ヶ原トレイルラン2017余録1

美ヶ原トレイルラン2017の装備です。

頭:HALO汗止めバンド
帽子:イノベイト
首:手拭い
シャツ:カステッリサイクルジャージ半袖
アンダーシャツ:マーモットPPノースリーブ
アームカバー:ファイントラックアクティブスキン
手袋:サロモン
ズボン:ノースフェイス腹巻きパンツ
タイツ:C3fit
カーフスリーブ:CEPグリーン
靴下:C3fitペーパーソックス
靴:スポルティバミュータント
リュック:オスプレイデューロ6
雨具ジャケット:サロモンボナッティ
雨具ズボン:ノースフェイスストライク
水分:オスプレイハイドレーション1L(水)、サロモンソフトフラスク500mL(スポーツドリンク)、オスプレイソフトフラスク500mL(予備の水)

今回は雨予報だったため、雨具のジャケットはサロモンのボナッティをレース装備にしました。
レース中のトータル、最低でも9時間は着ていたと思います。
断続的に雨が降り続き、簡単に脱げないような状況となっていたのです。
ボナッティはなんと言ってもストレッチがすごいのです。
私は身長177cmでMサイズを着ていて、大きめということもなくほぼジャストフィットなのですが、装備パンパンのリュックを背負った上からでも着れてしまうのです。
しかも、前のジッパーもちゃんと上まで上げることができます。
これで身体も装備も濡らすことなく走ることができるので、雨とわかっているレースには欠かせません。

また、フロントにはファスナーのほかにスナップボタンがついており、暑いときには前面を開放して、マントのように着用することができます。
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胸の上の方に細い紐が見えるでしょうか。
そこにスナップボタンが仕込まれています。
袖もひじまでまくり上げるのが簡単な設計になっていて、温度調節に便利です。

ただ、パンパンの装備の上から着る分、シルエットはおかしなことになります。
あとで写真を見ると、胸と背中が不自然に膨れ上がっていて、サイボーグとかモビルスーツのようなメカ的ハリボテ感があるのです。
私のボナッティは緑色なので、ネモとかジェガンみたいになってしまうと言えば、わかる人にはわかるでしょう。
気分は量産型です。

後はミュータント、越後の仇を信濃で討ちました。
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櫛形ウインドトレイルのタイムオーバーの借りを返した形になります。
しかも、こけなかったのは大きいと思います。
櫛形ウインドトレイルでは泥の下り坂で一回こけています。
ダブルでやりました。
昨年もこのミュータントは美ヶ原と土砂降りUTMFをノーこけで完走に導いています。
私にとってミュータントは、走破性が高く、踏破性にずば抜けて優れた靴です。
雨降りと泥沼には、これからもミュータントです。
ただ、昔からなぜか、私の好きなものはなぜか、廃盤になりやすいのです…。
そうならないよう祈っています。

好きも苦手もマイナスのフィニッシュー美ヶ原トレイルラン2017レポート6

美ヶ原トレイルラン2017のレポート第6段です。
もういいかげんフィニッシュします。
16:05に大門峠のA6を出発して、フィニッシュを目指します。

雨はすっかり上がって、夏空が見えていました。
もう雨具はしまいましたが、風が少し強かったのでアームカバーを準備して走り出します。
ここまで来れば、今までの膝にやさしく大作戦だとか脚は消耗品だとかのキャッチフレーズが、ほぼ必要のない距離になります。
フィニッシュまでもコース変更があり、殿城山の急登を経て南の耳を回る、霧ヶ峰や車山高原の奥座敷にあたるエリアがカットされていました。
私がこのレースで一番好きな場所に、今回は踏み入れることなく終わります。
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昨年の南の耳。
19:00近くにしてなお明るく、やわらかい緑が目に染みます。
私はこの美ヶ原トレイルランの最終盤に訪れる、南の耳を巡るトレイルの景色を楽しみにしているのですが、実はそのトレイル自体には苦手意識を持っています。
景色は大好きですが、足元は苦手でどうしょうもないのです。
この辺りのトレイルは露出した岩や浮き石が多く、70km以上進んできた足にはとても厳しいのです。
私は昨年も一昨年も、景色に見とれながらも地面の硬さに泣きそうになっていました。
好きだけど苦手という相反するものを、私は南の耳周回エリアに感じています。
でも、今回はそのどちらもないのです。
好きな景色を見られない喪失感はあるものの、苦手なトレイルを走らなくてよいので、気が楽であるのも事実です。
好きも苦手もない、ある意味ニュートラルなフィニッシュへと向かいます。

コースは、殿城山登山口の入口まではいつもと同じルートをたどります。
そして、いつもは左折する殿城山の分岐を直進して、エコーバレースキー場を目指します。
短くはありますが、美ヶ原トレイルランのどのカテゴリーでも、普段通りならば通らない道です。
エコーバレースキー場からは明け方に下った道を登り返すようです。
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私は80kmしか出たことがないので、ここの景色は新鮮に感じました。
林道のような、スキーの林間コースのような、とにかく広くて走りやすいトレイルを、このときは徒歩の急ぎ足で登り返します。
脚は消耗品として大事にしすぎたせいか、いつもは売り切れているはずの脚が、若干売れ残っていました。
また、殿城山の急登がない分、登りに飢えていたとも言えるかもしれません。
この登りは、レース終盤とは思えないくらいに元気に登れました。
スキー場を登り詰めると、明け方に渋滞した急斜面にたどり着きます。
ここはトレイルが崩壊してしまっていて、笹原の中に何本かの副路ができているなど、今後が心配な状況でした。
比較的水分は抜けているものの、泥の斜面なため足場が弱く、体重を足にのせて登ると滑りそうになります。
難儀しましたが、そこさえ抜ければゲレンデトップまではあと少し。
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レンゲツツジと遠景。
もう終わっちゃうな。
若干さびしくなります。

急斜面を登りきると、ブランシュたかやまのゲレンデトップにたどり着きます。
ここから4kmの下りです。
例年、ここだけはかっ飛ばしていました。
かっ飛ばすといってもキロ5分を少し切るくらいの速さですが、ここで走らなきゃいつ走るんだ!と自分に言い聞かせ続けて走るのは、なかなかスポ根感があって楽しいのです。
今年は売れ残っているとはいえ、かっ飛ぶ痛みに耐えられるような足や脚ではなく、自重モードを全開にします。
今年は、安全第一ケガしない、安全第一ケガしない、と呪文やお経のごとく頭のなかで無限ループです。
このレース、実はここまで一度もこけていませんでした。
ぬかるみの泥沼地獄や滑り台のような坂でも、なんとかこけずにやり過ごしてきていました。
最後のゲレンデは泥沼でも滑り台でもありませんでしたが、時折浮き石が草のなかに隠れていてなかなか油断がなりません。
先月の菅平では、フィニッシュまで数キロ地点で石につまづき転倒して負傷しました。
その負傷による故障が癒えず、この美ヶ原では膝にやさしく、自重モードでレースに臨むことになっているのです。
脚力と集中力が落ちる終盤の下りは、転倒リスクが高いです。
また、菅平の轍を踏むわけにはいきません。
安全第一ケガしないの呪文を唱えながら、一歩一歩、忍者ミネヒロで刻みながら下り続けました。
途中に残りの距離表示があり、スピードを例年並みに上げれば14時間を切ってフィニッシュすることができそうでした。
しかし、そこで色気を出して転倒でもしたら、打ち所によっては選手生命の危機にもつながりかねません。
あと、短縮レースで記録を狙ってもなんだかなあ、みたいな思いもありました。
そもそも狙ってなかったのに、あと3kmから狙ってもね…。
安全第一ケガしない、呪文で頭を満たし、一歩ずつ進んでいきます。
まだ明るい時間帯にヘッドライトなしでここを下ったのは初めてでしたが、夕方の空の明かりで走りきることができました。
フィニッシュ手前には、Aさんが待ってくれていました。
挨拶をしてフィニッシュゲートをくぐります。
18:02、14時間2分14秒のフィニッシュでした。
Aさんに写真を撮ってもらったり、かろうじて残っていたふるまいの馬肉うどん(残り10人前と言われました)を食べていたりしていると、なんとAさんが生ビールをご馳走してくれました。
レースの文字通り直後のビールに肝臓はビックリでしょうが、一度もこけなかったことへのご褒美としては何よりもありがたく、最高でした。
ご馳走さまです。
たまらんです。

一度宿に戻り、フィニッシュワークを一通り済ませてお風呂にも入ってから、フィニッシュ会場に戻りました。
帰ってくるランナーをツマミに、もとい応援しながらビールを飲んで、1人で呆けていました。
今回は短縮ということもあり、膝の不調を抱えながらも完走することができました。
所期の目標は達成しましたが、好きな景色を見ることはできませんでした。
タイムは正直言って悪い方ですが、レース中にずっと意識清明でいられるほど体調がよかったことは、大きな喜びでした。
結局、プラスもマイナスもないのかもしれません。

そうこうしているうちに、最終ランナーが帰ってきました。
ビールの酔いでフワフワした頭が、感慨で一杯になります。
あんな雨にもかかわらず、よくやったよ。
最終ランナーのフィニッシュは、祭のクライマックスであると同時に、終わりでもあります。
ヒュ~
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どん
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どど~ん
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本当によくやったよ。

泥々のプラス25分ー美ヶ原トレイルラン2017レポート5

美ヶ原トレイルラン2017のレポート第5段です。
長門牧場で20分ほど休んでから、霧の中へ吸い込まれるような感覚でスタートしました。
目指すは大門峠のエイドステーションです。

牧場の回りは、これから進む央分水嶺トレイルの森の木々に取り巻かれていますが、今日はうっすらとシルエットしか見えません。
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この森に入る手前で雨が土砂降りになりました。
急いで森に逃げ込みますが、大量の雨粒が森の木々の傘をすり抜けてきます。
木漏れ日ならぬ木漏れ雨といったところです。
下半身までずぶ濡れになり、体が冷えていくのを感じました。

足元は一言で言えば泥沼でした。
山道一面が泥沼なのです。
写真を撮ればよかったのですが、雨具をリュックの上から着込んでいてスマホがすぐには出せなかったのと、落としたときの被害の大きさとを考えて、しばらくはスマホを出すのを控えました。
とにかく泥の中に突っ込んでいくしかない状況なのです。
私は、マラソンにハマった!!!、というブログが好きでよく読んでいるのですが、その著者の方も今回出場していました。
レポートのなかに、足場を選ぶよりもジャブジャブ突っ込んだ方が速いというような記述がありますが、まさにその通りで、そもそも足場になるような場所すらないのです。
また、私はこのとき左アキレス腱の違和感が痛みに変わっていたのと、両足の内くるぶし回り、アーチの頂点あたりの痛みが強くなっていて、走るのをやめていました。
そもそもあんまり走ってなかったじゃん、と言われたらその通りですが、長門牧場からの中央分水嶺トレイルはフラット多めの下り基調で、本来ならば走りやすいエリアです。
しかし、今回は色々な意味で足元が悪く、ほとんど走れません。
それでも昨年比2時間の余裕(長門牧場出発時で1時間50分に減ってました)があるので、食いつぶしながら進む肚を決めました。

降りやまぬ雨の森をトボトボ、グチャグチャ進んでいきます。
もう靴を履いているのか泥を履いているのかわからないくらい、泥沼そのものを進みます。
少し水分の少ない場所では、ランナーが作った轍のようなものができていましたが、これがまた奇妙な形をしていました。
写真がないのがつくづく残念ですが、道の真ん中だけが馬のたてがみのように10cmほど盛り上がっているのです。
2本の凹みの真ん中に薄く盛り上がりがあるのが通常の轍だとすると、脇の凹みがなく、真ん中だけが盛り上がっていました。
泥が踏み寄せられて高く盛り上がったのでしょう。
ランナーの右足と左足の間隔が、そのたてがみの幅にあたるようです。
粘りけの強い土だから出来る轍なのでしょう。
面白いものを見たと思いますが、このあとどうやって復旧させるのか心配でもあります。

コースは女神湖の付近で一瞬ロードに出ますが、すぐにまたトレイルに戻ります。
そのトレイル入口に、恒例の前橋トレラン部私設エイドが出ていました。
この私設エイドにはいつも助けられています。
昨年はここでコーラかなにかもらって、熱中症気味のフラフラ状態から息を吹き返しました。
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今年は体が冷えていたこともあり、カレーライスを少しと温かい紅茶をいただきました。
本当にありがたいです。
ごちそうさまでした。

その後も泥沼のトレイルは続きますが、少しずつ状態はよくなっていきました。
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このあたりに来ると、沼に踏み込まなくとも進むべき足場があります。
14:30を過ぎて雨も少し弱まり始めました。
また、エイドで少し気が緩んだのか、少し集中力に欠けるサインが出てきました。
そんな時は写真を撮るに限ります。
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何度も見ているのに名前を知らない花。
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水分の少ないネチョネチョな泥の道。
このタイプの路面が一番バランスを崩しやすかった気がします。
それなりに固さがあるので、踏み込んでもグリップが効くまでソールが食い込まないのです。
こういう場面でも、ヤマケンの「俺は忍者!」は、こけないようにバランスを保つのに役に立ちます。
今回それに加えて「忍者ミネヒロ」なるキャラを作り上げて、万全を期しました。
ミネヒロとは、プロトレイルランナー・横山峰弘さんのことで、忍者と結びつけたのは初回UTMFのドキュメンタリーを思い出したからでした。
2012年のUTMFを追ったドキュメンタリーで見た、手術した足に痛みを抱えた横山さんは、着地による負担を軽減するために、小さいステップを刻み続けていました。
その姿を思い浮かべて、足をチョコチョコ動かしステップを刻んで軽く走ったりしました。
痛みの程度は違うと思いますが、今の私にもちょうどよい走り方でした。
そして、こういうときはもれなく脳内ミュージックの登場です。
忍者ミネヒロただ今参上!テケテン♪山を越え…
てな感じで、往年の忍者アニメの主題歌がループしていました。

往年と言えば「風雲たけし城」という番組を知っている方ならわかるかもしれませんが、竜神池、というアトラクションを覚えているでしょうか。
飛び石で池の対岸に渡るのですが、飛び石の中に水に沈むハリボテが混じっていて、それを踏んでしまうと水に落ちてしまうというアトラクションです。
今回、その竜神池か!というような場所がトレイル上に現れました。
そこは中央分水嶺トレイルの終盤で、雨が降っていなくとも例年薄く水没しているような、平坦な湿地帯のトレイルでした。
しかし、今年はその湿地に大きな木のブロックが飛び石のように設置されていました。
前日の説明会で聞いていたため、実物を見たときは竜神池みたいだなと思ったものの、通りやすくなるんだなと安易に考えていました。
むしろ、毎年普通に走れるところの方が難所だったな、逆転してるなと思ったほどです。
距離にして50m強でしょうか。
ブロックを伝っていけばすぐ終わると思っていたら、そうは問屋が卸さなかったのです。
なんと、踏んだブロックがザブンと水に沈んでしまうのです。
全部がそうではありませんが、恐らく設置時よりも水量が増えて浮いてしまったのでしょう。
竜神池、もしくは千葉県野田市清水公園の水上アスレチックのようです。
幸い私は体重が重いので、浮き上がるブロックを押さえつけることができますが、これも慎重にやらねばバランスを崩して水にドボンです。
大変なことになってはいましたが、このとき私の顔は恐らく笑顔だったのではないかと思います。
不惑目前になってもこんな遊びができるなんて、楽しくて仕方がありません。
忍者ミネヒロの効果もあり、無事にリアル竜神池を乗り越えて、大門峠に向かうこの区間最後のアトラクションもとい難所に向かいます。

いわゆる激坂と呼ばれる坂はどのレースにも多少はあると思いますが、そのなかでも私は、この美ヶ原トレイルランの大門峠付近の激登りが大好きでたまりません。
去年、私はこの区間を関門時間に追われながら走っていました。
熱中症寸前で気力体力に難があり、走ることができなくなっていました。
竜神池からのトレイルを終えて、ロードの橋を渡るとすぐに登りトレイルに入り、少し進むとその坂にたどり着きます。
難所に燃えてしまうトレイルランナーである私は、2年前の初参加の時に、雨で泥の滑り台と化したこの激坂を登る楽しさに、ガッチリ捕まってしまいました。
標高差にして100mないのですが、斜度が激烈のため時間がかかります。
ここを一息で登れたら、私はきっと強くなる。
そういう感覚を覚える坂なのです。
実に走りたくなる坂である~、というのは物理的に無理なのですが、全力をぶつけるのにふさわしい坂です。
昨年は、足元が乾いていたため、この坂を一息で登ることができました。
そこで本格的に息を吹き返したのです。
一言で言うと、スイッチが入りました。
そこからは元気が戻ってきて、大門峠を関門時刻5分前に通過し、危なげなくフィニッシュに至りました。
今年はまた雨の影響でアトラクション状態なことは容易に想像がつきますが、アトラクション上等、難所上等、どんとこいなのです。
今年もここでまたスイッチを入れたいのです。

長かった雨は、激坂手前のトレイルでやみました。
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15:30より少し前でした。
木漏れ雨が退き、木漏れ日が強く射しています。
そしてお待ちかねの激坂、またの名を泥壁地獄とかマッディウォールとか呼ぶとか呼ばないとか、満を持して登場です。
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ここはとりつきの写真なのですが、斜度が半端ないことがわかるでしょうか。
写真が撮れるような状況はここでおしまい、後は全力で登るのみです。

この坂を安全に登るには、コース取りに秘訣があります。
ロープが垂らしてあるのですが、とくに坂の下部ではロープ周辺の足場が悪くなることが多いので、できるだけ避けた方が無難です。
トレイルの右端や左端は比較的足元がしっかりしているため、ときには坂を横断するなどして、うまく足場を見つけながら進んで行くのがおすすめです。
今年は泥の壁になっていたこともあり、足場探しに難渋しました。
一息で登りきるというわけにはいきませんでしたが、それでも楽しかったです。
ここでも私は薄笑いを浮かべながら進んでいたのだと思います。
難所、とくに激登りは大好物です。
今年もスイッチが入りました。
坂の頂上からA6大門峠までの下りトレイルを快調に走り、15:55にエイドインしました。

長門牧場からここまで2時間20分かかりました。
昨年は、熱中症でフラフラになりながらも、1時間55分で大門峠にエイドインしていました。
このプラス25分の原因は、足の痛みと泥沼とで、まともに走れなかったことにあると思います。
激坂にも時間をかけてしまいました。
雨が強くて体が冷えたことも、スピードが落ちた要因でしょう。
ただ、下半身が冷えたことでお尻の筋肉の張りがやわらいだのはあながち悪くなかったと思います。
体調自体は非常によく、昨年のフラフラでヘロヘロな状態とはほど遠く、快調だったとも言えるのですが、時間は余計にかかってしまいました。
要は、どんなにか快調でも、走らなければ時間はかかってしまうということのようです。
昨年の体調は最悪でしたが、足の痛みはなく、足元も普通のトレイルだったため、走れるところは走っていました。
長門牧場に向かう林道でタイムを落としたのも、同じことです。
タイムは走った距離にしか応えないのです。
しかし、タイムは落としても、体調よく進めていること自体が大きな喜びであることも確かでした。
おめでたいものです。
普段から私は、私自身をおめでたい人間だと思っていますが、山では拍車がかかってしまいます。
大門峠でも10分ほど休み、16:05にフィニッシュに向けて出発しました。