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竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

私にまつわるエトセトラーUTMF2018に向けて1

人は誰も、という書き出しで他の人を巻き込むことの是非はこの際おいといて、人は誰も、思い入れの強いことにはつい饒舌になってしまうものです。
饒舌にとは言っても、ただおしゃべりになるということではなく、しゃべるしゃべらないにかかわらず、言葉があふれて出てくる感覚でしょうか。
うまく話せなくても頭のなかには、言葉が次々湧いてきているあの状態です。
ちょうどUTMF2018-2020の参加資格についてのアナウンスがあったばかりで、次のUTMFに向けて、またつらつらと思いが湧いてきています。
思いを言葉に、はてなブログのキャッチフレーズにガッチリ乗っかりたいと思います。

これからの私自身の気持ちの持ちようについて考えると、どうしても100マイルレースに出られなかったことへの不完全燃焼感がポイントになります。
憧れの100マイルレース=UTMF出場だ!と思ったら、125kmも短縮されたレースとなったことが、私の思い入れをより強くさせていることは間違いありません。
行くことのできなかった125km分の不完全燃焼を、書くことで燃やしてしまいたいと思います。
この前振りだけで5km分くらいは燃えたかな。
ただ、私のUTMFへの思い入れやこだわりには、この不完全燃焼以外にも原因があります。
自意識過剰なトレイルランナーである私なので、この際、吐露してみたいと思います。
長いです。

そもそも、私のトレイルランニング好きは、子供の頃の山体験の影響が大きいといえます。
私の故郷は東京湾の埋め立て地で、見渡す限りコンクリートの団地という景色の中で育ちました。
人工海浜はあったものの、自然とほとんど隔絶された環境でした。
日常では山とは無縁でしたが、山好きの両親に連れられて行ったり、地域のキャンプに参加したりと、毎年のように山に遊びに行っていました。
そんな形でしか触れられない山であるがゆえに、山であればどんな山でも、私にとっては非日常の特別な存在でした。
山ではいつもワクワクしていました。
そんな特別なワクワク感が、私の山体験のベースにあります。
よく行ったのは四阿山で、嬬恋村のバラキ高原のキャンプ場から登っていました。
今思えば、メインではない長距離のルートをよく歩いたものだと思います。
また中3のときには、級友と3人だけで雲取山に山行しました。
まだ三峰のロープウェイは健在で、雲取山荘は改築前でした。
三峰神社から入山し雲取山荘に1泊、翌日登頂してから鴨沢に下りました。
野生の鹿に出会ったり、山小屋に泊まったり、全てが生まれて初めてで新鮮な楽しみでした。
登頂の日が快晴だったこともあり、かけがえのないよい思い出となっています。
学生時代の後期から社会人になって数年は山から遠ざかっていましたが、トレランに出会ったことで、山に行くことの楽しみに再び惹き付けられていくことになります。
その世界に引き戻された、とも言えます。
以来、トレランに限らず登山も再開し、山のことを考えない日はあまりない生活を送っています。
私にとってトレランは、新しい趣味であるにもかかわらず、ノスタルジーの心地よさを覚える遊びでもあります。

ただし、トレランを始めてからしばらくは、長距離のレースには、100マイルはおろか、ハセツネにすら興味がありませんでした。
高尾山天狗トレイルみたいなアットホームなレースが好きなトレイルランナーである私にとって、長距離かつビッグレースは別世界のような気がしていたのです。
しかし、鏑木さんのファンになってから、UTMFを毎年チェックしているうちに、ここで走る・この距離を走る、というのがどういうものか、段々と興味が湧いてきました。
他にも、参加した友人達が好成績をあげたり、番組の録画やDVDを何度もみたりしたことでも、気持ちが強まってゆきました。
また、FTR100Kで100kmを超える距離を経験できたことも大きかったと思います。
100kmは越える自信がついたら、次は100マイル。
100マイラーになりたい。
ポイントも充分に貯まっていたため、満を持してエントリーしたのがUTMF2016でした。

また、UTMFへの思い入れには、富士山への思い入れも大きな部分を占めると思っています。
私の育った埋め立て地は山とは無縁の環境ですが 、そんな中で唯一、ほぼ日常的に接する山がありました。
富士山です。
東京湾に向かって開かれた土地なので、晴れて空気が澄んだ日には西の方角、海の向こうに必ず見えていました。
私の家は団地の5階で、かつ前が野球のグラウンドで開けていたため、自室から見える富士山は素晴らしいものでした。
特に夕焼けに染まる富士山は何とも言えない絶景で、よく真っ暗になるまで飽きずに眺めていたものです。
人工海浜までくり出して見る富士山も格別です。
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うっすらシルエットの富士山。
私にとって、富士山は唯一の身近な山でした。
私のUTMFへの憧れには、富士山に感じるノスタルジーが多分に含まれています。
富士山なら富士登山競争はどうなんだ、ということもあるかもしれませんが、私にとっての富士山はまず眺めるものとして記憶されています。
登るのではなく、眺めながら行きたい、だからラウンドレースに憧れるのです。

UTMFは、トレイルランニングと富士山という、私にとってノスタルジーの合わせ技一本なのです。
私のUTMFへの思い入れや憧れは、ほぼノスタルジーでできています。
私にとってノスタルジーは最強の感情であると思います。
ノスタルジーが最強だと思うのは、私のベースに組み込まれているものに直接働きかけてきて、それが巻き起こす感傷からは逃れようがないと思えるからです。
ノスタルジーに浸ることのデメリットはもちろんありますが、それもその感傷から逃れられないという特性によるものだと思います。
私は、いつかUTMFで100マイルを達成しないことには、私のトレラン生活を満たすことはできないとさえ、今は思います。
このとらわれは完全にデメリットでしょう。
もっと自由に考えていいはずです。
100マイラーになりたいのなら、本当はどんなレースでもかまわないはず。
でも、他のレースで100マイラーになれたとしても、UTMFへのこだわりが消えるのかは疑問です。
極端な話、UTMFなんかどうでもいい、究極には、トレランすらどうでもいい、と思える時がいつか来るのかもしれません。
でも、今はそう思えない。
この思い入れを燃やす機会は、恐らくUTMFでしかないのです。
また、UTMF2016のフィニッシャーベストには、125kmの宿題が残されています。
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125km、それすら私には未踏の距離です。
その宿題も終えることができるよう、しばらくは精進の山行を重ねたいと思います。

完走率の低さで名高い奥三河パワートレイルにエントリーしてるので、まずはそこに向けての修行です。
その前に青梅高水30kmもあれば、板橋Cityマラソンもあります。
板橋Cityは今日ゼッケンとチップが届いてました。
参加賞Tシャツがまた増えてしまいました。
未だに膝が痛むので練習ができておらず、DNSも検討中なのに…。
やれやれ。
いつか山に行こ。

つらつらとSTYーUTMF2016余録4

UTMF余録も第4段です。
思い起こせば起こすほど書きたいことが出てきて、私自身の自己顕示欲と相まって筆が止まりません。
でもさすがにもう終わらせます。
STYには結局出場しなかったものの、当日富士山周辺にいたので動向は気にしていました。
そんな私にとってのSTY2016について、出てないけど、記しておきたいと思います。

前夜に短縮の短縮UTMF2016を完走したため、STY2016へのオープン参加資格を得ました。
UTMFのフィニッシュ後、サポーターの友人とも相談しましたが、心身ともに、また装備的にも走る準備が整ってないということで参加を断念しました。
心の面では、いきなりそんなの言われても…みたいな気持ちの準備不足と、フィニッシュしたことで一定の達成感があったことで、次の日にまたレースをする気になれませんでした。
身の面では、44kmしか走ってないとはいえ、その距離を精一杯走った疲れがあり、翌日に70km走れる自信がありませんでした。
また、心身双方、大雨による消耗が激しく、走れる状況になかったのでした。
装備面では、アンダータイツとカーフスリーブの替えがありませんでした。
他はドロップバッグに入れていたのでなんとかなったのですが、レースを通じて変える気がなかったその2点の替えはありません。
これが決定的でした。
洗えばいいだけの話なのですが、泥々でジャブジャブのトレイルを走ったカーフスリーブは、火山灰の真っ黒な砂でジャリジャリです。
アンダータイツも翌朝までには乾かないでしょう。
心身の準備が整わず、装備も充分でない、3ストライクアウト。
参加できる状態ではありませんでした。

翌日の午前中は、サポーターの友人がふじてんリゾートで開催されたトレラン大会に参加するというので、応援しに行きました。
短縮されてなければUTMF真っ最中でした。
友人はサポーターの合間に出る計画だったとのことで、そのタフさに感服します。
大会中は雨が断続的に降っていて、観戦したりランニングカメラマンの真似事をしたりしていた私は、雨具を上下着込んでました。
ふじてんリゾートは河口湖に近いので、この時点では、まさか、富士山の反対側まで激しい雨に見舞われているとは思ってもいませんでした。

その後、大池公園の会場に戻り、一通り見物と買い物を終えて、昼食、お風呂と、のんびりすごしていると、SMSに下記のような入電がありました。

「荒天の為15:02現在選手が到着した各エイドで一時中断します」15:07

回復すれば再開かななんて会話をして帰路に着いてすぐに、再度の入電です。

「大雨により、安全なコースの確保出来ない為、STY及びUTMFを中止します。
サポーターは選手と連絡を取り、エイドへ迎えに行って下さい。」15:55

この時点では、やはり出ないでよかった、という感想が強かったのです。
2日続けてどしゃ降りの中を走っていたら、やわなトレイルランナーである私は、しばらく社会復帰出来なかったことでしょう。
そんなことを車中で話しているうちに、だんだん、UTMFからオープン参加したランナー達はどんな思いでこの決定を聞いたのだろうと思うようになりました。
彼らにとっては、前日のUTMFが短縮で終わり、代替措置とも言えるSTYはスタート後の中止で、2日続けて天候に泣かされたことになります。
STY参加者にとっても、レースが成立しないで中止というのは、いくら天候のせいとはいえ、どんなに無念だっただろうかと思います。
でも、2日続けてあの悪天候のレースに挑んだランナーは、UTMF史上一番の猛者であると思います。
同じく、中止になるほどの悪条件を乗り越えたSTY参加者もまた猛者であると思います。
そんな猛者達が無事でよかった、本当に思います。

この記事を書いているうちに、先行予約で注文していたUTMF2016のDVDが届きました。
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映像は雄弁で、STYのコースが私の想像以上にひどい状況だったことがわかりました。
「マラソンジャンキー」の小野さんが撮った映像では、山肌を濁流が流れてコースを横切っていたり、コース自体が沢のように水の通り道になっていたりと、とてもじゃないけど、安全に走れる状況になかったことが見てとれます。
そんななかでも、レース後からYoutubeに上がっていましたが、涸れ沢が激しい濁流と化している衝撃的な映像は、そのひどく危険なレースを象徴していたと思います。
しかし、こんなに危険な状況に直面しても、それを乗り越え無事に帰還できた全てのランナーに、心からの敬意を覚えます。

私もトレランを続けていく限りは、いつかこうした悪天候に対峙しなくてはならない日が来るのかもしれません。
でも、どんなときも無事に帰ってくることができるように、自律した登山者かつ強いトレイルランナーでありたいと思いを新たにしました。
精進です。

装備雑感ーUTMF2016余録3

UTMF2016余録第3段です。

まだ書き足りないんかい、という突っ込みもあるかもしれませんが、やはり書き足りないのです。

 印象に残ったものだけでも書きたいと思います。


装備面では、まずはおなじみのスポルティバミュータント。

悪路の走破性はもう最高だと思います。

44kmの間、3分の1くらいは悪路といってよかったと思いますが、無事に一回もこけることなくフィニッシュできました。

泥でのグリップがよいのと、クッションとプロテクションのよさで、色々な衝撃への耐性が強いのが魅力的です。

私のなかで、この先しばらくはNo.1の靴だと思います。


また、私はいつもハセツネでパールイズミのサイクルジャージを着て走っています。

エイドでの食糧補給がないため、より多くの補給食を運ぶための選択です。

サイクルジャージには背中にポケットがあるので、そこに補給食や頻繁に出し入れするものを入れています。

UTMF2016でも前半と後半で2枚のジャージを用意しました。

100マイルの長丁場が初めてだったので、余裕をもって臨みたかったのです。

ただ、今回は短縮レースに対応するためにジャージの食糧を抜きすぎてしまった結果、空腹に苦しむことになりました。

これは単なるアホです。

サイクルジャージを着るレースは限られてますが、次回への自戒です。

シャレも上手くない…。

パールイズミのジャージは長袖も持っていて、こちらはFTR100Kで2年続けて着用しています。

これからも有効に着ていきたいと思います。


今回のUTMF2016で一番感心したのは、サロモンの雨具、ボナッティジャケットです。

恐らく2014年の上越国際で旧モデルで半額みたいな感じでした。

レインジャケットは2枚をローテーションで装備していて、後から買ったノースフェイスのジャケットはよく雨のレースに当たってます。

しかし、ボナッティはなかなか雨のレースに当たらず、今回が初めてと言えるでしょう。

ボナッティは前面ファスナーの上の方にボタンがあり、ファスナーを開放したままでもぐちゃぐちゃにならないという長所があります。

また、ストレッチ性が高く、ザックを背負ったままファスナーを閉めても苦しくないという発見がありました。

特にワンサイズ上げたものを選んでいるわけではなく、ジャストサイズなのにです。

全部閉めるときついのですが、胸まで上げる分には問題ありませんでした。

UTMF2016では、A2出発直後のシャワーのような雨に対応するためにファスナーを閉めましたが、ザックを背負ったままでできたのはストレッチ性のおかげだと思います。

購入してから3年目にして、初めて気づいた長所でした。

今後は雨のレースに積極的に装備していきたいと思います。


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これからも頼りにしています。

引き返すものと立ち止まるもの、進むものーUTMF2016余録2

UTMF2016の余録第2段です。

余録なのに2段てなんなんだ、どれだけ書きたいんだあんたと私自身思いますが、やはりどうしても、あの集団ロスト勘違い騒動について考えをまとめておきたいと思います。

特に私のように、戻る判断も進む決断もできず、ただ立ち止まってしまったものの反省は、何かしら書き残しておかないといけない気がしました。

 

レース後に色々なレポートを探したのですが、渦中の方が何かを書き残しているものが、なかなか見つけられません。

そのため、あの場で何が起きていたかを考える材料として、引き返していったランナーたち目線のものを参照できないのが残念ですが、立ち止まってしまったたものの視点で考えたいと思います。

 

それが起こったのは、22:30頃、恐らく42,3kmくらいで、UTMFコースマップで言えば、D11とD12の間で、D12にはあともう少しという地点でした。

木立の中の緩やかな坂の途中で、ロストしてフィニッシュを過ぎてしまっているかもしれないと言って、ランナーが引き返してきたのですが、私の前後のランナーがほぼ皆、一緒に引き返して行きました。

もしかしたら、その時点で先に進んだランナーもいたかもしれませんが、私のところからは確認ができませんでした。

私は即座の判断ができずに、ただ一人取り残されてしまいました。

とりあえず人心地ついてから、本部に電話して状況を確認しましたが最初の通話では現在地を知らせることができず、判断材料を得ることはできませんでした。

すると後方から、お二人のランナーが下ってきました。

私はお二人に事情を話して協力をあおぎ、本部に再度電話した際、GPSで現在地を表示してもらったり、進退の相談に乗っていただいたりしました。

この方たちと一緒に進んで、それぞれフィニッシュすることになるのですが、非常にありがたかったです。

 

私達3人とその前にフィニッシュしたランナーのタイム差は8分ほどありました。

私達の後ろのランナーとの差は4分です。

前後はいわゆるボリュームゾーンと思われ、1分間に数人フィニッシュするような時間帯でした。

フィニッシュ前に会ったサポーターの友人が、全然人が来なくなっちゃったから心配したよ、というくらい、不自然な間隔だったと思います。

現場のスタッフにも勘違いで引き返してしまった人達がいることを伝えましたが、だから全然来なくなっちゃったんだ~、みたいな反応でした。

私達がトラブル解決に擁した時間が8分、トラブルが影響した時間が、前後合わせて12分ほど。

参加人数が多いので、その12分間に3人しかフィニッシュしていないのは異様です。

 

私はフィニッシュ前後にスタッフに伝えたのですが、私以外にも同様の連絡をしたと話していたランナーがいました。

フィニッシュ地点では、ある程度事態が把握されていたと思いますが、どのような対応がなされたかは、その後私は把握していません。

ただ、その後、引き返していったと思われるランナー達がフィニッシュしているのを見て、無事に帰ってこれたんだ、よかった、と安堵したのは覚えています。

 

振り返るに、私はなぜ引き返さずに立ち止まってしまったんだろうかということ、あの状況で自分の取った行動がどのように位置付けられるだろうか、この何ヵ月か考えていました。

なぜ、についてはけっこう簡単に答えが出て、頭が判断できる状況になかったため進退窮まって止まってしまった、加えて、状態の悪いトレイルを引き返すのが嫌だった、の2点が主な理由でした。

 

引き返していった人達の気持ちはわからないのですが、行動原理は理解できます。

ロストしたと思ったら、わかるところまで引き返すのが登山者のセオリーです。

鏑木さんも石川さんも望月さんも、奥宮さんもヤマケンも、どんなにレベルの高いランナーであれ、トレイルでは登山者としての自分を忘れないという趣旨の話をします。

我々トレイルランナーは登山者なのです。

引き返すことを決断したランナー達は、登山者であるトレイルランナーとして、正しい決断をしたと思います。

 

一方で私のとった行動は、自分がどういう状況に置かれているかが自分自身判断できない中で、外部に助けを求めるというものでした。

これを登山者の文脈で考えれば、私は遭難者です。

自力でルートがわからず外部に連絡した時点で、その登山者は遭難者です。

そのときの私は、自律した登山者としてのトレイルランナーではなく、遭難者としてのトレイルランナーでしかありませんでした。

後から進んできたお二人がいなければ、弁慶でもないのに立ち往生している、遭難トレイルランナーでした。

立ち往生から逃れられたのは本当にお二人のおかげでした。

ありがたいの極みです。

 

来た道を引き返したランナーの選択は、結果的にロストしてなかったという意味では、間違いとなってしまったと言えなくもありません。

しかし、セオリーに沿った思考プロセスと行動は、自律した登山者としてのトレイルランナーという文脈で考えれば、正しく適切な行動をとっていたと私は思います。

その場に立ち止まって外部の指示をあおいだ私は、結果的に正しいコースを走ってフィニッシュできましたが、それは生還した遭難者だと思います。

どちらが登山者として優れているかと言えば、明らかに引き返していった方たちだと思います。

そして、迷うことなく進んできたお二人のランナーも、自律した優しい登山者でした。

今回のことを振り返って実感するのは、結果が正しければ全てがよいわけではないということです。

結果は大切ですが、そこに至る過程と心得も大切です。

当たり前の結論で恥ずかしいのですが、そんなことを痛感させられました。

私は、心得の面で自分自身に足りないものを感じました。

本部に電話すること自体が悪いとは思いませんし、むしろ積極的に必要な局面はあると思います。

そういう連絡なしに遭難されるのは、主催者にとって最悪の事態でしょうから、そこは否定できません。

自力ではヤバイときに人に頼ることは、生きて帰るための必須スキルです。

それも、自律することと同じくらい大切な、登山者の心得だとは思います。

そういう前提に立ってなお、あのときの私が、もっと自律しているべきだったという自省と自戒の念を、今にして強く感じるのです。

修行が足りません。

もっと山に入って、登山者の心得を鍛えることが私には必要なようです。

精進あるのみ。

ベストだけではないけどーUTMF2016余録1

UTMF2016、ここからは余録です。

ベストだけを目指して、やっとこさ完走することができたUTMF2016でした。
河口湖に友人の車で戻り、フィニッシャーベストの行列に並びますが、小雨が降ったりやんだりしているのと、深夜ということもあり、かなり冷え込んできていました。
そのときはノースリーブのアンダーシャツの上にモンベルのインナーダウンを着ていましたが、うすら寒く、どうしたもんだろと思っていたら、友人が黒いフリースの布を手渡してくれました。
前日のエキスポで、ポーラーテックのブースでくれた切りっぱなしのフリース布地で、サポート用に友人に預けていたものです。
ここで早速役に立つとは思っていませんでした。
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しっかり羽織って、念願のベストをもらいます。
重宝しました。

フリース系では、ゴールドウィンから光電子フリースのブランケットをもらいました。
このブランケット、マントやフードにもなる優れものです。
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そう言えばこれをもらうために、真っ先にゴールドウィンブースに立ち寄ったのを思い出しました。
プロモーションとはいえ、ありがたいです。

さて、問題のフィニッシャーベストですが、UTMF2016モデルは、前身頃に薄手の化繊インサレーションが入り、背中はグリッド付フリースで仕上げた、ランナー仕様の一品です。
これが欲しくて走ってたので、手にした時はやはり感動しました。
大雨で125kmオフのレースでも、100マイラーになれなくても、このベストのために、というモチベーションを作って走ってたわけです。
だからと言って、もらったらすぐに着たいわけでもなかったのです。
なんせ寒かったのと、ダウンの下にノースリーブという格好だったので、着ようがなかったはずなのですが…。
友人に、写真撮るから着てみてよ!と言われ、格好が微妙だし寒いけど、言われたからには仕方ないかと思って撮ってもらったのが、フィニッシャーベストに初めて袖を通した時の一枚です。
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腕組みではなく、腕が寒いので温めてます。
アンダーに着てたオンヨネブレステックPPメッシュは、保温性のある素材を使ってますが、ノースリーブでは当たり前のように腕が寒く、また、いくら前身頃に中綿入りでも、ベストであるがゆえに、当たり前のように腕が寒いのです。
アホか…、まあアホですよね…、というようなエピソードです。
まあ、寒いのは寒いのですが、嬉しいのは嬉しいのです。
すぐ着替えましたけど…。

もらってから5ヶ月くらい経ってますが、着る機会が意外になくて、すっかり壁飾りのようになっています。
まだランニングでも着ていませんが、そろそろちょうどいい季節かなと思います。
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色々なものをもらって帰ってきましたが、やはりベストがベストです。
ベスト、ベストしつこいですが、ベストです。

雨上がりの夜空にーUTMF2016レポート6

UTMF2016振り返りの第6段です。
いい加減フィニッシュしないといけないですね。
実はもうフィニッシュまで2kmくらいのところまで来ているのですが、振り返れば振り返るほど色々な考えや思いに気づかされ、なかなかフィニッシュできません。
特にあの大混乱(私自身の…)については、別にまとめたいくらい、印象的な体験でした。
でもさすがにフィニッシュします。

フィニッシュまで残りわずかという地点で、ロストしたと思い込んでしまった周りのランナーが、集団で引き返していく場面に遭遇しました。
私はとっさの判断ができず、一人取り残されました。
事態を把握することができなかったのです。
飛ばして走ってきた興奮と、近づいてきたはずのフィニッシュが遠のく絶望感とがないまぜになって、頭が大混乱しています。
こうなったら進むも退くもなく、何か決断すること自体が危険です。
仕方ないので、しばらく何もしないで立ち止まることにしました。
雨が強くなってきたので、とりあえず木陰に入って一息入れます。
とりあえず興奮は収まりました。
また、残してもしかたないので、ジェルも食べてしまいます。
ランナー達が去っていった方角を見ると、今さっき下ってきた、泥の登り坂があります。
こんなの登りたくないよ…。
引き返すことはしたくありません。
とりあえず地図を見て本部に電話し、コース変更の有無を確認することにしました。
しかし、本部に電話してもこちらの現在地を伝えられず、わかったら電話してね、みたいな感じで通話が終わりました。
スマホが通話でふさがってるので、GPSでの現在地把握ができなかったのです。
地図を見ても現在地はわかりません。
しかも、GPSを呼び出しても動作しません。
無力感で途方にくれかかっていると、ランナーが二人、坂を下ってきました。
このお二人が現れたことは、本当に天の恵みのように思います。
心細さが混乱に拍車をかけていたので、誰かが来ただけで嬉しくなりました。
お二人に事情を説明すると、立ち止まって一緒に対応を考えてくださいました。
お二人も、なんで集団で引き返してるんだろうとは思ってたそうですが、自分達はついていかずに進んできたそうです。
一人のかたにはスマホで現在地を表示してもらい、再度本部に電話しました。
本部とのやり取りで、確信は持てないものの、フィニッシュを過ぎてしまってロストしてる可能性は低いことはわかりました。
少しの間3人で相談して、引き返さずに進むことにしました。
今思い返すと、3人で相談しているというよりも、不安で混乱していた私を、お二人が見守ってくれていたということなのかもしれません。
元々お二人は引き返さずに進んできていたのです。
私が引き止めて付き合わせてしまったわけです。
その点申し訳なく思いますが、やはり感謝の気持ちが大きいです。

3人で進み出してすぐに、泥の坂を下りきり、草原の中のトレイルに合流しました。
A3のはずだった麓への道標とともに、UTMFのコース案内板もありました。
案内板には、UTMF参加者が持っているコースマップ上に振られている番号が書いてあります。
スタッフはいません。
コースは間違えていない。
ただ、フィニッシュを過ぎてしまっているのではないかという疑念も、払拭しきれてはいません。
でも進みます。
納得して進むことを選んだのです。
間違えていても仕方がない。
制限時間まではまだたっぷり余裕があったので、戻ればいいだけのことです。
そこまで開き直ることができていました。
3人とも、時折言葉を交わしながらも、早めのペースで走っていきます。
同行三人て言葉はありませんが、そう呼んでもいいような気がします。
そうして草原のトレイルを1kmくらい走ったところで、朝霧高原への分岐点にたどり着きました。
スタッフが誘導しています。
ロストしてない!
やっと確信できたところで、3人とも安堵と喜びの笑顔です。
周りのランナーが引き返してからここまで、長くても15分くらいしか経ってないと思います。
それでもことがことなだけに、非常に長い時間のように感じていました。
私は、当初の混乱からは回復したものの不安は感じ続けていたのですが、それももう終わりです。
後はフィニッシュに飛び込んで、フィニッシャーベストを着るだけです。
ニヤニヤしながら残りのトレイルを走りきり、国道を渡って朝霧高原道の駅に入ります。
このとき雨は小降りになっていました。
フィニッシュ前の取り付けルートには、サポーターの友人が待ってくれていました。
間隔がすごく空いてるから心配したよ、前が引き返しちゃったんですよね、というような会話を交わしてからフィニッシュに向かいます。
一緒に進んできたお二人とは、ゲートに向かう途中で労いあって別れました。
お二人がそれぞれフィニッシュするのを見送ってから、私もフィニッシュしました。
UTMF2016は、7時間46分7秒の旅でした。
短いのに長く、濃厚でした。
また、100マイラーにはなれなかったけど、UTMFのフィニッシャーであることは確かです。
フィニッシャーベストを着ることができます。
ベスト違いのベストレース、本当によかった…。

福田六花さんとハイタッチしてから、フィニッシュ後のエイドに向かうと、友人が先回りして席を取っておいてくれたり食べ物をもらってきてくれたり、世話を焼いてくれました。
これも非常にありがたかったです。
この友人は表彰台に乗ることも多い実力者で、UTMFも過去に30時間を切って完走しています。
当日のサポートだけではなく、レースのだいぶ前からアドバイスをもらっていました。
感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、食いしん坊なトレイルランナーである私は、エイドの食べ物を全種類食べて、気に入ったものはおかわりして、大満足でした。
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A2でゆば丼をおかわりしてからまだ2時間しか経ってませんが、空腹は空腹なのです。
なんせ大混乱の末のフィニッシュですから、頭にブドウ糖を回さないことには諸々始まりません。
記憶が定かではないのですが、あんころもちが美味しかったような気がします。
食べている間に、引き返していったランナー達もフィニッシュしたようでした。
早く帰ってこれてよかったなと思います。
また、以前レースで相部屋だった方がフィニッシュしてきて、おしゃべりしたり労いあったりしながら、少しずつレースモードが終了していくのを感じていました。
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ひとしきり食べて着替えた後、夜の0時近くに出発して、友人の車で河口湖に戻ります。
朝霧高原にいる間、雨は断続的に、どしゃ降りになったり小降りになったりを繰返していました。
本栖湖方面に国道を走っていると、ロード区間を走るランナー大勢とすれ違いました。
まだ制限時間までは余裕があります。
雨に負けないで、道に迷わないで、無事にフィニッシュしてもらいたいなと、自然と思えてきました。
運転中の友人も車を止めて窓を開け、がんばれー!と叫んでいました。
私のレースは終わってもUTMF2016はまだ終わってません。
私は最後の最後に大混乱に陥りましたし、引き返したランナー達はもっと苦しんだと思います。
そんなことにならないように、とにかく無事であってほしいと思いました。

河口湖に戻る途中、雨が止み、雲がはれている時間帯がありました。
もう記憶が曖昧なのですが、月が少しの間だけ出ていたような気がします。
月夜の空の色が私は好きなのですが、この夜は、月が出ていたことぐらいしか、それも曖昧にしか覚えていません。
気になって調べてみたところ、もし、2016年9月23日の夜に、月が本当に出ていたとしたら、下弦の半月だったようです。
雨上がりの夜空に、ジンライムみたいなお月様、そのものだったようです。
こんな夜に♪…。

この雨はいつか止むのか?ーUTMF2016レポート5

UTMF2016振り返り、第5段です。

記事がモタモタしているうちにハセツネ30Kのエントリーを忘れていました…。

本戦のエントリー合戦には初めて挑みます。

でもまた忘れたりして…。

 

A2本栖湖のホワイトボードを見て、私は軽く混乱していました。

泥と雨で心身ともに消耗してしまい、しかも空腹で頭が回りません。

そんななか、44km、朝霧高原、STY…。

なんのこっちゃと思っているうちに、思考がつながりました。

短縮UTMFはさらに短縮され、44km地点の朝霧高原道の駅にフィニッシュが変更です。

また、この短縮UTMFの完走者は翌日のSTYにオープン参加できることが書かれていました。

レースの再短縮については合点がいきました。

大雨警報が解除されていたかはわかりませんが、コースの状況が悪化していることは想像がつきました。

そもそも120km短縮なのです。

それが125kmになっても、その5kmは誤差でしかありません。

問題はSTYです。

着替えはドロップバッグに入っているので、出ようと思えば出れます。

はてどうしたものかと思いつつ、まずはフィニッシュ変更を友人に電話したついでに、STYがどうのこうのと相談してしまいました。

友人がフィニッシュしてから考えればいいんじゃない?と言ってくれて、ふと、まだUTMFが終わってないことに気づきました。

目の前の残り12,3kmに意識が向かってませんでした。

集中力が切れはじめています。

危険な兆候ですが、そのときはそこまで深刻に思わず、軽く気持ちを切り替えたに過ぎませんでした。

お腹減った。

今度こそ食べ物に一目散です。

 

ゆば飯をおかわりをして復活した私は、出発前にもう一度ホワイトボードを確認しました。

朝霧高原てどこだろうと思っていたのですが、地図が見当たらなかったのでわかりませんでした。

思えばここで自分の地図を確認していれば、後々の大混乱はなかったのかもしれません。

自分に課していたエイド滞在の制限時間を越えていたこともあり、少し焦りがあったのかもしれません。

やはり、屋根の下で落ち着いて地図を確認すべきでした。

 

エイドの建物から外に出たときに、雨が、さっきよりも三段くらい強くなっていました。

雨具はサロモンのボナッティを着ていたのですが、そのときは前のボタンだけ止めて、ファスナーを閉めていませんでした。

ボナッティはこういう使い方ができるので非常に重宝しています。

しかし、このときはファスナーを閉めるしかないくらいの大雨でした。

建物の軒先に戻って体制を整え、再スタートです。

記録ではA2アウトが21:00となっていましたが、走り始めにはもう数分かかっています。

大雨に飛び出してロードをしばらく走ります。

シャワーを浴びて、ウォウォウウォ♪

と、歌いたくなるくらい、シャワーランニングでした。

どしゃ降りもいいところ、むしろ滝行に近いのですが、それよりはマイルドだと思えばいいでしょうか。

あるいはドラマや映画の雨シーンの過剰感に近いのか。

ともかく大粒の雨が全身をたたきます。

短縮の短縮は大正解です。

後でアナウンスされてましたが、再短縮の理由は、コース上に土砂崩れの危険箇所があったことだそうです。

あれだけの雨が降り続けていれば致し方のないことです。

その手の災害事故が起きなくてよかったと思いますし、実行委員会の判断は適切だと、参加者の目線から思います。

 

A2から朝霧高原までは、大会前に変更された竜ヶ岳を迂回するコースを走ります。

竜ヶ岳は試走で軽く登りましたが、草原の山頂がよい雰囲気でした。

過去のUTMF映像でも印象的な場所として扱われています。

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迂回路は東海自然歩道を通るのだと思いますが、竜ヶ岳エリアを過ぎるとロードの国道沿いに付けられています。

地図上ロードに見えなくもなく、私もそう勘違いしていました。

これが大間違いで、細かい起伏に富んだ道路脇トレイルというのが正解でした。

このトレイルは水たまりが多く、起伏の伏のところがことごとく水たまりといってもいいくらいでした。

大きな登り下りはないので走れてしまうのですが、足元の悪さと激しい雨に少しずつ消耗していきます。

また、A2を出たあとからベルトコンベアは解消されています。

直後のロードでばらけて、道路脇トレイルもそのまま行けた感じなのでしょう。

友人も待たせているのとベストに近づいているのとで、早く行かなくちゃという思いが強くなっていました。

どうせあとちょっとだから走っちゃえ、完全にスイッチが入りました。

道路脇のトレイルを終えて、国道を渡るとしばらくロードランになります。

ここでスパートをかけました。

残りの距離はわからないものの、短くてもUTMF、最後は走って終わりたかったのです。

雨は降り続いてますが、そんなの既に本日の前提条件となっています。

かまわず飛ばし、前にいたランナーは全員抜いたと思います。

雨でスイッチが入ってしまい、そのまま回線がショートして暴走ぎみにロードを走りきりました。

 

ロードを終えると、少し街中を通って東海自然歩道に復帰します。

この頃になると雨は弱くなり、時折止むといった感じでした。

街中を走っている最中、脇道のようなトレイルがあり、その入口近くの木にマーキングテープが下がっていました。

ここで曲がるのかな、でも少し不自然で、マーキングが微妙にずれていました。

どうしたもんだろと思っていたら、15人くらいの集団が脇道トレイルから出てきました。

どうやら軽くロストしたそうで、彼らが私の進行方向に走るのを見送りました。

一息ついてから私も出発しました。

ここでのプチ集団ロストが、この後の大混乱の一因になるとは、この時、知る由もありませんでした。

とにかく走り出すと、しばらく先にマーキングがあり、こちらの道が正しかったことがわかりました。

トレイルに入るとそこは水たまり地獄…。

先ほどの道路脇トレイルの水たまりなどかわいいもので、浅いもので足首くらいまで、深いものでは膝くらいまで浸かる水たまりが、次々と現れました。

私の身長が177cmなので、膝まで浸かるのは相当ヤバイと思います。

水たまりというよりもプチ池です。

そんなトレイルを、プチ池をつなぎながらジャブジャブと走っていきます。

アップダウンはほとんどないので、ロードの勢いを維持しながら飛ばします。

プチ池にもかまわず突っ込みます。

周りのランナーもそんな様子でした。

それまで散々雨に濡れているので、いまさら知ったことかという気がしていました。

ただ、水に浸かって足が冷えると、走るのが億劫になるのです。

この辺りのプチ池の水温が低かったのもあるかもしれません。

急に冷やされて、十分な血流を確保できなくなったことによるのでしょう。

面白い発見で、今後役に立ちそうです。

 

プチ池ジャブジャブトレイルを過ぎると、木立の中の泥の下り坂にたどり着きました。

傾斜は急ではないのですが、とにかくグチャグチャでスリッピーです。

足がめり込む感じがないのは救いでしたが、ここはスピードを出せず15,6人のパックで進みます。

結構長い坂でしたが、もうだいぶ下りてきたかなという時のことでした。

前からランナーが坂を登り返して来たのです。

それにつられて、パックごと足が止まりました。

戻ってきた方は、坂を下りきった先にスタッフがいる(べき)ポイントがあるのに、スタッフがいない、トレイルに入ってからマーキングもない、レースの再短縮にスタッフが対応できてないんじゃないか、フィニッシュに気づかず通り過ぎてしまったんじゃないか、ロストしたと思うから引き返す、皆さんは自己責任で、という趣旨のことをアナウンスしながら引き返していきました。

私の前にいたランナー15人ほどはほとんど、その方に付いて引き返していきました。

なんだやっぱりさっきのところか、という声も聞こえました。

マーキングが微妙だった地点のプチ集団ロストのことだと思います。

私も引き返すかどうか迷いましたが、足が止まったついでに頭の回転も止まってしまい、気が付けばただ一人、取り残されていました。

ロストってなんなんだよここまで来て…。

たぶん声に出していたと思います。

どうしたもんだろ、どころじゃない、本当にどうすりゃいいんだと、軽い絶望に見舞われました。

しかもまた雨が強く降ってきます。

武蔵坊弁慶源義経を守るため矢に射たれて立ち往生しましたが、私、竹仙坊は何を守るでもなく雨に打たれて立ち尽くしています。

本当にどうすりゃいいんだ、大混乱の始まりでした。

雨はさらに強くなっていきます。