竹仙坊日月抄

トレイルランニング中心の山行記やレース記、その他雑感です。藤沢周平が好きです。

survival dAnce ! ーUTMF2016レポート4

UTMF2016振り返り第4段です。
私は記事公開後も文章に手を入れることが多く、読む日によって内容が違うので、少し申し訳なく思っています。
誤植の訂正だけならいいのですが、修正したり加筆したり、記事のタイトルまで変えてしまいます。
電子データの修正が容易であるということの功罪で、「形になる」こととはいったいどの時点のことを指すのだろう、という疑問が浮かんできます。

それはさておき、私がUTMF2016のレース中、トレイルのコンディションで一番苦しんだのは、本栖湖を周回するトレイルでした。
地図上、A1からA2の間は10kmほどしかなく、しかも1回大きく登るものの、その後は下り基調です。
そのつもりでいたため、少し気分がゆるんで油断していたということが、この区間の苦しみの半分くらいの理由だったと思います。
実際は細かい登り返しが多く、しいていえば飯能アルプスのような雰囲気のアップダウンで、地味に体力を削られてしまいました。
そして苦しみのもう半分の理由は、強くなり続ける雨でした。
雨自体どんどん強くなっていきましたが、それに伴ってトレイルがどんどんグチャグチャになっていくというか、グチャグチャに自ら突っ込んでいくというか。
とにかく雨と足場の悪さに、体力と気力が奪われていきます。
頭のなかでは赤いスイートピーとスタンドバイミーがランダム再生されているものの、だんだん、辛いなぁ、ヤバイなぁ、という心の声に置き換わってゆきます。

とはいえ、ベルトコンベア状態は続いています。
やはり、前に付いていけば進めます。
I will follow you. がまだ通用していました。
香港さんとは別れましたが、誰かがまた前にいて、引っ張ってくれます。
私も誰かを引っ張ってたのかもしれません。
そのときふと、このトレイルランナーのベルトコンベアが、まるで山を駈ける一頭の獣のように思えてきました。
よく、ヘッドライトの明かりが山腹に連なる光景を龍のようだと表現するメディアがありますが、それをその集団の内側から感じたようなものです。
動きを合わせて全体を目的の方向に進ませる、例えればボート競技のようなイメージでしょうか。
レース中のランナー達は、意思と身体のベクトルを共有しています。
そのベクトルは、フィニッシュラインに向かっています。
ひとつの生き物のように感じるのは、その共有を疑わないで一緒に行動しているからなのだと思います。
同一感に似た、妙な一体感を覚えました。
ただ、結局、自分の足では自分以外の人を前に進ませることはできないので、比喩でしかないのはわかるのですが。
その点ボート競技とは異なり、一体感と一体は、その点で大きく違います。
頼れるのは自分の脚と足です。

そして、一体感を持って進んで行くベルトコンベアの獣も、やがて別れのときがやって来ます。
ひとつは、狭い岩尾根を通過する地点です。
スタッフが見守ってくれているほどの難所です。
スタッフは雨の中大変だったと思います。
ありがたいことです。
ここで、少しペースにばらつきが出て、ベルトコンベアが少人数のパックに分かれます。
そのパックではUTMF2015を完走されたランナーとおしゃべりしながら進みました。
UTMF2015も雨で非常に厳しいレースになり、完走率が40%台とUTMF史上最低を記録した大会でした。
それを完走されてる方なので、2015の状況をいくつか教えてもらいながら走っていました。
2015はやはり天子山地がひどかったらしく、お尻で滑らなければ下りられないような下りなど、泥だらけ難所だらけだったとのことでした。
この本栖湖周りもひどいけどここでこんなんじゃ天子なんて行けないね、短縮は正解なんですね…、何て話をしている先に現れたのが、私がUTMF2016の中で最大の難所だったと思う激下りでした。
上から見た感じ、斜度はハセツネ三頭山からの下りと遜色ないようです。
長さは100m前後だったと思いますが、その斜面が一面泥なのです。
もはや泥んこトレイルとか言ってる場合じゃないくらい、泥そのものなのです。
ここにもスタッフがいて見守ってくれていましたが、とにかく泥の滑り台という感じです。
その滑り台を、2015フィニッシャーの方は、ためらいなく下りていきます。
ここでもはじめは I will follow you です。
ここを下りなければ、ベストにたどり着くことはできません。
加えて、この斜面でこけたら悲惨どころじゃすまないことになります。
世代によってわからない方もいると思いますが、ウルトラクイズの泥んこ○×クイズのように、全身泥まみれになること請け合いです。
さて、どうやったらこけないで下れるでしょう。

とりあえず慎重に下りますが、急な斜度と足場の悪さでどうしてもスピードが出てしまいます。
ここで思い出したのは、ヤマケンや松本大さんの、山の下りの走り方についての話でした。
ヤマケンは何かのインタビューで、下りの走りについて「オレ忍者みたい!」と思っているという趣旨の発言をしていました。
私の書き方だと頭の悪いコメントに見えてしまいますが、スピードに乗って下るときの意識としては適しているなといつも思っていました。
スピードに乗った自分を制御するための意識の持ち方です。
忍者みたいに軽やかに行こうぜ的なノリでしょう。
松本大さんはもう少し技術的な話で、腕の振りでバランスをとるやり方です。
手を頭の上くらいまで上げて、ひじも肩の高さくらいまで上がっています。
スカイランニングで岩場など足場の悪いところを下る技術だそうですが、テクニカルな下りには汎用性があります。
私は手を高く上げ、忍者の意識で下り坂に突っ込みました。
足元は、とにかくステップを小さくとって、足も少ししか上げず、細かく刻むように進みます。
少しでも平坦で、木につかまりやすいところを選んで、刻み下ってゆきます。
上げた腕は重心の変化に合わせ、フラフラ、ユラユラ、揺れるに任せました。
盆踊りみたいだなと思いながら、少しだけ楽しくなってしまいました。
忍者の盆踊り、それはこけないためのサバイバルダンス。
多少不謹慎なトレイルランナーである私は、イェイェイェイェイェ♪、と完全に口に出しながらステップを刻んでゆきます。
ウォウォウォウォ♪
大雨の泥の急坂で、忍者が盆踊りのサバイバルダンス。
見た目はただのトレイルランナーですが、意識の上ならどんなであっても自由です。
だいぶバカそうですが…。

さて、坂を下る周りのランナー達も、さっきまでの一体感から覚めたように、それぞれがそれぞれの泥との闘いに向き合っています。
こけたくない。
恐らく誰もが思っていたでしょう。
泥の急坂でバラバラになりつつありますが、まだその一心を共有する同志です。
こけずに皆下りられたのかは、確認ができませんでしたが、こけてもドンマイです。
エイドは近い。

私はなんとかこけずに、泥坂を下りきりました。
泥に半ば浸かるように細かいステップを踏んでいたため、靴がかつてないくらい泥まみれです。
自分が靴を履いているのか泥を履いているのかわからないくらい。
ちなみに靴はスポルティバのミュータント、グリップが強力なので非常に心強かったです。
こけなかったとはいえ、泥で足が重いのに加え、細かいステップで前ももにけっこうな負荷をかけてしまいました。
バイバルダンスは、気持ちは楽しいけれど、身体にこたえます。
足取り重く、A2へ続く下りに入ります。

坂を下りた先からの展開は、これまでの一体感を覚えるようなベルトコンベアとは違い、皆スピードに乗って先を急いでいます。
なんか周りにスイッチが入った感じがしました。
私はと言えば、ジェルを節約中で空腹感があり、ここではスイッチが入りませんでしたが、周りには全開のランナーもいます。
それまではグチャグチャのトレイルかつ渋滞混じりで、速く走りたくても走れないこともあり、なんとなく一体感があったのですが、あの泥坂でトレイルランナーの本能に火が着いたのかもしれません。
難所を乗り越えた達成感もあるのでしょう。
皆、明らかに意志のあるスピードで、大雨のなかを駈け下ってゆきます。
途中、A2の少し手前でオールスポーツのカメラマンが、大雨の中待ち構えていました。
スタッフにはもちろんのこと、オールスポーツのカメラマンにも毎度毎度頭が下がります。
たまにとんでもないところで待ってることがあり、
単純に、すげえ、と思ってしまいます。
オールスポーツのカメラマンがいない大会は、ちょっと寂しいです。
ここで撮られた写真を後で探したら、私がメインで写っているものはなく、知らないおじさんの後ろにぴったりくっついている写真が1枚あるだけでした。
写真まで I will follow you か!というのは後日に改めてわかったことですが、結局、この区間もほとんど I will follow you だったわけです。
イェイェイェイェイェ♪なのは、ほんの少しだけ。
それでもあの坂をこけずに下りられたのはウォウォウォウォ♪でした。
なんのこっちゃですが、あそこでこけてしまったら泥まみれは必至です。
ウルトラクイズなら泥んこはグアムだけで済みますが、同じウルトラでもUTMFでは、その先泥まみれで何kmも進まなければなりません。
気力がごっそり失われて、リタイアも考えたかもしれません。
でも、とりあえず生き延びました。
それだけで充分です。

20:47、レース開始からは5時間47分でA2本栖湖に入りました。
とにかく苦しんだA1からA2の10kmには、2時間40分強を使ってしまいました。
距離と高低差のわりには時間がかかりました。
渋滞と泥に苦しめられたセクションでした。
また、この区間ではジェルを節約したため、非常にひもじい思いもしていました。
やっとのエイド、いっぱい食べよう。
胃腸は強めのトレイルランナーである私、食べ物めがけて一目散に行こうとしたのですが、エイド入口のホワイトボードを一目見たら釘付けになってしまいました。
重要なことがいっぱい書いてあって、また、心身ともに消耗しているので、読んでもすぐには理解ができません。
頭使わせないで…。
ここでのちょっとした混乱が、後々の大混乱の布石になりましたが、続きは次の段へ。

I will follow you ! ーUTMF2016レポート3

UTMF2016振り返り、第3段です。

やはり、段の方が、続き物語的に書いていく気になれるので、これで推していきたいと思います。
本当は弾だとは思いますが、云々をでんでんと読んでも批判されない時代ですし、お目こぼしいただければ幸いです。
 
レースは足和田山のトレイルを登りきり、W1鳴沢に向けて下ってゆきます。
この日初めての下りトレイルをかっ飛ばし、気持ちが乗ってきます。
鳴沢には想定していたタイムより10分ほど早く到着しました。
17:10頃に到着して5分ほどで出発できたと思います。
水の補給を済ませて出発すると、友人が応援に廻ってきてくれていました。
サポーターを買って出てくれた友人ですが、短縮レースになってサポート行為が出来なくなりました。
それでも、観戦できるところに先回りして応援してくれています。
本当に嬉しかったです。
このとき撮ってもらった動画を見ていると、けっこう足取り軽く、淡々と走れていました。
 
W1からA1の間は、ロードと青木ヶ原樹海の一部を走ります。
アップダウンがほぼなくて基本的に下りなので、快適に走ることができました。
ただ、走らされた感もあります。
周囲もいい調子で走っているので、ペースをゆるめることができません。
でも、レースが短くなった関係で、行けるうちに行ってしまってもいい状況になっていたため、速さはゆるめずに先を急ぎます。
A1精進湖の手前で短いトレイルに入った際、ライトを点灯しました。
17:50頃だったと思います。
秋分の日を過ぎてますが、平野部を走っているうちはこの時間まで問題なく過ごせました。
17:59にA1精進湖に入り、18:07に出発しました。
エイドをこよなく愛するトレイルランナーである私ですが、この日は滞在時間を短くすることをテーマにしました。
食べるものは食べて飲むものは飲んでるのですが、腰を下ろしたりザックを下ろしたりすることなく出発します。
普段は長逗留が当たり前なのですが、この日はフィニッシュで友人が待っていることもあり、一刻も早いエイドアウトを心がけました。
とはいえ8分かかってますが…。
夜に向けた準備は既にしてあったので、ちょっと時間かけすぎだなとは思います。
水の補給となにか食べるくらいだったと思いますが、何に時間かかってるんだろう?
 不思議です。

A1を出てフラットな樹海トレイルを少し行くと、本栖湖周辺トレイルに入ります。
まだ烏帽子岳、パノラマ台への登りに入る前から、真っ暗になりました。
その真っ暗な中をランナーがゾロゾロザクザク、早めのペースで切れ目なく走っていきます。
ハセツネでもこういうシーンは頻繁にありますが、UTMFの場合は国際色の豊かさに驚きます。
前後を海外からの参加者に挟まれることなど当たり前でした。
特別なレースだなとつくづく思います。
私は距離が長くなればなるほど成績が悪くなる、順位が後ろのほうになるトレイルランナーですが、この日は距離が49kmまで縮まっています。
長く走らないのであれば当然ペースは速くなりますが、普段の中距離レースよりも幾分か速い位置につけていたようです。
少し速いかなと思いつつも、サポーターを待たせている、というのもモチベーションになり、それなりに一生懸命、周りについていきました。
本栖湖沿いのトレイルはしばらくは山沿いの平坦な道ですが、烏帽子岳への登り口からアップダウンのある山道に入ります。
この烏帽子岳の登り口付近で、サックスでロッキーのテーマを演奏している方々がいらっしゃいました。
はじめは猪木ボンバイエなのかなと思っていましたが、聞いているうちに、ロッキーだ、階段駆け上がるやつだ!とテンションが高まってきました。
この辺りから渋滞が始まっていてなかなか進めなくなっていたのですが、演奏に心弾ませてもらいました。 
もしリクエストがかなうなら、スタンドバイミーもラインアップに入れてくれれば嬉しいです。
というのも、本栖湖周りのトレイルに入ってからすっかり夜になっていたため、スタンドバイミーの歌い出しWhen the night…を思い出してたら、頭から離れなくなってしまっていました。
夜、山でランナーに取り囲まれている状況も歌詞の感じと合うので、頭のなかで無限ループ再生していました。
ダーリンじゃないけど、そばにいてくれる?人は、渋滞中なので周りにいっぱいいます。
今日のテーマソングはこれかな、と思いつつ、鼻唄混じりにゆっくり登り続けます。
渋滞しつつも烏帽子岳まで登り、軽く荷物を下ろして食糧の詰め替えをしたところ、残りのジェルが乏しいことに気がつきました。
スタートから25km弱、フィニッシュまでは、このときの認識では24kmです。
登りでゼリーなどを消費してしまっていたので、固形物もありません。
次のA2本栖湖までは5km、絶食でもなんとかなるだろ、と腹をくくったのですが、これが高をくくった考えだったことを後で思い知らされました。
烏帽子岳からパノラマ台に登ると、そこからは下り基調になります。
 試走のときには雲の向こうに富士山がきれいに見えていました。

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レース中は夜なのでもちろん見えませんが、そのときの景色を思い出して先に進みます。

パノラマ台までは試走で来ていたのですが、その先は初めてです。

折しも雨が強くなってきました。

コース上は相変わらず、ランナーがベルトコンベア状態につながって走っています。

私の前には香港からのランナーがいましたが、さっと雨具を出して羽織り、雨対策をしていました。

この方の準備の動きや足の運びがとてもスマートでした。

どうせベルトコンベアです。

勉強になるからこの人にくっついていこう、そう決めてぴたっと背中をマークしました。

前の方は登りでは若干ペースが落ちるものの、フラットや下りでは堅実に前との差をキープする走りをしていました。

安定したペース配分で進むことができて、とても楽をさせてもらいました。

そのときに頭のなかに流れてきたのが、赤いスイートピーでした。

スタンドバイミーはずっと流れ続けていたのですが、ふと、I will follow you あなたについていきたい… というくだりが頭に浮かび、そのまま彼の後を追っていきました。

この日のテーマソングはスタンドバイミーから、赤いスイートピーに変更です。

ただ、木々に覆われた山道でしたが、折からの雨が木々をすり抜けて、どんどん濡れてゆき、トレイルのコンディションがみるみるうちに悪化してゆきます。

泥んこトレイルの始まりです。

ベルトコンベアはベルトコンベアのままなのですが、足場の悪さにペースを落とすランナーが続出しました。

私の前の香港の方は、変わらずフラットと下りではペースを維持していましたが、泥んこグチャグチャな急斜面の登りで、私の方を振り返り、先に行くよう促しました。

名残惜しかったのですが、別れのときがきました。 

サンキューと言いながら前に出て、自分のペースで進みはじめました。

勝手に入門して勝手に卒業しましたが、彼の後ろ姿から学んだことは忘れ得ないと思います。

I will follow you !

あなたに逢えてよかったーUTMF2016レポート2

UTMF2016の振り返り第2弾です。
本当は弾よりも談とか段の方がお話っぽくてよいのですが、日本語の使い方として問題(でんでん的な)があってもそれはある事情によって避けたいので、弾が無難かと思ってます。
でも、古典演劇なんかでは段はありなので、私もそれと同じにしてもよいのですが、まあ、そんな話は置いておいて。

15:00ちょうど、49kmに短縮されたUTMF2016がスタートしました。
ゲートが狭かったため、スタート直後は満員電車かよ!と思うくらいの混雑ぶり。
この混雑というか人波の中を漂う感じは、私の場合、エリアによって程度の差こそあれ、A2本栖湖に着くまでは続きました。
スタート直後に河口湖周りの道を走りますが、応援や見物の方が沢山いて、大きな声援を送ってくれました。
事情を知ってか知らずかわかりませんが、明るく温かい声援でした。
こういうものは純粋に嬉しいです。
ただ、それが目的ではないということなのです。
それでも、沿道の応援にはなんだか本当に涙が出そうになりました。
実は私、トレランのレースで見ず知らずの方から応援してもらうと、いつも必ず胸が熱くなってしまいます。
ロードのレースでも応援は嬉しいものですが、トレランだとその嬉しさが何倍にもなります。
応援されるのは大好きなんです。
それが目的ではないだけで。
でも、泣いてばかりじゃベストにはたどり着けないので、人波の一部となって先を急ぎます。

けっこう速いペースで走って行くと、足和田山の登山口にたどり着きましたが、ここで大渋滞にはまりました。
正確には覚えていないのですが、信号待ちと登山道の混雑と合わせて30分くらいかかったような気がします。
渋滞の間はひまです。
ひまだから地図でも眺めるかと、取り出して見ていたら、後ろの人から話しかけられました。
私の使っていた地図ケースが気になるので、写真を撮ってもいいかとのことでした。
もちろんOKで、おしゃべりなトレイルランナーである私は、そこからその方と色々な話をすることになりました。
地図ケースといっても、ファイントラックの小物類のパッケージで、やや固めのジップロックみたいなあれを流用していました。
ファイントラックのあれは、透明な窓部分が大きく表裏が使えるので、地図を2つ折にして見るには最適でした。
ジップロックなどとの大きな違いは窓になる部分に印字がないことで、裏表なく使えて便利でした。
残念ながらこの日のレースで取り返しがつかないくらい汚してしまったためにお役御免となりましたが、今度ファイントラックの小物類を買うときにはまた利用したいと思っています。
パッケージが変わってなければいいのですが。
おしゃべり相手の方は京都にお住まいとのことで、私の実家が京都にあることもあり、おすすめトレイルなどを教えてくださいました。

おしゃべりをしているうち、足和田山の登山口から200m位のところまで進みました。
進んだとはいえ、超スローペースで大渋滞。
イライラを募らせるランナーももちろんいます。
私たちのすぐ後ろのオーストリア人選手も、見ていて心配になるくらい非常にイライラしてましたが、京都からの方が英語で会話をしてくれて、少しは気持ちも落ち着いたようでした。
京都の方のホスピタリティに感服しました。
こういうトレイルランナーが走っているから、京都のトレイルでトレイルランナーが市民権を得ているのでしょう。
頭が下がります。

少ししてから人波が動き始め、京都の方とオーストリアからのランナーとは別れました。
しかし、のちほど、オーストリア人の彼が、やっと姿を現した富士山を見て、会心の笑顔で大はしゃぎしてる姿を見ました。
京都の方のおかげもあってだと思いますが、イライラも和らいだのでしょう。
そして富士山の力もあるんだろうなと思いました。
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雨上がりのほんの一幕に過ぎなかったと思います。
それでも、私たちUTMFを走るトレイルランナーは、どこの国から来たとしても、この富士山に逢うためにここまで来た、と言っても過言ではありません。
今回のレース中に拝めてよかったと、本気で思いました。
あなたに逢えてよかった。
心よりそう思います。

シンボル イズ ベストーUTMF2016レポート1

しばらくはレースもなく山行の予定もないので、2016年のレースを振り返ろうと思います。
一番思い出深いのは、やはりUTMF2016です。
ご存知の通り、UTMF2016は悪天候の影響で、当初169kmの予定が、スタート時にはA3麓までの49kmレースに短縮されました。
スタート前に鏑木さんから発表があったときは、一瞬会場にため息混じりの静かなどよめきが起きました。
ある程度までは覚悟ができていましたが、やはり脱力感に見舞われました。
やはり、この日まで100マイルの準備を積み重ねてきたわけです。
背中の力が抜け、ザックが急に重く感じられ、思わず軽く膝に手をついて、わずかな時間ですがうつむいてしまいました。
息を整えて顔を上げると、鏑木さんが泣いています。
このとき、何て好い人なんだろうこの人は、と、軽い感動を覚えてしまいました。
恐らく鏑木さんは、無意識であると思いますが、シンボルになれる人なんだなと思います。
その場にいる皆の思いの象徴になれる人なんだと、ひしひしと思いました。
会場の誰もが残念で、泣きたい思いの人もいっぱいいたでしょう。
かくいう私もサポートについてくれた友人が一緒にいなければ、たぶん少しは泣いてたんじゃないかなと思います。
鏑木さんの涙は、会場にいた私たち皆の涙だったのだと思います。

ともあれ、49kmとはいえ、レースはレースです。
しかも、この時点で大雨警報が発令されている地域に向かって走っていくわけで、タフなことは否定できません。
気持ちを切り替えて臨まなければなりません。
そのとき私は、ドロップバッグのあるA5富士山こどもの国までの補給食として、ジェルなどを100km分ザックやウェアに入れていました。
さすがにそんなに必要ないなと思い、軽量化のため半分くらいサポートの友人に渡しました。
サポーターが付いていてくれていると、こういうちょっとしたことでも本当に助かります。
ただ、このときは、後々ジェルを減らしすぎたと後悔することになるとは、つゆとも思ってもいませんでした。
実はそのとき、100km分のジェルを丸々持っていたのではなく、途中のサポートありのエイドで友人から補給を受けることを前提に少し減らしてあったのですが、それをすっかり忘れていました。
後でひもじい思いに悩むのは当然なのですが、ハプニングやトラブルに見舞われた際、私がいかに、自分のしてきた準備を忘れてしまう人間なのかがよくわかります。
唐櫃越でイノシシに遭遇した後も、動揺でルート情報のメモを読み忘れて道に迷いかけて、結果的に立ち往生しました。
事前に対策は取ってて、なおかつその場でも対応はしているのですが、前提を忘れてしまうので妙な結果に終わるのです。
反省はそれとして、その後悔についてはまた後のお話しです。

レースが短縮されたことで、モチベーションの問題が発生します。
私は100マイラーになりたくて、挑戦したくて、この場に立っていました。
前日から悪天候だったので、何かしらが起きてもおかしくないという覚悟はできていましたが、いざその場に立つと、事前の覚悟など予行練習でしかないことがよくわかります。
新しい状況に遭遇したら、その場で納得する答えを探して腹をくくるしかないのです。
私にとっての目標、これを設定し直すことを余儀なくされました。
そこで、ベストです。
ベストを尽くすではなく、フィニッシャーベストのベストです。
今回のフィニッシャーベストは機能もデザインもよく、完走できたらこれが着られるんだなと、テンションの上がる一品でした。
このことだけ考えよう。
完走できたらフィニッシャーベストがもらえるよ。
不本意だけど、短くなった120kmの分、フィニッシャーベストが向こうから近づいてきてるんだよ。
こんなチャンスはないぞ。
と、自分に言い聞かせて、サポーターの友人にも「ベストのことだけ考えて走ります」とおかしな所信表明をして、スタートラインに並びました。
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先にも書きましたが、短縮とはいえ、悪条件下のミドルレンジレースです。
スタート時に49kmだったのが、スタート後にはさらに44kmに短縮されましたが、大雨警報が発令されている中に突っ込んでいくことには変わりありません。
しかも、憧れだった、やっと立てたUTMFのスタートライン。
緊張感を覚えるのを禁じ得ません。
そして15:00ちょうど、49kmの旅がスタートしました。
目標はシンプル、イズ、ベスト!
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このベストは、私にとってこのレースのシンボルとなりました。
家で見返すと、鏑木さんの涙が浮かんできます。
そして、誰のためとか自分の目標のためとかそんな教条的なものをかなぐり捨てて、ただベストのために走ったあの日が思い出されるのです。
いいのかなそんなことで…。
本当はサポーターはじめ友人たち、会社の上司や同僚たち、両親、その他大切な人たちのために走りました、と言えなくもないのです。
そうした人たちの理解と応援があって自分がここにいることができる、ということもわかっています。
でも、それは前提なのです。
感謝の気持ちはもちろんあります。
しかし、レース、あるいは山を前にしたら、それは前提でしかないのです。
山に入ったら何があっても生きて帰らなくてはなりませんし、レースだったらどんなに苦しくても完走できるようベストを尽くすべきなのです。
そのためには、前提条件を越える何かが、私には必要なのです。
今回はそれを、ややこしいですが、ベスト、フィニッシャーベストに設定しました。
他者とのつながりは前提だから、それ以外に、何かを成し遂げるために何を目指せばいいのか。
ゆるいくせにうざいトレイルランナーである私は、そういうめんどくさい思索の時間が大好きな、めんどくさいトレイルランナーでもあります。
人とのつながりを越え、ただの個人として、もしくはただの個体として物事に向き合う。
私にとってトレイルランニングとは、そうした時間であって、またそうあるための時間であるかもしれません。
話がめんどくさいな…。

転倒考

転倒考、というよりも、私のこけパターンとか思い出に残る転倒というくらいの話なのですが、関連して石川弘樹さんの言葉を思い出しました。

高尾山天狗トレイル2017で転倒して打撲した左膝は、膝に溜まった血を抜いて、痛みがひくのを待ちながら養生しています。
養生といっても、走らない、階段を下らない、お酒を飲まない、だけで、特別なことはやってません。
今日になって、だいぶ痛みもひいてきました。
回復基調ですが、まだ時間が必要そうです。

実は、トレラン中の転倒でこんなに大事になったのは初めてのことで、だいぶへこんでおります。
レース中に転倒することはあまりないのですが、転倒未満の、足を木の根や石に引っかけてつまづくことはよくあります。
それが理由になるかはわかりませんが、私は足が大きく、トレランシューズでは28.5〜29cmくらいがちょうどいいサイズです。
靴が長いので引っかけやすい、と思っています。
あとは走り方にもよるのでしょうが、オールスポーツなどの写真で見ると、脚の上がりが他のランナーに比べて小さいような気がします。
そのため、フラットなロードを走っているだけでも爪先を擦ってしまうことがあるのですが、トレイルだと余計つまづきやすいのだと思っています。
走り方を変えるのはけっこう大変な作業で、足の大きさに至っては変えられません。
大変なことには着手しづらいのが本音なもので、しばらくはつまづくことを前提に、転倒に至らないような身体の使い方をするしかないのかなと、若干あきらめています。

これまでのレース中の転倒で、一番印象に残っているのが、2015年の戸隠トレイルランレース45kmカテゴリーでの大転倒です。
レース前半ハイライト、飯縄山南参道の急な山道を、スピードに乗って下っているときのことでした。
このときは雨上がりだったため山道がスリッピーでした。
山道の途中に大きな段差があったので、飛びおりるために踏み切るつもりで着地した右足が滑って、身体全体が前に流れてしまいました。
そこに運悪く、Ωのような形で木の根が山道に飛び出ていました。
流れた右足のすねが木の根に引っかかり、斜面が急だった分、宙返りをするように山道に落ちました。
落ちて見回すと、周囲のトレイルランナーの動きが止まっていました。
こけっぷりが派手すぎてドン引きしていたのだと思います。
しかし、派手なこけっぷりだったのにもかかわらず、このときはぶつけたすねにすり傷ができたくらいで済みました。
落ちた先にケガをするような危険なものがなかったのは、運のよさなのでしょう。
まあ、木の根があったのは運の悪さなので、相殺でしかないのですが。

なんだかんだいって、転倒してもケガさえしなければ、何も問題はないのだと思います。
ただ、転倒すること自体がケガのリスクであるため、できることなら転倒しない方がよいのは自明のことです。
転倒を防ぐためには、スピードを抑えて、つまづいてもこけないで済むようなスピードで走るのが、簡単な対策でしょう。
しかし、トレイルランニングというスポーツの楽しみから、スピード感や疾走感を切り離すことはできないと思います。
ジレンマです。
ケガを避けるためにスピードを犠牲にするか、スピードを楽しむためにケガのリスクを背負うか。
ジレンマの間のギリギリを追い求めるしかないのだろうということは承知なのですが。
ひとつ、答えになりそうな言葉を、石川弘樹さんから聞いたことがあるのを思い出しました。
2014年の上越国際のレースで、前日のレセプションで石川さんが、ご自身のある種の美学として語られていました。
それは「トレイルに行っても汚れないで帰ってくる」ということ。
聞いたときは、明日はこけんなよ!ってことなのだと思いましたが、石川さんくらいのトップランナーでも、こけないで帰ってくることを目標にしているということが新鮮でした。
そして、石川さんクラスのスピードを持つランナーが目指すことならば、市民ランナーの私が目指せないことではないのだとも思います。
石川さんのスピードは私にはもちろんなく、私のスピードで私自身がこけないように身体を制御することは、石川さんがご自身のスピードでこけないようにすることよりも、はるかに容易でしょう。
できないことはないのだったら、心がけてもいいのではないかと、痛む膝を見ながら思いました。
でも、こけるのもトレイルランニングの楽しみのうちではありますが…。
ケガなく楽しみたいものです。

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2017初詣山行5結ー愛宕山・明智越・唐櫃越

2017年1月2日の初詣山行の装備や反省などの余録です。

靴:スポルティバミュータント
靴下:インジンジ
タイツ:ゴアランニングロングタイツ
ズボン:ゼビオのオリジナル
アンダーシャツ:モンベルジオライン
腹巻き:モンベルジオライン
手袋:アウトドアデザイン
シャツ:陣馬山トレイルレース参加賞ロングT
首:雑誌のおまけのバフ
頭:サレワのキャップ
サングラス:メーカーわからず
防寒着:モンベルダウンジャケット
レインジャケット:ノースフェイス
レインパンツ:ノースフェイスストライカー
ザック:旧型ルーファス
水分:ペットボトル×3
補給食:おにぎり×2、一本満足など×3、グミ×3、どら焼、あられ

今回は靴下、アンダーシャツ、手袋を忘れて帰省してしまったため、元日の初売りにて調達しました。
京都駅近くのヨドバシカメラにある好日山荘と、京都駅八条口イオンモールにあるモンベルにお世話になりました。
元日から買い物ができるのはありがたいことです。
忘れたものに加えて、モンベルジオライン腹巻きを購入しました。
特に胃腸は弱くないのですが、用心のために購入しました。
愛宕山山頂付近は例年氷の世界なので、お腹回りだけでも保温力を高めておこうと思いました。
今年は雪も氷もなく杞憂でしたが、お腹回りが冷えないのは非常に快適で、くせになりそうです。
高尾山天狗トレイルでも使うぞと思っていたのですが、家の中で行方不明になりました。
天狗トレイルは頂き物の日常用で代用しましたが、今度家捜しをしようと思っています。

今回の山行では、補給食を全て街中で買える固形物に限定しました。
安いというのもありますし、胃腸を鍛える意味合いもあります。
胃腸はむしろ強い方のトレイルランナーである私ですが、ロングレースとなると終盤ではジェル以外受け付けないような状況になることがたまにあります。
そういうときに限ってジェルが不足していて、飢えに苦しむことがままあります。
それまでの間に、つい摂りすぎているのだと思います。
ジェル増やせよ、という話ですが、ジェルだけではエネルギーの持続性に不安があるため、レース中にコンスタントに固形物を摂れるように慣らしておきたいと思ってました。
エイドの食べ物は食べられるので、山の中でもしっかり食べながら進めるようにしたいです。
レースでない山行は、格好の訓練になります。
今回の収穫は一本満足のレモンチーズケーキ味、非常に美味しゅうございました。
期間限定かもしれませんが、もし今後もあれば、次の機会にもぜひ持参したいと思います。

また、再認識したのは旧型ルーファスの使いやすさです。
旧型ルーファスは、2013年シーズンから2015年のハセツネまでメインで使っていました。
型落ちのオメガを購入してからは第一線を退き、主としてレースでない山行や帰宅ランで使用していました。
いつもはハイドレーションを使っていましたが、今回は使ってません。
水分はペットボトルを後ろのボトルホルダーに差して、休憩や地図確認、登りの際に補給しました。
走行中の給水を想定しなければこれで充分です。
特筆はウエストベルトの大きなポケットの使いやすさです。
おにぎり以外の補給食全てと、地図をそこに入れて行動しました。
慣れているというのもありますが、頻繁な出し入れでも特にストレスなく使えます。
ベスト型ザックが主流になって久しいですが、ウエストベルトのポケットはまだまだイケテると思います。
今回、第2の人生として実家に置いてきました。
うちの両親は、さすがに走りはしないものの山歩きが好きなので、有意義に使ってくれればいいと思います。

靴はおなじみ、スポルティバミュータント。
どんな路面でも動じない安定性が素晴らしいです。
明智越後半では岩が細かく崩壊した路面が続く場所がありましたが、キチンとグリップして走ることができました。
今回履いていたのは2015年のFTR100Kでデビューさせたものです。
そのレースでいたく気に入ってしまい、もう一足同じものを買ってしまうくらいでした。
非常に気に入ってハードに履き続けた結果、爪先あたりの損傷が気になるようになったため、第2の人生として、実家用のシューズにしました。
ミュータント第2号はすでに美ヶ原2016でデビューしていて、短縮UTMF2016も走破しています。
東京でも実家でも、ミュータント熱は続きます。

反省として大きいのは、唐櫃越でイノシシに遭遇したあとに、取り乱して道迷いしかけたことです。
これには2つの要素があって、1つは動物リスクについてまったく考慮に入れていなかった、心の準備の不足です。
唐櫃越の入り口には獣避けのゲートがあり、しかもこの日は銃声が何度か響いていました。
何かしら動物がいて、しかも狩で追われている、ということは容易に想像できたはずですが、実際に遭遇するまでそのことは、頭の中にはありませんでした。
現場でちょっとでも可能性を考慮に入れていれば、あそこまでビビることはなかったのではと思います。
観察したら分析しないといけません。
唐櫃越では猿の群れにも遭遇してます。
日本の里山はもう野生の王国で、人間の土地ではないと思っていたほうがよさそうです。
もう1つは、動揺を鎮めるのが下手くそだったなと思います。
いくらまたイノシシが来るかもと不安に駆られていたとはいえ、もう少し落ち着けたんじゃないでしょうか。
ビビってしまったら仕方ないけど、上手に回復したいものです。
やはり深呼吸から始めるべきなのでしょうか…。

1つの山行が終わるととりとめもなく色々なことを思いますが、今回のように初めてのルートが入ると余計に色々なことを思うようになります。
帰省の時期だけですが、京都の山を走るようになって4年ほど経つでしょうか。
東京の山に比べるとどの山域も人が多くなく、走り易いと思います。
京都一周トレイルという、きれいに整備されたところもあります。
何かあってエスケープしても、すぐに「街中」に下りられるくらい、街と山が近いのも安心です。
トレイルランニングのように、ケガをする危険度の高い遊びにとって、エスケープの容易さは大事だと個人的には思います。
旅先トレランがお好きな方、ぜひおすすめいたします。

*唐櫃越で参考になった記録
http://www.yamakei-online.com/cl_record/detail.php?id=56005

詳細で丁寧なレポートです。
非常に役立ちました。

2017初詣山行4ー愛宕山・明智越・唐櫃越

2017年1月2日、初詣トレラン山行の第4弾です。
高尾山天狗トレイル2017で中断していたので、ずいぶん記憶が古くなってきましたが、とりあえず下山まで書きます。

唐櫃越の最高峰みすぎ山を過ぎてから、未舗装林道に降りてきました。
結論から先に言えば、唐櫃越で迷わないためには、未舗装林道を信じて最後まで着いていくことに尽きます。
例えば下のような写真の場所が何ヵ所かあります。
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ここは左側、轍のついている未舗装林道を進んで行きます。
他の似たような場所でも、何がなんでも未舗装林道です。
道を外してはいけません。

さて、林道とはいえ未舗装、脚に優しく非常に走りやすいトレイルで、けっこう飛ばせました。
薄曇りの中でしたが、柔らかく晴れてもいて、寒くもなく暑くもなく、とても快適でした。
ところが、ほぼフラットなセクションを飛ばしていたところ、アクシデントが起きました。
突然、右前方の茂みがガサゴソしたかと思うと、イノシシが勢いよく飛び出してきました。
距離は5mほど、一瞬にして身体が凍りつく思いでした。
幸いなことに、イノシシはすぐに林道を横切って左側の斜面に消えていきましたが、別のイノシシでしょうか、右側の斜面からはまだガサガサする音が聞こえます。
マジかよなんだよ~も~、と誰もいないのをいいことに、情けない声をあげてしまいます。
とりあえず早くこのエリアを離れなくてはならない、と思い、また走り出しました。
すると、すぐに下の写真の地点にさしかかりました。
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私はここで看板の矢印の意図を読み違え、写真の右奥に見える下り坂を下りてしまいました。
その坂も車が走れるくらいの広さはありましたが、200mくらい下ったところで、ちょっと手入れされていない感じがして不安になり、足を止めて地図を確認しました。
が、いまいちよくわかりませんでした。
もう一度分岐の看板を見に戻りましたが、矢印の指す方向が、真っ直ぐを指しているのか、それとも下りの方向を指しているのか、判断ができませんでした。
イノシシに出会ったことで動揺していたからなのだと思いますが、落ち着いて判断が出来ないまま、数分間停滞していました。
地図でも看板でも確信が持てる道を決めかねていましたが、ここは林道に沿って行けばとりあえず人里には出るだろうと、開き直って直進することにしました。
地図では、林道を下ってゆけば、京都の桂方面への分岐を逃したとしても、亀岡市の西山団地にたどり着くということでした。
ぐずぐずしていてイノシシが戻ってきてもいやなので、腹をくくって走り出します。

例の分岐から10分くらい下ると、アスファルトの広場が出てきました。
13:17、林道がロードに変わる地点に到着です。
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私はここでやっと、自分が未舗装林道が途中ロードに変わることを事前情報で得ていたことを思い出しました。
そういえば!にもほどがあります。
いったい、さっきの迷いはなんだったんだろう。
しかも、その情報はスマホにオフラインで読めるように保存してあるではありませんか…。
イノシシにビビって、すっかり記憶が飛んでしまっていたようです。
どんだけビビリなんでしょう。
動揺を抑えないまま行動を続けたことで、危うく道迷い遭難するところでした。
救いは、迷い込んだ道に違和感を覚えることが出来た、その一点だけです。
唐櫃越で亀岡から京都に行くときは、未舗装林道と最後までお付き合いしましょう。
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ここからはロードを2.5kmほど、緩やかに登り下りしながら進んでいきます。
私はこのとき気持ちが切れていたので、走ったり歩いたりを繰り返していましたが、ほぼ走れるロードと言えると思います。
また、唐櫃越の林道は稜線そのものか、すぐ脇に沿うように作られているため、日射しがそれなりにあります。
亀岡から京都に抜ける場合は基本的に南に向かうので、太陽が目に入りやすかったです。
サングラスがあれば活躍します。
そうこうしているうちに、今度は本当の分岐にたどり着きました。
13:27のことでした。
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写真の左側が唐櫃越のルートで、山道に戻ります。
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山道は稜線に付けられていますが、眺望はほとんどなく、密生した木々の間を通らせてもらう感じでした。
眺望はないものの、雰囲気はよいです。
ここからは地形図上は下り基調で、細かいアップダウンを繰り返すものの、快適に走れます。
途中で亀岡市から京都市に入ったようで、看板のスタイルが変わります。
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漢字表記です。
初見では読めないかも。
順調に走っていましたが、ある地点でルートファインディングに手間取りました。
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分かりにくい写真ですが、右は微かなピークで、中央は二重稜線の間の微かな谷、左が二重稜線の片割れです。
現場の様子では木々の密度が微妙すぎて、どこが登山道か初見ではわかりませんでした。
ここに道はあるのだろうか?それすら判然としません。
看板もないので、自力で見つけるしかありません。
左と中央は同じ方向に向かっているように見えるので、方向は2択でなんとかなりそうです。
右側のピーク方向をまず探ってみます。
20mくらいは進めるのですが、そのあとは藪とがけで進めなくなります。
引き返して左側の尾根筋を歩きますが、人が歩いた気配が落ち葉で消えていて、どうにも確信が持てません。
中央の谷も然り。
とりあえず写真の地点に戻って、地形図を見ながら考えますが、こういう細かい高低差は地形図に反映されていないので、正直よくわかりませんでした。
時刻は13:35ごろで、日没にはまだ余裕はありますが、土地鑑のない山の中で、独り立ち往生しているのは非常に心細いものです。
5分くらい決断できませんでしたが、もう探り探りでいいや、と開き直って左の尾根を下っていくと、1分ほどして道標に出会いました。
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小さいのですが、あればそれで充分です。
道が合っててよかった。
この辺りは下り基調が続き走れるトレイルなのですが、道が細いのと谷側に傾斜があるので用心しながら進みます。
小さい道標から10分ほど走って、道が分かれたところに出ます。
左手のちょっと大きめの登り返しを登ると、沓掛山の山頂にたどり着きます。
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右は巻き道でした。
山頂はあまり眺望がないのですが、南方向の木々が薄いところから日が射し、暖かい場所でした。
ちょうど少年たちが4人登ってきたところでした。
下は小学校中学年、上は高校1年生くらいでしょうか。
季節がら従兄弟かなと思うような年齢構成でした。
唐櫃越では、入り口でカップルとすれ違って以来の登山者でした。
少しだけおしゃべりして、イノシシに気を付けてね!と爽やかに?言い残し、上桂方面へと出発しました。
出発して200mも行かないうちに、本日2回目の獣との遭遇です。
今度は5頭くらいの猿の小さな群れが、山道を上から下から横切っていきます。
野生の猿は意外と筋肉ムキムキで迫力があり、普段なら恐くて近寄らないのですが、この日はイノシシで感覚が麻痺していたせいか、歩みを止めずにスタスタと猿の群れに分け入ってしまいました。
走ってはいなかったので猿を驚かせることにはならなかったのですが、今思えば危険な行為です。
なんだ猿か、目さえ合わせなければいいだろ、と、たかをくくっていたんだと思います。
幸運にも猿との遭遇は平和裡に終わりました。

沓掛山を出たあとは、進行方向右側の木々の向こうに、西京区の御陵という地区が見えます。
人家がすぐ近くに見え、裏山と言っていいようなところです。
そして、桂坂野鳥園方面の看板や地元自治会の赤い矢印看板が増えてきますが、基本的に東海自然歩道に沿って「上桂」「山田」という地名に向かって下りていきます。
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ここは赤矢印ではなく、左の道標に従います。
例外はここのところ。
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ここは赤い矢印が正解です。

沓掛山から30分くらい走ると竹林に入ります。
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このあたりは西山の竹林といわれ、ここまで来ると唐櫃越も終わりが近いです。
丁塚という地点に出ると、山道は阪急上桂駅方面と苔寺西芳寺方面に分かれます。
私は当初上桂駅を目指していましたが、ここで出会ったご夫婦とお話をして気が変わり、苔寺に下りることにしました。
苔寺方面のトレイルは北向斜面の森のなかにあり、途中から川沿いの道になります。
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湿気がすごく、ところどころ苔むしていて、苔寺がここにあるのも納得の道でした。
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最後に渡渉して、少し進むと苔寺西芳寺の門前に出ます。
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14:30の到着、本年の初詣山行はちょうど6時間くらいで全行程を終えました。

ここからは京都バスに乗って実家まで帰ります。
上桂方面に下りなかったのは、苔寺にバスがあることを思い出したからでした。
ここから実家へは5kmくらいなので、走って帰ってもよいのですが、獣との遭遇×2でこの日はお腹いっぱいでした。
京都バスに始まり京都バスに終わった1日でした。